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「#幼馴染」のBL小説を読む
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海上の激闘
「急に風が吹いてきたわ……」
「船体もいつもより揺れていますね」

甲板の手すりに捕まっているのにもかかわらず、激しく揺れる船に振り落とされそうになる。空を仰ぐと、目の中にぽたりと一滴雨粒が降ってきた。

「海ちゃんは気分屋なのよ。それにしてもひどい天気だわ……光の柱はもうすぐだけど、大事をとってそろそろ帆を畳んだほうが良さそうね」

シルビア号がクレイモラン領海を北上し始めた頃には、見上げる空には雲一つ無く、白い三日月がひっそりと浮かんでいたのみだったが、大陸の北側に回ったところでいきなり空は暗くなり、風が強く吹き付けてきた。まるで、世界が終わったあの時を思い出させるような強い闇と瘴気。そして、突然降り始めた雨。ここ近辺でめっきり魔物が現れなくなったのも、変に淀んだ色の水面も、その疑心をさらに加速させる。

「見えたわ、光の柱!」

シルビアがなんとか舵を切って、光の柱に向かってうまく船を誘導させる。なんでも、そこに近づけば、あとはマーメイドハープの力で人魚を呼び、クレイモラン近海にある光の柱までワープすることができるという。果たしてこんな荒れた海でハープの音が海底まで届くのかは解らないだが、今はそれを信じて前進するしかない。額に手をあてて、雨粒を遮りながらも、なんとか視界を保ちながら帆を畳むのを手伝っていると、心臓がどくりと大きく鳴った。私の中に居る「魔物」が何かに激しく共鳴するように、全身が昂る。

におう……におうぞ
命のにおいだ……

他の人にはぼんやりとしか聞こえないらしい声が、私にはやけにはっきりと聞こえた。私の身体を襲う生命の危機を、本能的に感じ取っているかのように。

「きゃっ!」
「一体何が起きてるの!?」

船が、大きくぐらりと揺れた。束の間、身体が重力に逆らうようにふわりと浮く。慌てて手すり捕まってなんとか海に落ちずに済んだものの、身体は激しく船体に叩きつけられた。激しい風雨の中、あたりに不自然な静寂が生まれる。回復呪文で体力を整えながら、次に何が起きるのかと、びくびくしながら辺りを見回していると、船底から激しい水流が湧きあがってくるような音がした。

まるで大滝にいるような激しい水音とともに現れたのは、魔物にしては型破りな巨体を持った海獣だった。その海獣と目が合って、私の心臓はさらに鼓動を加速させた。意志を持つ魔物には目が効かない。そして、この海獣は多分私のことを知らない。このままでは殺される……「殺されるくらいならもう我に身体を渡してしまえ」と、私の中の何かがそう言っているように意識を持っていこうとする。

「この海にまだ命があったか!」
「……!」
「お前は!」

男性陣は、悪夢でも見たような顔をしていた。前に、この海獣と対峙したことがあるのだろうか。あったにしても、良い結果ではなかったのだろうということが伺える。

「まずいぞ、わしのグランドクロスも効かぬヤツに一体どうやって攻撃すれば……」
「そんなっ……!」

今にも攻撃を仕掛けてきそうな海獣に、こちらは手も足も出せないでいた。グランドクロスが効かないということは体質的な問題ではないのだろう。何か、身体に結界でも纏っているのだろうか、この海で海獣相手に逃げられるわけもないとなれば、なんとかして結界を解いて戦うしかない。そう思った瞬間に、目の前にいたイレブンが大きく左手を掲げた。グローブの上からでもまばゆく光る、勇者の証。

「イレブン!」
「……す、凄い!これが復活した勇者の力なの?」

イレブンの亡き両親によって復活したその紋章から一筋の光が天に向かって打ち上げられた。瞬間、激しい雷が海獣めがけて降り注いだ。一体何が起きているのか、反射的に塞いだ耳から恐る恐る手を放すと、海獣に纏わりついていた瘴気が明らかに薄くなったのを感じ取れた。
皆、その光景に開いた口が塞がらないような状態だったが、いち早く我に返ったロウさまが喜びながら強くこぶしを握ると、皆もそれにつられたように武器を構えた。

「でかしたイレブン!攻撃をはじく術さえ解けてしまえば、こんなヤツ恐るるに足らんわ!」

激昂した海獣は、すぐに攻撃を仕掛けてきた。舵をアリスに任せて、私たちは臨戦態勢に入る。

「船を転覆させられたら終わりよ!まずは船を守らないと!」
「名前、頼んだ!」
「……判ってる」

船を攻撃されても大丈夫なように、海獣のいる面に大きな結界を張る。それでも完全に船を攻撃されないわけではないので、こちらに注目させるように小さな呪文で挑発をする。運が良いことに、海獣は怒りでこちら側しか見えていないようだ。賢い魔物と思いきや、こういったところは単細胞で助かった。

