伝説よ、再び
天空の古戦場と呼ばれる浮島には、天空魔城と同じように闇の結界が張られていた。勇者の剣を作らせまいとする魔王が、神の民を滅ぼしたように此処もまた封印しようとしていたのだろう。聖なる種火を燭台に灯せばなんとか闇の霧は晴れ、今にも崩れそうな岩場を進めばその中は人為的に掘り進められた遺構だった。

「ここの魔物、今までで一番強いんじゃないかしら」
「あの闇の力で、ここの魔物は長い間生きながらえていたのでしょうね」
「あの機械系の魔物、物理攻撃が弾かれると思えば魔法にも耐性があるし……デイン系魔法を使えるイレブンが羨ましい」

そして魔王の結界により供給される闇の力を食いつぶす魔物は、この中で急速な進化を遂げたようだった。今まで出会った魔物のいわゆる上位互換のような魔物が生息している。呪文も効きづらければ、機械系の魔物に至ってはこちらの物理攻撃を殆ど跳ね返されてしまう。イレブンのギガデインを使ってなんとか倒し、それから私たちがイレブンに魔力を供給してなんとか凌いでいるが、はやく例の金属を見つけなければ魔力も枯渇してしまいそうだ。

「名前は雷系の特技や呪文は使えないの?魔法得意なのに」
「相性が悪くて、なかなかね」

右手を捻ってデインを唱えてみせようとするが、ぼふっと音を立てて黒い煙が発生するのみ。それを見てイレブンは「不得意なものもあるんだね」と困ったようにはにかんだ。そもそもデイン系は魔法に精通している者でも中々使いこなせない。イレブンは左手の紋章──勇者の力を利用して上手く呪文を唱えているが。光属性の呪文と相性が悪く、更に勇者でもない私にはできなくて当たり前のことだ。

道のりは思ったよりも長かった。途中、キャンプをして休みつつもなんとか最奥まで辿り着くと、そこには青く光る金属の鉱脈が剥き出しになっていた。それを見て、カミュがいち早く近づいたと思えば途端に驚きの声を上げる。

「おいおいマジか。ひょっとしてこいつは……こいつは各地に伝わる財宝伝説に登場するいにしえの神の金属──オリハルコンだ」
「えっ!」
「オリハルコンじゃと!」

その言葉に驚いたのは私とロウさまだった。オリハルコンといえば様々な文献で取り上げられているいにしえの金属。それはもうファンタジーものや勇者ローシュ伝記まであらゆる物語に登場していたが、今まで世界のどこにも手がかりが見つからなかったためもう実在しない「幻の金属」として扱われていたというのに。

「オリハルコン……ね、不思議な輝きを放つ金属だわ」
「金属とは信じがたいほどの清澄さ、そしてそれに相反してこの世界中にあるいかなる鉱石よりも硬く、美しい。剣では割ることもできないでしょうし、周りの岩を砕いて塊ごと持っていきましょう」

贅沢ではあるが、剣を作ればまた同じように復活した大樹に奉納することになるだろうし、また時が流れて再び勇者の剣が失われる時が来ることがあれば、その頃にはまたオリハルコンも復活しているだろう。今は魔王を倒さなければならないから遠慮はしなくてもいいだろうと、まわりの岩を削り取って大きな塊を手にする。

「これで新たな勇者の剣の完成にまた一歩近づいたってワケだ。さあ、次の場所に向かおうぜ」
「そうですね。イレブンさま、お願いします」

これさえ手に入れてしまえばもうここに用は無い。次に向かうのはあの鍛冶用ハンマーのあるサマディー王国。ここのようにすんなりと手に入れられれば良いのだが……何故かシルビアもセーニャもなんだか微妙な顔をしていた。過去にサマディーで何かあったのだろうか。

**

「空がやけに赤いですわ……」
「愛しのサマディー!サーカスに馬レース!といきたいところだけど、あいにくそんな空気じゃないわねん」

サマディーに着けば、そこはもう夕暮れかというほど辺りが暗くなっていた。……いや、赤黒いと表現した方が正しいだろうか。城下町には人の姿は殆ど無く、王国の兵士たちは何かに怯えるように俯きながら持ち場に立っている。それもそのはず。

「あれを見て!勇者の星がやけに大きくなっていない?膨張しているのかしら?」
「いや……膨張というよりは迫っているという感じだ」

空を見上げればそこには巨大な赤い星。勇者の星と呼ばれている球体が、今にもこの王国を押し潰しそうなほどにまで迫っていた。

「勇者の星がサマディーに迫っているという噂は本当だったのか」

同じく星を見上げながらグレイグさまがそう呟いた。勇者の星は、星ではない。天空にあった浮島から見たときには丁度雲の上の方に浮いていた。いつ、誰が何のために作ったものなのか……それすらも判っていない。一説によればあれは封印結界の塊であるといわれているが、空高く打ち上げられている今はケトスに乗って近づきでもしないとそれすら確認出来ず、まず現代の技術を持ってしてもあそこまでの封印結界を作れるのかもわからない。まさしく古代のオーパーツだ。

