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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

縋る声が聞こえたから

意識を覚醒させれば、すぐ横で椅子に座りながらうとうとしているマルティナ姫が視界に入ってきて、思わず飛び起きる。それに気づいた姫さまも、私が起きたことに気づいたらしく、ハッとして目を覚まされた。

「名前、大丈夫?」
「ひ、姫さま……いたっ!」

姫さまに向かって手を伸ばすと、腹に鋭い痛みが走った。傾く身体を姫さまに支えていただき、大人しく背中の壁にもたれかかる。そういえば、あの海獣の爪が腹に突き刺さって、それでカミュが船内まで運んでくれたのだった。姫さまが此処で私の様子を見てくれているということは、あの海獣を倒すことができたというとことだろうか。

「もう……」
「すみません」

腹の傷を見ようと、いつのまにか着せられていた見慣れない服を捲り上げる。意識を失う寸前に力を振り絞って回復呪文をかけたからか、表面上は塞がっているように見える。しかし、これはあくまでも応急措置。回復呪文で最大限まで上げた私の身体の治癒力でも、まだまだこの傷は治りそうにない。

「もう丸一日目を覚まさないから心配だったのよ。まだ傷が完治してないのだから、大人しくしていてね。今皆を呼んでくるから」

そう言って部屋を出て行った姫さまに連れられて、暫くすると皆が私の部屋に集まってきた。視線が一斉に注がれているからか、何だか気恥ずかしい。

「無事で何よりじゃ」
「ロウさま……ご心配をお掛けしました。傷もほら塞がってますし……これもカミュが船内まで運んでくれたおかげです」

私の回復よりも敵を優先させる判断をしてしまったからか──もちろんそれは私が望んだ判断なので、寧ろとても感謝しているのだが──「重傷を負わせてしまう羽目になった」と責任を感じ申し訳なさそうにしているロウさまを元気づけるようにそう言うと、ふと部屋の中に私を運んでくれた張本人が居ないことに気が付いた。一人だけ皆と別に過ごしているわけではあるまいし、姫さまももうとっくに戻ってきているし……。

「あの、カミュはどこに?」
「そのことについてなんだけど……」

イレブンが言い辛そうに口を開いた。どうも私が気を失っている間に、クレイモランに到着したのだが、そこでひと騒動あったようだ。今はクレイモランの港からカミュが連れ去られたとみられるバイキングのアジトに向かっている途中なのだと。そういうことならば私もバイキングのアジトに乗り込んでカミュを助けたい。体を張って助けてもらいながら、彼のピンチに自分が駆けつけないほど恩を感じない人間ではない。

「私も行きます」
「……お前は傷が治るまで船にいろ」
「もう治ってますよ」
「塞がっているだけでは治ったとは言わん」

部屋の入口の方から、低い声が飛んできた。どうしても外出を認めないと言わんばかりのその雰囲気に、気力が削げる。

「でも……」
「ダメだ」

城に閉じ込められていた頃の、頑固でどうしようもなかったグレイグさまの人物像。あの頃は王の命令だったが、今は彼自身の判断によるものであるが故、今回はこれ以上言い訳をするのも無駄だと思った。

「……まあ、今回は船でお留守番していてよ。無理して今より酷くなったら元も子もないから」
「うん……」
「それと、外に出ると黄金病にかかるから極力出ないように」

イレブンにもそう言われてしまって、大きなため息が出た。グレイグさまもイレブンも私の心配をしてくれているということはひしひしと感じているが、私もカミュの身を案じているのだ。必死になって私を助けてくれた彼が苦しんでいるというのに、このまま船で寝ていることができようか。皆には申し訳ないが、出て行った後にこっそり後ろをつけていこうと決意して、今は大人しく言うことを聞いているふりをしようと、ベッドに半分顔をうずめてコクコクと頷いた。

**

バイキングのアジトの入り口、洞窟上になった湾に船が止まると、部屋に静寂が訪れた。船の番をするアリス以外はもうこの船に居ない。重い体を引きずって、再び起き上がった。身体を捻ればまだ傷は痛むが、先程のように急に動かなければそこまでひどくもならない。

