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空を駆ける勇魚
★空を駆ける勇魚

肩を大きく揺さぶられる感覚で目が覚めた。いつの間にか眠ってしまったようだった。……ああ、そういえば昨晩はケトスに関する古文書を見つけたあと、そのまま部屋にあったソファの上で寝てしまったんだっけ。なかなか開かない目を擦りながら、いつもとは違った優しい匂いがするブランケットごと上体を起こすと、目の前にはイレブンとセーニャがいた。

「やっと起きた、名前」
「…...ああ、イレブン……おはよう。セーニャもおはよう」
「おはよう」
「おはようございます、名前さま」

目の前にいる二人は武器も装備して荷物も持って、もう此処を発つ準備は万端だ。セーニャも髪を纏めていて……纏めていて?とそこで違和感に気づいて一気に目が覚めた。長かったセーニャの髪が、とても短くなっているではないか。

「セーニャ、髪が!」
「……似合っていない、でしょうか?」
「ううん。とても似合ってる、可愛い」

ロングヘアのセーニャも良かったけれど、ショートヘアのも似合っていて可愛らしい。何故髪を切ってしまったのか、なんとなく予想はついた。

ソファから立ち上がり、寝間着を脱ごうとすれば、イレブンは足早に部屋から出て行った。小さな窓を覗けば、太陽は南天に差し掛かっているところだった。他の皆はもう用意を済ませているだろうと思い、被るように服を着る。

「おじさまがめざめの粉を持っておられたので助かりましたわ」

仕切りひとつ隔てた奥から、セーニャの言葉が耳に入った。グレイグさまが「おじさま」と呼ばれていることに少し微笑ましく思いながらも、着替えを済ませ、手癖で髪を纏めて武器を背負った。

「お待たせしました」
「それでは行きましょうか」

外に出れば、イレブンがひとりで待っていた。他の仲間はどうしたのかと問いたかったが、その答えは私が聞くより先に彼から返ってきた。

「名前、昨日は夜遅くまでありがとう。ファナードさんたちはもうゼーランダ山の山頂に向かっているらしいから、僕たちも行かなきゃ」

それを聞いて、私はホッとした。昨晩の時点ではまだもしかしたら旅の行き詰まりが訪れるのではないかと不安で仕方なかったからだ。無事ケトスを呼び寄せることができそうで、胸をなで下ろす。

「それで、ゼーランダ山の山頂で一体何が起きるのかはお判りになったのですか?」
「神の乗り物についてのことは分かったけど、肝心のそれを呼び出す方法が不明瞭だったんだ。あとはファナードさんの予知夢にかけるしかないねってなって昨日は寝てしまったの」

しかし、ファナードさんが朝一番にやってきて山頂に向かったということは、何か予知夢を見たのだろう。勇者の峰……ゼーランダ山の頂に、神の乗り物に関するヒントが隠されているのだろうと。そう続けると先程まで不安そうにしていた二人の表情が和らいだ気がした。

**

此処らは大樹崩壊による被害を受けていないようで、ローシュの時代から語り継がれる「勇者の峰」はその形を保っていた。綺麗に整備されている道を、一歩ずつ登っていくと、やがて開けた場所に辿り着く。此処こそがゼーランダ山の頂。かつて勇者ローシュが邪神を討った後に降りてきた地である。そこにはもうすでにファナードさんと他の仲間たちが立っていた。

「皆さま、お待たせいたしました」
「すみません。こんな時にまで寝坊してしまって……」
「いや、昨晩は随分と頑張ってくれたのじゃろう。むしろ礼を言わねばならん」

そのロウさまの言葉に皆揃って頷いてくれて、安堵する。しかしそんな皆の目の下には濃い隈ができていて。よく眠れなかったのは私だけではないのだと、それに気づいてまた申し訳ない気持ちになった。

「長老さま……」

セーニャが始めるようにと促すと、ファナードさんはうんと頷いた。

「うむ。実は昨夜また夢を見ましてな……ベロニカがここにいる姿が見えたのです。ベロニカは夢の中でこの地に立ってこの笛を吹いておりました。これは賢者セニカさまが邪神を討った後に聖地ラムダに立ち寄り置いていったという笛。お守りとしてベロニカに持たせていたのですが、今朝目を覚ましたら私の枕元に置かれていたのです」

吹いてみなさいと笛を手渡されたセーニャは戸惑いつつも、唇を歌口にそっとあてた。セーニャがハープを嗜むのは知っていたが、うまく音を出すのが難しいフルートでもつい聴き入ってしまうほどの音色を奏でられるとは。それぞれ目を閉じながら、空を見上げながら、その音色を聞いていた。やがて笛の音色は途切れ、辺りは静寂に包まれる。何かが起きるかと思い身構えるが、辺りに響くのは相も変わらない草木が揺れる音のみ。

