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星明りの晩餐会
最後の砦に戻ったその晩は、盛大な宴が開かれた。村の復興は物資不足のせいで殆ど進んでいなかったが、それでも私たちが帰るやいなや大喜びでもてなしてくれた。

そんなこんなで宴も終わりを迎え、人々は寝床へと戻って行った。
イシの村は世界中を渡り歩き此処に辿り着いた人々で飽和状態になっていた。一人でゆっくりと眠れる場所も無く、私はデルカダール兵の宿舎──といっても木を組み込んだだけの簡素なものである──で顔なじみの兵たちと一緒に横になっていた。宿舎の外からはイシの村らしい虫の音と梟の静かな鳴き声が聞こえてきた。どれも特別耳障りなわけではないのだが、いくら横になっても眠ることができないでいた。ゆっくりと上体を起こして立ち上がり、皆の睡眠を邪魔してしまわないように、足音を立てずに外へ出る。冷たい夜の空気を浴びながら、寝間着として使っていた布の服を着たままで、向かった先は丘の上だった。不安で眠れないときに誰かを起こすのも忍びなく、かといって一人ぼっちでいるのも嫌だったから、馬がいるここへやってきた。ただそれだけの理由。

「名前、何やってるの」

リタリフォンに干し草を与えていると、背後から声がした。まさかここに人が来るとは思ってもいなかったから、驚いてどきりと跳ねた心臓を落ち着かせながら振り返る。

「ええと…...何も?」

そこにはイレブンが立っていた。酒を飲んだせいなのか、月夜に照らされた顔がほんのりと赤らめいている。もうとっくに自宅で寝ているかと思ったのに……もしかすると、私と同じく眠れないでいたのだろうか。持っていた残りの干し草を地面に置いて、二人して地面に座った。村に灯る篝火が小さく揺らめいていて、並んだままそれらを静かに眺める。

「休むはずだったのに、なんだか疲れたね」
「そうだね。でも、ここに来る前よりも元気になったよ」

思えばここまで休みらしい休みも無い旅だった。常に何かに追われているような状況で一息つく暇すらほとんど無く、そんな精神的疲労に加えて今回の肉体的な限界。今日は精神の方だけでも安らぐことができたおかげか、疲れている身体に対して心は晴れやかだ。

「母さんにもエマにも泣かれちゃった。やっぱり帰ってきてよかった、ありがとう」
「いいの、私も休みたかったから。それよりもイレブンはもう休みなよ、明日はいよいよ古戦場。何があるかもわからないしきちんと休んで体力を回復させなきゃ」
「そう言うなら名前も早く休んで」

「名前が動かないと僕も動かない」ときっぱり言われてしまって、いよいよ困ってしまった。イレブンもきっと私の体力を心配して動かないのだと思うのだが、私は眠れないからここに来たのだ。きっと今のままベッドに戻っても眠れない。このままもやもやするよりかは眠れない理由をイレブンに打ち明けてしまったほうが少しは楽になるだろうか。

「……恥ずかしい話をしてもいい?」
「うん」
「怖くて眠れない」

真剣なトーンで話しかけたからか、はたまた四つも年上の私がこんな変なことで眠れないでいることが意外だったのか……イレブンは少しびっくりしたように一瞬目を丸くした。

「へえ……そんなこともあるんだ」
「私だって人間だからそんなこともあるよ」
「初めて会った時はさ、お堅いイメージがあったんだ。今はよく笑うし、お寝坊さんだし、色々意外な一面が見えてきたけど、それでもなんだか最初の印象が抜けきってないんだよね。グレイグも最初は怖かったけど、今は慣れてきた」
「グレイグさま、意外と面白いでしょ」

イレブンたちと一緒に旅をして皆と隔てなく話せるようになったのだが、それも旅をするのに必要な話や世間話などで、基本的にこういうふうに二人で会って少々遠慮なく思っていることを曝け出すような会話は、グレイグさまやシルビアとしかしなかったような気がする。ここに来て漸くイレブンが珍しく長々と話してくれたことが嬉しくて、私も眠れない理由を話すことにした。きっと私のことを見てくれていたイレブンならば、面倒だと思わずに聞いてくれそうな気がする。

「怖くて眠れない理由、聞いてくれる?」
「うん」
「……早く世界が平和になって欲しいっていう思いも無くはないんだけど、今イレブンたちと旅をしている楽しい時間を失いたくない気持ちがあって。もし誰かが死んでしまったらって考えると耐えられない。寝る前にそんなことが急に頭の中に浮かんできて、怖くてじっとしていられなくてここに来たんだ」

子供っぽいかなと問えば、イレブンはそんなことないと首を横に振った。

「私は死んでも良い。そりゃあなるべく死なないように頑張るけど、ウルノーガにかけられた呪いのこともある。でも他のみんなは死なせたくない。死んでほしくない」
「気持ちは分かる。僕はもうベロニカを失った時のような悲しみを二度と味わいたくない」

「それと同時に他の皆にも二度と味わわせたくない」

だからといって、このまま旅を続けないわけにもいかない。そんなことは百も承知だ。変えようがない事実であるのに、それが堪らなく怖くて仕方がない。たまに、私たちが魔王も何も無いような平和な世界で生まれたならばという妄想を何度もする。誰も何に対しても怯えることがない、平穏で優しい世界。
「そんなこと言ったって、僕たちは旅を続けるしかない。旅をやめたならば皆死んでしまう」という言葉が欲しいわけじゃない。そのことは、イレブンも判っていたようだった。最早どんな言葉をかけられたとて現実は変わらない、それを認識しているからこそ私は絶望的に辛いのだから。