ベッドから出て、いつも着ていた服を探せば、腹の部分に抉られたように穴が開いていた。服に染み付いたはずの血液は誰かが落としてくれたようだが、それでもこの穴はどうにもならない。せっかく気に入っていた服だったのに……流石ににこれを着て出掛けることはできない。お城でも、最後の砦に居るときも裁縫は一切やっていなかったため、こういう時にどうにもできず。後でシルビアに縫い直してもらおうと考えて、イレブンが置いて行ったふくろの中身を漁って勝手に服を拝借することにした。

今の状態では剣で戦うのは厳しいと思い、杖だけを背負って忍び足で船から降りる。バイキングのアジトと言うからにはそれなりに敵がいるだろうと思ったが、人の気配も魔物の気配も一切ない。イレブンたちはもう既に先に進んでしまったのだろうか。結局何も見つけることができないまま、アジトを通り抜けて外に出る。

「さむ……」

外は猛吹雪だった。目に入ってくる雪を遮るように下を向き、杖をつきながら足元にある五人の足跡を辿ってなんとか前に進む。
足跡の先には、洞穴らしきものがあった。入ってみると、あちらにも抜けられるような随分と豪快な風穴のようになっている。先程のアジトに比べてとても古びているようで、地面には金銀財宝が転がりっぱなし、砂やほこりが積もったテーブルに、苔臭いカーペットが敷かれている。何年前かまでは人が暮らしていたかのような跡が残っていたが、今は誰も居ないらしい。此処にも、イレブンたちはいなかった。彼らはこの洞穴を更に抜けて先に進んで行ったのだろうか。

「あれは、もしかして」

洞穴を見回していると、弱々しく光る大樹の根を見つけた。デルカダール城の中庭にあったものと全く同じ形状をしている。しかし、かつて見た輝きを放っていないところを見ると、先に来たイレブンもまたこの根に触れたのだろうか。残っている大樹のエネルギーから何かを感じ取れるかと思い、手を伸ばす。すると、根はその手に反応するようにほんの少し輝きを増した。



気が付けば、目の前にはひとりの女の子がいた。気のせいだろうか、カミュに良く似た青髪と、同じ色の瞳。深い暗闇の中で、まるで磔刑のような格好で手を縛り付けられながら浮いている。

「誰……?誰かいるのか?」

虚ろな目でこちらを見つめてくる女の子へ向けて、手を伸ばす。私の手はどう伸ばしても届かなかったが、前に大樹の記憶を見た時とは違って、身体の感覚が掴めている。しかし、辺りは真っ暗闇。まるで彼女の精神の中へ入ったような、不思議な空間だった。

「……誰でもいい、助けて。このままじゃ、……兄貴が死んじゃうよ……」
「兄貴……?」
「お願い、はやく……」

兄貴と聞いた瞬間、頭の中に大樹の記憶が一斉になだれ込んできた。今よりも何歳か若いカミュと、目の前にいる女の子の日常の一場面が次々と脳裏に映し出された。私は頭の中ですぐに「兄貴」はカミュのことを指しているのだと理解した。そうと分かれば、はやくイレブンたちを追いかけなければならない。この先に必ずカミュはいる、彼の妹が私に向かって必死に助けを求めている。もう躊躇っている暇はない。

「大樹の根、私を元の世界に戻して!」

頭の中で強く念じると、次第に暗闇の世界から意識が遠ざかる。最後に伸ばされた小さな手を掴み、ぐっと握ると、辺りは一瞬で白い光に覆われた。



気が付けば、私は風穴の中で座り込んでいた。冷風が勢いよく吹き抜ける洞穴の隙間を見て、マントを首まで持ち上げる。風穴の隅にひっそり芽生えた大樹の根は、すっかりその輝きを失ってひっそりと佇んでいた。

**

風穴を抜け、雪原を超え進んだその先には、黄金に輝く大きな城があった。恐る恐る城の中に入ると、中も全て黄金色。こんな悪趣味な城を作る奴は、おそらく海路に黄金の氷山を作り、クレイモランに黄金病を流行らせた魔物であろう。その証拠に、城の中には黄金になったクレイモランの住人がまるでアートオブジェのように飾られている。

