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勇者の星
黄金色の海の上で馬を走らせること数時間。バクラバ砂丘へ続く関所に着くと、ファーリス王子と学者と思しき男性が言い争いをしていた。

「ここじゃ文字が見えるわけないだろ!もっと近くに行って調べないと!」
「バクラバ砂丘に入るのは危険です。いくら王子といえどもその命令は聞けません」
「じゃあここから文字を解読できるって言うのか!?」
「いっ、いやあ……それは……」

関所の兵士たちも、古代文字の解読を強行しようとする王子の剣幕におろおろしている。怯えている学者を見かねてか、シルビアがファーリス王子に話しかけた。

「ウフフ、王子ちゃん久しぶり」
「あ、イレブンさん、シルビアさん!久しぶりだな無事だったんだ!それに皆さまも……グレイグ将軍まで!こんなところでお会いできるとは!」
「……さっき王宮に居たんだけどね」

久しぶりの再会と憧れの将軍に会えたことでファーリス王子は先程の不機嫌さが嘘だったかのように上機嫌になった。言い争っていた学者は、疲れ切ったようにふうとため息をついている。

「それよりも、あの星を調べるためにここに来たんでしょ?ずいぶん成長したじゃない!」
「へへ、それほどでも……王子として仕事をしているだけさ。でも皆さんどうしてこんな場所に?」
「俺たちが此処に来た目的はお前と同じ。勇者の星の調査に来たのだ」
「そうなんですね。でも今はこの通り学者は怖気づいちゃって、さすがの僕でも文字の解読はできないしどうしたもんかと……」

ファーリスがやれやれといったようにポーズをとっていた。とはいっても私たちもサマディー王から様子を見るように頼まれた手前、彼を危険にさらすわけにはいかない。

「ではおぬしが見つけた古代文字、わしが解読してやろう」
「えっ、じいさん!あんたも古代文字が読めるのか?ありがとう、助かるよ!たぶん砂丘の中心にある遺跡のあたりなら文字もよく見えると思う。そこへ行こう」

学者もイレブンさんたちならば任せられるということで、結局私たちが護衛という形でファーリスについていくことで落ち着いた。意気揚々とバクラバ砂丘へ馬を走らせる彼を追うように、私たちも馬に跨った。
暑さで揺らめく砂漠の水平線上に、ぽつりと建造物のような影が見える。それは徐々に姿を現し、私たちがファーリスに追い着いた時には、目の前に円形に聳える不規則な岩のオブジェが立ち並んでいた。

「王子さま、こんなところで寝そべってはお召し物が汚れてしまいます」
「こんなにおっきな星を真下で見る機会なんてめったにあるもんじゃないから記念にさ。いやーすごい。あなたもやってみなよ」

岩に囲まれた祭壇のような場所で寝転ぶファーリスに声をかけると、なんとも能天気な答えが帰ってきた。こんな時でも楽観的なことを羨ましいと思いつつ、空に浮かぶ勇者の星を見上げてみる。先程サマディーに居た時よりも随分と星が大きくなっているような気がする──それは何も星に近づいたからだけではない。否、勇者の星はサマディーではなくむしろここに迫ってきているようにも感じられた。

「それはそうとこの遺跡ってなんなのかしら?こんな荒野のど真ん中にポツンとあるなんて不思議よね」

マルティナ姫が仰った言葉は、私も気にしていたことである。こんな広い砂漠の真ん中に不自然なに聳えるこのオブジェ。ファーリスがここに寝そべる前には、ローブを纏った魔物がまるで何かを召喚するように天に向かって祈りをささげているようだった……それも私たちが近づくにつれ蜘蛛の子を散らすように逃げ去ったのだが。

「イレブン……もしかしてまた居る?」
「……うん」

イレブンは、その祭壇を不思議そうな目で眺めていた。目線の先は少しずつ移動し、そして止まった。

「今、真ん中らへん?」
「正解。何か怪しいような気がする……両手を上げて、空を仰いでるような」

この場ではイレブンしかその姿が見えないらしい。試しに私もその目線の先と思われる祭壇の中心まで歩いてみたが、何かとぶつかる気配も無い。一方で、イレブンの見ているものの存在も知らないロウさま、シルビア、グレイグさまは祭壇に上がって星を観察していた。

「ふむ……確かに星には何やら文字が書いてあるようじゃな。さっそく調査を始めるか」
「お、終わったら、私も見たい!です…」
「ほっほっほ、判ったぞ名前。ちっと待っとれ」

イレブンが見ているものはどうやっても私は干渉できないのでひとまず置いておくことにして、私はロウさまと共に勇者の星に記されている古代文字を解読することにした。ロウさまが望遠鏡を使って星を覗いている間、私も目を細めて勇者の星をよく見る。星は確かに結界の塊のようだった──赤く色付いたそれは何重にもかけられた結界のものである。魔法円で固められたその中は、黒い靄がかかったように見えない。そのうち、砂嵐も強くなってきて地面が揺れるように動き出した。