「名前、僕は死なない…...そして、きみも死なせない。絶対に」

イレブンは暫く考えたあとにそう言った。

「そんなこと」
「保障なんてどこにもない、でも今だけは信じて」

反射的にそんなことないと言いかけたが、再びイレブンの言葉がそれを遮った。夜目が利く私には彼の凛々しい顔がよく見えた。イレブンの瞳は、この絶望的な状況になっても昔と変わっていなかった。あの澄んだ青い眼。いつだかデルカダール王に、私もイレブンと同じような眼をしていると言われたことがあったが、多分今のイレブンの瞳は私なんかよりも遥かに強くて、眩しくなるほど美しいに違いない。
ここでリーダーであるイレブンが私に同調して弱音を吐けば、それが伝染して士気が下がってしまうだろう。隣からぽつりと「勇者とは決して諦めない者のことだから」と声が聞こえた。その声色が小さく震えていたことに気づいて、私はなんでまたよりによってイレブンにこんなことを言わせてしまったのだと後悔した。なかなか思ったことを表情に出さない彼……感受性が低いのかとばかり思ってきたが、彼は彼なりに勇者として皆に変に迷惑や心配をかけないように感情に出さないで必死に堪えていたのだと気づいた時にはもう遅かった。

「イレブン、あのね」
「そんな話はこれでおしまい。もっと肩の力を抜いて気楽に生きていこうよ」
「うん……」

ごめんなさいと言おうと思ったが言えなかった。イレブンは今までの重苦しい空気が嘘だったかのようにほのぼのとした顔でうんと伸びをした。

「それじゃ、僕もそろそろ寝るから名前もそろそろ寝よう。ほらお迎えも来たことだし」

そう言った視線の先を見ると、篝火に照らされて一つの大きな影がこちらに向かっているのが見えた。それを見て、嬉しいような呆れるような変な表情になるのが自分でもわかる。

「…...グレイグさまは本当に世話焼きだよ。私はまだここにいたかったのに」
「でも、そこまで心配してくれる人がいるっていうのは幸せなことだと思うよ。グレイグが忠義とはまた違う形で大切に思ってくれているなんて珍しいし」
「それも、そうかもね」

イレブンにぽんと背中を押されて、私は早足で丘の上から降りた。僅かな星明りの逆光になっていてうまく捉えられないその影が小さく手を振ったような気がして、私も手を振り返す。

「私を探しに来てくれたんですか」
「ふと目が覚めてベッドが蛻の殻だったから気が気ではなかった。それとも迷惑だったか?」
「いえ、迷惑なんかじゃないです。嬉しいです……」

宿舎までの道を二人並んで歩いた。グレイグさまも疲れているだろうに、こんな夜中にふと目が覚める癖が効いているとは流石だと思ってしまう。

「イレブンと何を話していた」
「気になりますか」
「言いたくなかったら言わなくても良いのだが」

強引に問い詰められたのならばこちらもからかってやるものなのだが、こうも私利私欲よりちっぽけな私の気持ちを優先してくれるという優しさを見せられると答えないわけにはいかない。

「こんな夜中に探しに来てくれる人がいて幸せだなって」

かといって不安で眠れなくてイレブンに相談していたなんて言ってしまえばますます心配されてしまいそだった。

「……本当のことを言っても怒らん」
「本当のことを言ってますよ」

そう言えば、グレイグさまの顔が少しばかり緩んだような気がした。ほとんど笑顔を見せない人だから、グレイグさまが嬉しそうに、小恥ずかしそうにしているなということは微妙な表情の変化から少し読み取れることができるようになっていた。

「まあ、そう思っているなら心配かけるようなことはあまり……しないでくれ」
「夜中に抜けだしたくらいで心配されるとは思っていませんでした。私だってもう子供じゃないんですから、勝手に遠くまで行ったりしませんよ。大丈夫です」
「いや、……そうだな、思えば俺も過保護すぎたか」

今度は落ち込んだような声のトーンになった。昔からよく表情が硬いやら言われていたが、私からしてみればグレイグさまは素直で取り繕わないぶんわずかな動きや声色からよくわかる。そういうところも、私は好きなのだ。もちろん、こうやって心配だからと安直に体が動くところも。

「落ち込まないでください、私は嬉しいですから。それに、なんだかさっきよりも元気になりました」
「具合でも悪かったのか……」
「ええと、」

何と言おうか迷っていると、頭の上にぽんと手が乗せられた。「不器用でうまく言葉がかけられない」と謝られたが、私はむしろこう優しく頭を撫でてくれることが嬉しかった。昔先代に頭を撫でてもらったことを思い出して、その記憶と重なってこの上なく安心するのだ。どんな優しい言葉よりも、今は誰かの「生」を感じられるこの瞬間が何よりも温かい。そう思うと、今までの恐怖がいつの間にやらスッと身体から抜けきったようにふわふわとした眠気がやってきた。

「今度から、眠れなくなったらグレイグさまにこうして頭を撫でて貰いたいです」
「?」

それに加えて変な詮索も無いただの愛撫がたまらなく嬉しい。下手したらどんな睡眠剤よりも効くだろうな、なんて思いながら温かさを享受する。本人はそんな私の嬉しさにすら気づいていないようだけども。