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先代勇者の軌跡
★先代勇者の軌跡

振り下ろされたその剣が美しく青白い肌を割いた瞬間、どす黒い鮮血が目の前に飛び散った。そこで私はやっと、彼が人であったことを思い出した。その感情は少なくとも「前」は無かったものであったのに。

無我夢中で必死に藻掻いた。今ならばまだ間に合う筈だと手を伸ばすが、その手は脇下から伸ばされた腕によって強引に遮られてしまった。私は何のためにここに来た?もう救えないと思って諦めていた、そんな中でやっと一筋の希望が見えたのに。なぜ皆私の邪魔をする?何で、なんで!

生きていてくれれば、もうそれでいい。その所為で私自身がどんな罰を受けることになったとて、そんなことはどうでもいい!
必死に訴えた瞳は、その残酷な刃に届くことはなかった。ただ、彼が目を閉じる瞬間、長い金髪の隙間から見えた。大きく開いた瞳孔……忌々しい赤い瞳ではない、私が恋い焦がれた金色の瞳。
糸が切れた人形のように地面に倒れ込むその身体に駆け寄るのは誰も止めようとしない。肩をゆすって必死に呼びかけても、その瞳が開かれることは無かった。最後にぴくりと動いた指先が、ただただ切ない。──



ケトスの背に乗ることはや二刻といったところ。当たりの景色が鮮明に見え始めたと思えば、次の瞬間、私たちは地面に立っていた。あの生物感のあるやわらかい皮ふの上ではなく、石で造られた立派な地面である──もっとも、天空に浮かんでいるので「地面」ではないのだが。
降り立った地……太陽の神殿には、遥か昔からこの天空に住んでいる神の民と、この世界が誕生した時から燃え続けているという聖なる種火が祀られていた。イレブンたちの旅で何が起きても驚くまいということは前々から思っていたが、今日は特に「濃い」所為で未だに頭が現実に追い付いていない。

ファナードさんが言っていた「闇を打ち払う新たな力」というのは、どうやら本当にここにあるらしい。太陽の神殿の中にある祭壇には、大樹の苗木が静かに佇んでいた。大樹のエネルギーをたっぷりため込んで、まるで見てと言わんばかりに生き生きとしているその苗木に導かれるようにイレブンが手をかざせば、もうお決まりのように頭の中に大量の記憶が飛び込んでくる。

まるで紙芝居のように、次々と勇者一行の記憶の断片が流れていく。初めて目にする先代勇者一行の勇姿に気を取られそうになりながらも、集中してその記憶を追いかける。此処と同じような天空に浮いているどこかの島。先代勇者一行はそこで、つるはしを使って大きな鉱石を削り取っていた。

「天空に浮いている島で……鉱石を採っていたように見えたけど」
「何処かも判らないね」

残りの苗木も見てみようと、イレブンに手をかざすよう促す。二つ目の苗木に手を伸ばせば、また先程のように断片的な記憶が頭の中に流れ込んできた。砂漠に佇む二つの巨像。そこでハンマーを手に入れた先代勇者一行。最後は大きな火山を目指して歩んで行くところで記憶は途切れた。

「うーん……あの二つの巨大な座像はたしかサマディー王国よね」
「植生を見ても完全に一致している。そこで巨大なハンマーを手に入れる……と」

まだ何をするべきなのか予想はできていない。皆口を真一文字にして考えていると、グレイグさまが静かに呟く。

「あのハンマーの形状……武器というより鍛冶用のものに近いな」

それで、イレブンはぴんときたように表情を変えた。私はと言えば、イレブンが鍛冶をしていることは知っていたが、その現場をまじまじと見たこともいので、まだ何をするべきか分からない。あの鉱石をハンマーでどうにかするのだろうか。

「そしてそれを持ってヒノノギ火山に向かっていましたわね。あの火山には立ち入ったことはありませんが……その先には鍛冶をするための何かがあるのでしょう」
「最後の苗木にヒントがあったらいいがどうだろうな。イレブン、頼んだぜ」