「何も起きませんわね……ですがお姉さまが夢の中で吹いていたなら、必ず何か意味があるはずですわ。これはイレブンさまがお持ちください」

まさか予知夢が外れるなんてことはあるまいと思ったが、イレブンに手渡された笛が勇者の紋章と共鳴して光り輝くのを見て、そんな心配は杞憂に終わった。光り輝いた笛はみるみる縦長に伸び、その先端には勇者の紋章のような釣り針が現れた。

「笛が……!」
「笛が釣竿になったように見えるが……」

あまりにも意外だったその光景に、私も何か見間違いかと思ったが、どうやら皆にも同じように見えているらしい。釣竿──もとい笛を持っているイレブン自身もぽかんとしているが、その間にも釣竿はひとりでに雲の海に針を飛ばす。浮も無く、揺られず、ただ糸が雲に突き刺さっているのを見るのはなんともシュールな光景だ。
崖縁に近づいて、皆その糸先を眺めていると、イレブンが釣竿を持つ手に力を入れた。糸ばかり見ていたので気づかなかったが、竿の先をみると今にも折れてしまいそうなほど湾曲している。……そうしてそのまま「獲物」と格闘すること十数秒。あまりの引きの強さに足元を滑らせそうになるイレブンをカミュが助けようとしたその時、雲の中から大きな影が飛び出てきた。

「空飛ぶ魚……いえ、あれはクジラ?」
「本当、だったんだ……」

そこに居たのは、蓋欲の翼を持つ白鯨。……昨日古文書で見た特徴そのものを絵に描いたような生き物だった。黄金に光る鰭を羽ばたかせ、まるで水中を泳ぐように悠々と空を舞うその姿はまさに「伝説」そのもの。

「あれこそが夢で見たもの。神の乗り物……ケトス!イレブンさま、世界のどこかにある天空に浮かぶ島を探すのです。きっとそこに闇を打ち払う新たな力があるはず。……お願い致します。諸悪の根源たる魔王ウルノーガを討ち果たしてベロニカの無念を晴らしてくださいませ」

ファナードさんの夢に現れ、私たちに道を指し示して……肉体を失ってもなおこの世界に残されたベロニカの魔力は私たちを助けてくれた。今もなお感じるその力を胸に、大きく頷くと、イレブンはケトスに向かって手を伸ばした。
途端、私たちは空に浮かぶ大きな背の上に移動させられていた。つい先程まで目の前にいたファナードさんは、視界の遥か彼方に居て、米粒のような大きさに映っている。

「名前、やけに落ち着いているな」
「…...怖くて体が動かないだけ。振り落とされたら、嫌だなと思って」

体毛も何もないつるつるとした皮膚に触れて確かめる。下手に動けば落ちてしまうのではないのだろうかと疑ってしまい。そう考えていると、ケトスは小さくひと鳴きしてから私たちの周りに丸い結界を張った。これで、外界からの圧力を止めることができるのだろうか。思えば先代勇者もこれに乗って戦ったのだから、あまり心配する必要は無いのかもしれない。

「ひとまず、どこへ向かいましょうか。もう魔王のいる城に行っても良いのだけれど、ファナードさんはたしか空に浮かぶ島を探せと仰っていたわよね?」
「それについて昨日ファナードさんと話していたのですが……」

昨晩ひっくり返していた古文書では、ケトスについての情報を見つけるのが最優先だったが、その過程で他にも様々な情報を見つけていた。中でも特に気になったのが、邪悪な魂を消滅させる方法について記されたものだ。
勇者と魔王の力を一対一で比べれば、魔王の力が圧倒的に上である。勇者が自らの力を持って魔王の力を封じ込むのは可能だが、悪しき魂まで滅するにはその力を引き出すものが必要であると。真偽は不明だが何か心に引っかかった私は、ファナードさんにその古文書を見せてみた。何故先代勇者一行は後の世のために勇者の剣を残したのか。何故ならば、必要であるからに決まっている。しかし、その剣は今や禍々しい剣に変えられてしまっている。

「先代勇者であるローシュはあの勇者の剣をもって戦い抜きました。私たちにもあのようなものが無ければ、魔王はおろか城を囲う結界すら突破できないかもしれません。急ぐべきではありますが、それ以上に確実に魔王を倒すことができる力をつけるべきです」

急がば回れというやつだ。

「そうしよう。行先は……ケトスのほうが詳しいだろうからお願いしてみる」

この世界の何処かに浮かぶ小さな島を自力で見つけるのは至難の業である。それならば、空の世界に住まうであるケトスに案内してもらった方が容易いであろう。どうやらケトスは私たちの言葉は勿論、心内までも理解できるらしく、イレブンがケトスに向かって話しかけるように手をあてると、ケトスは大きく嘶いた。

「ひっ……」
「おい、なぜ俺に掴まる」
「重いものに掴まったほうが安全かなと思いまして……」

風圧を受けていないはずなのにもかかわらず、音速で移り変わるその景色に押されてどうも振り落とされそうだという不安が拭えずに、思わず目の前にあった黒い服を引っ張る。冷たい口ぶりとは裏腹に、こちらを振り向いたその表情はまんざらでもなさそうだった。