「ちょっとなに!何が起こったのよ!?」
「見ろ!星が!」

勇者の星が再び迫り出した。一体何が起こっているのやら、パニックになっている傍らでイレブンはまだ祭壇の中心をじっと見つめたままだ。姫さまとセーニャは馬を守っている筈だが、そちらの様子も分からないほど砂塵が舞い上がっている。

「ちょっとちょっと!星が落ちてくるじゃない!」
「私も、馬から双眼鏡を持ってきます!」
「ちょっと名前ちゃん……!」

ロウさまもご老体で視力も低下している。肉眼でギリギリ文字であると捉えられるほど小さい古代文字の解読には時間がかかるだろう。星の落下が迫っているのであれば、私が見て解読した方が早そうだ。

「ロウさま!ここにいては危険です!早くこの場を離れましょう!」
「ちょっと待て!もう少しじゃ、もう少しであの文字が読める!」

グレイグさまとロウさまの声が耳に入る中、必死に馬まで駆ける。ここならば姫さまもセーニャも守りつつ文字の解読ができよう。馬に括り付けた荷物から双眼鏡を取り出して、勇者の星を見上げる。結界の紋様のさらに奥、その塊の外面に巨大な古代文字とその周りを囲むように円形に描かれた小さな古代文字がある。

「えと……ニ、……ズ、ゼル……ファ、邪悪な、神、この、世界、」
「名前!ひとまず伏せましょう!」

姫さまに声をかけられるが、伏せることはできなかった……もう少しで古代文字が解読できるのだ。ポケットから羊皮紙を取り出して、爪の先で必死に解読した単語を跡をつけるように書き記す。砂嵐がますます強くなり、地面が揺れているが、まだ地上に落下するまで時間があるはず。
文字を一通り読み終えて、双眼鏡を覗きながらそれらの言葉を必死に頭の中で組み替えた。単語ひとつを読み取るのは簡単だが、寧ろこちらのほうに時間がかかるようだ。それも私も完全な訳ができるわけではないので、後程ロウさまが読んだ言葉と内容を照らし合わせなくては……。


この世界創生の闇から生まれし邪悪な神
“ニズゼルファ”の肉体をここに封印する
ロトゼタシアに災厄をもたらすこの邪神が
未来永劫よみがえらんことを
監視者の葉末へ願って


「え──」

フル回転させた頭の中で古代文字のパーツが繋がった瞬間、勇者の星が破裂した。結界が粉々に砕け、魔力の粒子がまるで雨のように砂漠に降り注ぐ。あまりに突然の出来事でパニックになるが、このままではここも危ないと感じて背中に背負っていた大杖を構える。

「くっ……姫さま!セーニャ!」

馬に掴まりながら咄嗟に近辺に防御壁を張りつつ、砂塵から身体を守るように手庇をして下を向きながら目を瞑る。暫くすると衝撃波も収まり、祭壇上にいるロウさまたちの姿が見えた。その中には五体満足なファーリスの姿もあって、ひとまず安心する。

「星が……消えてしまった……」

黒い影がやってきて、星を破壊して消えていった。ファーリスはあれを「救世主」であると言うが、あながち間違ってはいないかもしれない。なんたって、あの勇者の星に閉じ込められていた肉体が解き放たれていれば、間違いなくこの世界には第三の勢力が生まれていた。そうすれば、もうこの世界は終わっていたのかもしれないのだから。

「じゃあ僕は先にサマディーに戻るよ。イレブンさんも何か用があったら気軽に王宮まで訪ねてくれ」

そう言って爽快と去るファーリスに一礼すると、息を整えているロウさまに近寄って話しかけてみる。ロウさまはあの小さな文字を見たのだろうか。

「ロウさま、文字は見えましたか?」
「うむ……消えてしまったがあの星には「ニズゼルファ」という古代文字が刻まれていた。ニズゼルファとはいったいなんなのじゃ?名前のほうは何か分かったか?」

ロウさまはどうやら巨大な古代文字「ニズゼルファ」の部分だけを認識して読んでいたようだ。無理もない、私でさえあの小さな文字を認識するのがやっとだったのだから。とはいっても、小さな古代文字を解読したとはいえその内容について私も理解ができず、下手に話を広げるよりは何も言わずに収めたほうが言いと思い、今は何も言わないことにした。

「いえ、私もそれだけしか見えませんでした。ともかくあの星は消えました、今はとりあえず例のハンマーについて王に尋ねてみるのが先決かと」
「そうじゃな、ずっかり忘れておったわい」

「監視者」とは何なのか。あの天に祈りをささげていた魔物たちは、邪神を崇めていたのだろうか。シスケビア雪原にいた黒き魔竜が言っていた「我が主」とはもしかしてこのニズゼルファのことではないのか。そしてローシュが打ち破った邪神というものも…...それではなぜこの邪神は封印されていたのだろうか、様々な疑問や憶測が頭の中で飛び交うが、邪神の肉体が破壊された今このことを掘り下げても無意味である。余計な考えを振り払うように頭を振ると、双眼鏡をバッグにしまった。