最後の苗木に手をかざせば、見たことが無い場所に立っている先代勇者一行が目に飛び込んでくる。そこで、勇者ローシュはあのハンマーを使って剣を打っていた。グレイグさまが仰ったとおり、あれは鍛冶をするためのハンマーのようだ。そうして長いこと激しく火花を散らせたあと、ようやくひとつの剣が完成したところで記憶は途切れた。

「先代の勇者たちは、何かの鉱石を集めて特殊なハンマーを使い剣を打っていた……もしかして私たちが見たのはかつて勇者の剣が作られた時の光景なんじゃないかしら?」
「姫さま、そうに違いありません。邪神と戦うため先代勇者たちも特別な武器を作る必要があったのでしょう」
「つまり、それこそが私たちが求めるべき闇を打ち払う力なのですね」

これから私たちがするべきことは、先代勇者たちの軌跡を追って勇者の剣を作ること。そしてそれをもって魔王ウルノーガの闇を打ち払う。今まで手さぐりで進んできたこの旅も、いよいよ終わりに向けての糸口が見えてきた。
太陽の神殿から出ると、神の民が心配そうにこちらを見ていた。神殿の奥に長いこと籠っていた所為で何がかあったのかと不安になったのだろうか。イレブンが安心させるように中であったことを話し、それと最初に見た記憶の浮島について何か知っていることは無いかと尋ねる。

「先代勇者が鉱石を集めた浮島ってのは、たぶん天空の古戦場のことじゃないかな?」
「天空の……古戦場?」
「古い話だから詳しくは知らないけど、かつては特別な金属が採掘できた浮島で、それを巡って大きな戦いがあった場所なんだ。兄ちゃんたち、行くなら気を付けてね。もう何百年もの間神の民さえ近寄らずどうなってるか判らない場所だからさ」

古戦場と聞いてあまり気は進まないが、行くしかあるまい。神の民に別れを告げて神殿から出て外の薄い空気を吸い込むと、くらりと眩暈がした。どうもあの聖なる種火の力に包まれた神殿は、私にとってあまり良い場所ではなかったようだ。

「さて、どこへ向かいましょう?」
「……順を追って天空の古戦場から行ってみるとするか」

グレイグさまはそう言うものの、皆目の下に隈を作って窶れているこの状態──ベロニカの葬儀からケトスと出会うまで殆ど不眠不休で此処まで辿り着いたのだ。どんな魔物が居るかも判らない古戦場に、このコンディションのまま向かうべきではない。

「その前に、どこかの町で身体を休めましょう。皆昨日は眠れなかっただろうから」
「……そうじゃな、天空の古戦場でも何があるか分からん。万が一に備えて武器も防具も揃えたほうが良いじゃろう」

私の意見に、ロウさまも同意してくれた。ご老体に睡眠不足の長旅はさぞ辛かろう。かといってどこに向かえばいいのだろうかと皆が私の言葉を待っていたので、必死に考えを巡らせるとある場所が思い浮かんだ。

「最後の砦に行きましょう。あそこならば世界中から人が集まっているから、良質な武器防具も揃っているはず。良いでしょう?」

イレブンも、長いこと家族や村人に顔を見せていないだろう。マルティナ姫も、父であるデルカダール王が正気を取り戻してから一度も会っていないはず。今まで最後の砦に寄らずに旅を続けていたが、別に世界が平和になるまで戻らないと決めたわけではないのだし、ここでいったん戻っても良いのではないだろうか。

「僕もウルノーガと戦う前に、皆にしっかりと会っておきたいと思ってたんだ」
「それじゃ、決まりだな」
「場所は?ルーラで行けるかしら」
「勿論」

これだけ長いこと帰っていなければ、砦に居る人々も私たちの身を心配しているだろう。私だって、たったひと月でさえ彼らの安否が判らないだけでも辛かったのだ……無事でいるだろうかと、思い出さなかった日は無いほどに。彼らの為にも、そして自身の為にも最後の砦に戻るべきである。生き残ったデルカダール兵も居る筈だから、私たちも顔を出さねばならない。