「大樹が地に落ち世界が闇に包まれた後、突如として落下を始めたそうだ。いったい世界で何が起こっているのか……」

皆が不安そうに勇者の星を見守る中、イレブンの視線だけが地面に向いていたことに気づいた。具合でも悪いのかと思い肩を叩くと、ハッとした表情でこちらを向く。

「?イレブン、どうしたの」
「いや……」

曖昧な返事をしてまた地面に目を向けるイレブン。その視線を追ってみるが、そこには何もなく敷石が広がるばかりで何も無い。

「イレブン、王宮に向かうぞ。サマディー王に話を聞いてみるのじゃ」

ロウさまにそう言われてさっそく王宮へと向かうが、イレブンは後ろ髪を引かれているかのように背後を確認しながら妙な表情をしていた。そうして何かを考え込んだ後、ちょいちょいと合図をして私に耳打ちをした。

「名前、さっきの…...見えた?」

「さっきの」とは皆が勇者の星を見上げている時にイレブンが見つめていたものだろうか。姿は見えなかったがイレブンの様子からそこに何かが居たことは間違いないだろうと思い、首を横に振る。それを見たイレブンは見るからに残念そうに「そっか……」とつぶやいた。

「いや、何も見えない。イレブンには何かが見えたの?」
「うん。昔から見えるんだけど……こう丸っこくて、手が触手みたいにだらりと長くて、真ん丸い目の小さいやつ」
「見たことがないな……」
「そっか。大樹の記憶を見られる名前ならばと思ったけど、僕にしか見えないみたいだ。ごめん、変な話しちゃって」

この世界にイレブンにしか見えない生物が居ること自体がにわかに信じがたいが、これまでの不思議体験に比べればそんなことがあってもおかしくはない…...かもしれない。イレブンと話をしているとあっというまに王宮についた。碧色で彩られた城内を進み王座へ向かうと、そこでは王と見られる男と、私と同い年くらいの男が話をしている。

「ファーリス!危険なマネはよすのだ!」
「父上、心配ありません。僕があの星の謎を解き明かし、サマディーの民を安心させてみせます!」

父上……ということは、なかなかハンサムな彼はこの国の王子であられるお方なのだろうか。前にサマディーに赴いた時には王と王妃をお目にしたことはあったが、王子を見るは今回が初めてである。こちらに目もくれず元気よく飛び出していった彼を横目に、王座の間へと続く階段を上ると、サマディー王は驚いたようにこちらを向いた。

「おおイレブンではないか。いつぞやはファーリスが世話になった……あっ、あああっ!なんと!そっ……そのご尊顔は!」
「久しぶりだなサマディー王よ。四代国会議の日から十六年ぶりになるか」

イレブンとロウさまにお話を任せて、私たちは一歩下がってその会話を聞く。どうやら私とグレイグさまがサマディーを訪れてから、関所でイレブンたちの目撃情報を掴むまで、彼らはこの国でも王に恩義を感じさせるほどの働きをしたようだ。

「ところで、あの星について何かわかってないのか?」
「……国の学者たちに調査をさせているのですが、今のところ何もわかっていません。ただひとつだけ気になることがあります。息子のファーリスが、あの星を覆う赤い結界に刻まれた文字のようなものを発見したのです」

「それでファーリスは先程その文字のようなものを調べるため、学者を連れてバクラバ砂丘へ向かいました」
「ふむう……イレブン、わしらも何故勇者の星が落下を始めたのか調べに行くぞ」
「ロウ殿、バクラバ砂丘に行くのであれば息子の様子を見てきてくれませんか?どうも心配で……よければ厩舎の者に馬を貸すよう言いつけておきます」

私利私欲より人助けとは勇者らしい。勇者の剣を作る為に必要なハンマーのことはひとまず置いておいて、今はあの星に刻まれた文字を解読するということで決定した。私としても、これはまたロトゼタシア史の一ピースを握るチャンスでもあるから、これはこれで良い機会だ。

こんな不穏な空気の中馬レースも開催していないせいで、厩舎には前に来たときよりもたくさんの馬がいた。伝令を受けた兵士がいち早くコンディションが良い馬をピックアップしておいてくれていて、皆はその中から慣れたように馬を選んでいる。

「王子も馬で向かっているはずだし、こちらもはやく追いつかないとね」

それを見て固まってしまった。まさか馬に乗れないのは私だけではないのだろうか。イレブンとグレイグさまは勿論、シルビアも馬の扱いが結構うまかったし、カミュは野生の馬に乗ってグレイグさまから逃げたこともあったし、姫さまに関してはグレイグさまの馬を奪って逃げたと本人から聞いた。残るはセーニャだと思い彼女に目を向けると、彼女はイレブンと一緒に馬を選んでいた。さすがにあの長いスカートで馬に乗って動かすことはなかったことに安心はしつつも、すぐに私に向けられる視線に気づく。

「ところで、名前」
「えっと、その……ごめんなさい。まだ馬に乗れません。じつはリハビリを終えてから馬術を練習をしていたのですが、結構難しくて数週間ではとても」

グレイグさま「まだ乗れないのか」と言わんばかりの目を向けられ、申し訳なくなってしゅんとしてしまう。
淑やかなセーニャと一緒にすべきではない……馬に乗れないなんてデルカダール兵として情けない。今日はリタリフォンもいないし、身体が大きなグレイグさまと普通の馬に相乗りするのはさすがに馬に負担がかかると思い、かといって姫さまの馬に跨るわけにもいかず……結局私はカミュの馬に乗せてもらうことになった。