「直接攻撃はあまり届かないな、ヤツがこちらに乗り出してきたタイミングで一斉攻撃を仕掛けるしかあるまい」
「火球は、わしと名前の氷系呪文でうち消そう。攻撃はおぬしたちに任せたぞ!」

相手は海の上に居るため剣による直接攻撃は届かない。相手がこちらに乗り出してきた隙以外は呪文や攻撃範囲の広い特技で攻めるしかないだろう。前衛には、イレブン、シルビア、グレイグさま、姫さまが出て、私とロウさまは後ろで四人の回復をしつつも魔力を溜めて呪文を撃ち出す。

「あの俺は……」
「カミュ、あなたは下がってて」

着の身着のまま武器も持たずにこの船に乗り込んできた彼は、おそらく戦い方も忘れているのだろう。戦闘においては、申し訳ないが足を引っ張ることになるだけだ。オロオロしている彼を手で制してなんとか私の後ろに着かせる。彼がこの先記憶を取り戻した時に先頭に復帰できないほど傷を負ってしまったら大変なことになるのだから。

「なんとか、押せてるわ。このまま頑張ればいけそうね」
「安心するにはまだ早い、こいつはまだオーブの力を使っていない!」

イレブンが、ライデインを唱えながらこちらを振り返ってそう叫んだ。「オーブの力」というのは私にはあまり理解できなかったが、海獣の背に刺さっている赤いオーブを見て何かに気づいた。そういえば、ブギーとやらを倒した時にイレブンが緑色のオーブを持っていた。さらに、それと同じような紫色のオーブも持っていたところを思い出すと、おそらくは目の前にいる海獣もウルノーガからオーブを与えられた六軍王とかいう類の魔物であり、イレブンの言い方からその魔物はオーブを使って強力な攻撃を仕掛けてくると言うことはなんとか予想できる。なんて、そうこう考えている間に、その攻撃はやってきた。

「くっ……霧が……!」

いきなり目の前に赤い霧が噴き出した。あっという間に視界が赤一色に染まり、もはや目の前にいる四人の背中も殆ど見えない。隣にいるロウさまに声をかけると、ロウさまも前が見えないと言わんばかりに首を振った。

「前衛は!敵を確認できておるか!」
「こっちはなんとか!後ろは大丈夫?」
「アタシは全然見えないわ!」

これでは補助呪文も使えない、前衛に至っては直前で攻撃を防げない分受けるダメージが大きくなってしまう。なんとか、海獣の纏う瘴気や四人の魔力から位置を把握しようと、耳を澄まして精神を集中させる。

「ロウさま!」
「名前!」

霧の奥で、黒い影が素早く動いたような気がした。大きな巨体を海の中から持ち上げて、伸びてくる鋭い爪は、私ではなく先程から闇系呪文で海獣を攻撃していたロウさまに向かっていた。
気が付いたら咄嗟に体が動いていた。ロウさまはこの攻撃を食らってしまってはダメだと、そう思った時には、目の前に憚る霧に似た赤色の爪が盾を掠めて私の腹に食い込んでいた。瞬間的に私の中に居る何かが魔力を暴走させてその爪を弾くが、その直後痛みを感じ取った私の身体は今までに感じたことのない激痛を訴える。

「……う、ぁ……」

ロウさまに寄り掛かるようにして船の上に倒れ込む。その間にも、前衛にはまたもや巨大な炎が襲い掛かろうとしていた。私の腹に手をあてて回復しようとするロウさまの手を制する。私一人に構っている間に、前に居る仲間がやられるかもしれないと思うと、ここで私を戦力から外した方が賢明だと判断してのことだ。

「……四……人の……回復を。私は、自分で……」
「なんと……!」

霧の奥が明るく光った瞬間、ロウさまはようやく諦めて、前に向けてヒャダルコを放った。空中でぶつかり合ったそれは火花を散らして打ち消し合う。それを見て安心しながら、血で染まる自分の腹になんとか手を持ってきた。眠ってしまう前にせめて傷を防がねば。なんとか体力を振り絞って回復呪文をかけるが、霧の中では思うように力も入らずに治癒が進まない。

「だめ、間に……合わない……」

そう思った瞬間、身体がぐっと持ち上げられた。驚きの声を上げる間もなく、宙に浮いた身体はその場から物凄い勢いで遠ざかる。

「名前さん、俺が運びます」
「カミュ…...!服に血が……」
「そんなの、気にしてる場合じゃない……!」

揺れる船の上で、なんとか船内に続く扉に体当たりするようにして中に入った。階段を飛び越えて、転びそうになりながらもなんとかホールにあるソファの上に寝かされる。ここならば、赤い霧も入り込んでこない。少しだけ、体力が戻った気がして、身体に鞭を打って回復呪文を唱えた。ぼやける視線の端で、血だらけの服を纏ったカミュが、泣きそうな顔でふくろから薬草と思わしきものを出していて。それがなんとも可笑しく微笑ましくて、そんなのじゃ治らないのにと言おうとしたのだが、もう口もまともの動かすことができないほど私の体力は尽きかけていた。