開け放たれている扉を抜けて先へ進もうとするが、城の中はまるで迷路のようで、地図も無ければ道も分からない。

「ねえ、そこの魔物さん」
「...…」
「ここに人間が入ってきたのだと思うんだけど、どこに行ったか判る?」

切羽詰っていつもよりよほど恐ろしい表情をしていたのか、私の呪いに気づいた魔物は焦ったように頷いて、それから浮遊してイレブンたちの行先を案内してくれた。階段を上って下って、皆が居る場所へ近づくにつれ、壁が崩れてしまうのではないかという強烈な音と地響きがする。
必死に走って、その先には大きな扉があった。ここまで案内してくれた魔物は、いそいそと元来た道を戻って行く。この先にカミュが居る、イレブンたちも居る。そして、あの女の子も……。走った所為で傷口が激しく脈打つが、痛みも感じないほど感情が昂っている。グレイグさまにまた怒られてしまうかもしれない。でも、例え私が再び大怪我を負ったとしても、カミュのことを助けたい……カミュは私の命の恩人だ。それに、大樹の記憶で見たあの女の子の声を聞いて、やっぱりやめだと船へ戻ることができようか。

意を決してその扉を開け放つ。その中には黄金の触手がまるでいばらのように絡み合っていた。そしてその奥には、触手を出している根源である、黄金に輝く魔物のようなものと、その中に囚われている夢で見た女の子。

「名前!?」
「馬鹿な、よりによってこんな時に……!」

扉の近くにいたグレイグさまを皮切りに皆が一斉にこちらへ振り向いた。それでも言い訳をする暇も余裕も無く、怪我をしているのに来てしまったという罪悪感から目を動かしていれば、視界の奥に青い髪が映る。

「カミュ……!」

黄金の触手の合間から、かろうじて見えるその姿は、こちらを振り返らずにただ一点……彼の妹だけを見つめていた。ナイフを握る左手は、ここから見ても判るほど震えている。
その横には何もせずに立っているイレブン……そして皆が私のほうに注目したまま中々カミュのほうを見ないようにしていることに気づいてしまった。そんな間にも、黄金の触手は暴走して破壊を繰り返している。

「カミュ、待って!」

一歩進んで今にも飛び出そうとするカミュを、引き止めるようと叫んだ。きっと、彼はこの世界のためにもあの魔物の中枢に居る妹を殺すべきだと思っている。彼女がどうやって魔物になったのか、イレブンたちが見たであろう大樹の記憶を見ていない私にはさっぱり判らない。それでも、あの女の子は今でもカミュのことが好きなのだと、そんなことも伝わらないまま兄に殺されてしまうなんてどれだけ残酷なことだろう。そう考えると、こんなところで彼女を死なせるわけにはいかなかった。

「彼女の声を聞いたの、彼女の真っ暗な闇の中で、カミュ……貴方にずっと助けを求めていた!」

遠く離れたカミュの耳に届くように、大きく声を張り上げた。その瞬間、彼がはっとしてこちらを振り向くと同時に、視界は黄金の触手に遮られた。

「名前、危ない!」

叫ぶような姫様の声が聞こえたが、声を張り上げるときに腹に力を入れたせいで身体が痛み、思うように体が動かない。いつだか演練で特訓した受け身の体制を思い出し、咄嗟に触手に体を這わせるように捻る。それでも、とてつもない早さで衝突した触手に身体は跳ね上げられた。
視界の端で、カミュが剣を投げ捨てたのが見える。それを見て安心したのも束の間、跳ね上げられた身体の先には再び触手がこちら目掛けて先端を向けていた。

「ひっ……」

こんなのに貫通されては海獣の爪どころの騒ぎじゃないと覚悟して目を瞑ったが、身体には何の衝撃も走らない。不思議に思って目を開けると、目の前まで迫っていた触手はばらばらにはじけ飛んで、あたりに黄金の雨粒をまき散らしていた。

「わっ!ちょっと、グレイグさま助けて!」

次第に重力に従って落ちていく身体に軽くパニックになって叫ぶと、なんとか地面に落ちる前に屈強な体に受け止められた。背中にずっしりと感じる腕二本分の感触。地面すれすれまで下がったその腕が折れてしまわなくて良かった。

「……ごめんなさい」
「船に戻ったら説教だ」

そう言うグレイグさまの顔も、どこかホッとしているようだった。その視線の先には、愛おしそうに妹を抱くカミュが居て、なんとかこの危機を救えたのだと判った。