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思わぬ再会
昼間に長いこと眠っていたせいで、一睡もしないまま夜を過ごす羽目になってしまった。待ちに待った夜が明けて、円窓からは朝焼けに染まる海に反射したオレンジ色の光が差し込んでくる。船はもうすぐでソルッチャ運河を抜け、いよいよ外海へと漕ぎ出していくところだ。

日も昇り、皆も起き出したところで、部屋から出て甲板へ足を運ぶ。昨日はとても立っていられなかったが、ロウさまが煎じてくれた酔い止めのおかげで体調はばっちり整っている。穏やかな海を吹き抜ける潮風を浴びながら、遠く続く水平線を眺めていると、床の下からガタンと何かが崩れ落ちるような音がした。

「いま大きな音がした……よね?」
「僕にも聞こえた。たしかこの下は船庫、かな」
「アタシにも聞こえたわ……食料はちゃんと積んだはずだし、何があったのかしら。イレブンちゃん、名前ちゃん、もし良かったら様子を見てきてくれるかしら?」
「うん」

積荷が崩れていたらば大変だと、イレブンと共に船庫へ向かう。階段を降りてホールを抜け、重い扉を開けた。すぐ暗闇に慣れた目は、こちらに気付かずに夢中になって食糧を貪る人影を捉える。

「誰!」

反射的に大きな声が出た。他の皆は上にいたはずだし、アリスは控え室にいる。この船にはそれ以外の人は乗っていないはずだ。急いでメラを唱えて、壁掛けランプに火を点ける。徐々に明るくなる視界の中で、私は咄嗟にその人が誰かということが出てこなかったが、イレブンは見た瞬間に気づいたようで。ランプの灯りがようやく船庫を十分に照らすくらい大きくなると、私もようやくそれが誰なのかが分かった。

「カミュ……」
「あ、あ……」

イレブンが、小さく名前を呼んだ。カミュは、それに対して怯えるような表情をしている。何か様子が変だ。普段あまり動じないイレブンも、カミュのあまりの変わりように目を丸くしている。まるで別人のようで、どうすればいいのかわからずに時間だけが過ぎる。

長い沈黙に、足音が響いた。私たちがなかなか戻ってこないからか、シルビアが皆を連れて様子を見に来てくれたようだ。しかしその皆も、船庫に入った瞬間に驚いた。てっきり積んだ荷物が崩れて大惨事になっているのかと思いきや、そこには見知った人物が居たのだから。

「……か、カミュちゃん!?」
「おお、カミュよやはり生きておったか!おぬしならただでは転ばぬと思っとったよ」

カミュを見た瞬間、かつての仲間との再会を喜び合うが、似合わない困り顔で怯える彼を見てにすぐ様子が変なことに気づく。私たちを見ても何の反応も示さない彼に、次第に頭の上に疑問符が浮かぶ。

「……ゆっ、許してください!」

皆にまじまじと見つめられる中、カミュがいきなり床に頭をつけてそう叫んだ。傍から見れば仲間であったとは思えないような構図だ。「船に食べ物が積まれていたから、出来心でつい」と慌てて言い訳をするその姿は、以前のカミュとは似ても似つかないまるで別人のようだった。

「一体どういうことだ。この男、カミュではないのか」
「俺の名前は多分、カミュであってますけど……」

そう言われた瞬間、頭の中である一つの可能性が浮かんだ。寧ろそれしか頭の中に浮かばなかった。

「まさか、記憶喪失……?」
「なんと!おぬし記憶を失っておるのか?」

他の皆も同じことを思ったようだった。あの日、命の大樹であった出来事のショックで記憶を無くしてしまったのか、はたまた魔物の仕業なのか、それも判らない。今は、カミュが五体満足で戻って来てくれたことを良しとするべきだと思うが、皆素直に喜ぶことができていないようだった。

「……」

私とグレイグさまは、彼と旅をしてきたわけでもなく……私と同じでグレイグさまもさほどショックを受けていないようだったが、イレブンやシルビア、姫さまとロウさまは、それは沈んだ顔をしていた。とりあえず、彼らが落ち込んでいるままでは埒が明かないと思い、私はカミュを部屋に案内することにした。困惑するカミュの手を引き、船庫から出る。去り際、イレブンの顔を横目で見る。澄んだ目が見開かれたままただ一点を見つめていた。これは暫く動けそうにないな。

**

世界崩壊前のようにまた仲間と接すれば、カミュの記憶もすぐ元に戻るだろうと考えていたが、戻る気配は一向に無いまま数日が過ぎた。特にイレブンとシルビアは、カミュの部屋に出向いては今までの旅の思い出や出会った頃の話を語っていたようだが、全く効果は無し。最近では、皆が軽く腫れ物に触るように扱っていた。

「さ、寒いっ……!」
「あら名前ちゃん、おはよう」
「おはようシルビア……うう、寒すぎる」

目が覚めて外に出ると、海の上はいつもに増して寒かった。空には灰色の雲がびっしりと並んでいて、目を細めないと見えないほどの細かい雪が降っている。シルビアは首にストールを巻いて防寒対策をしているとはいえ相も変わらず羽根つきのサーカスの服を着ている……寒さに慣れているのだろうか。私なんてあっという間に足の先まで冷えて、震えが止まらないでいるのに。

「もうすぐでクレイモラン領海に入るわ、それまで船の中に居るといいわ。カゼひいちゃうから」
「うん、ありがとう……」

私の様子を察したシルビアにそう言われて、おとなしく船の中に戻った。階段を下りてホールへ向かうと、いつの間にか起きていたマルティナ姫が足を組んでソファーに腰掛けている。

「あら名前、おはよう。コーヒーは飲める?」
「おはようございます姫さま。ではいただきます」
「外寒かったでしょう、鼻の先が真っ赤よ。デルカダールは暖かいから、寒さに慣れていないのね」

ポットから注がれたコーヒーからは白い湯気が漂っている。悴んだ両手でゆっくりとマグカップを包むと、ゆっくりと口に入れた。あたたかさが喉を通って、胃に注ぎ込まれるのが判る。

「姫さまは、そのような短いコートで大丈夫なのですか?」
「ほら、私足技を使うから。着込むと動きづらいのよね。だから大丈夫よ」

姫さまの布ひとつ纏っていない脚を見ると、霜焼けになってしまわないかと心配である。姫さまが大丈夫だと仰るのならば大丈夫なのだろうが、私ならば外に出た瞬間痛痒くてどうしようもなくなるだろうことは予想がつく。コーヒーを少しずつ口に入れながら姫さまとお喋りをしていると、他の皆もホールに集まってきた。そして皆の後ろに隠れるようにして立っているカミュを手招きして、座るように促す。変にきょろきょろしながらコーヒーを飲む姿を見て、他の人に比べてあまり着こんでいないのに寒さを感じていないようだと思った。

「あれ、何かしら」

途切れつつも会話が続いている中、ふと姫様が円窓を指さした。その指の先を追うように、海に臨む小さな円窓の中を覗き込むと、水平線の先がキラキラと光っているのが見える。

「反射してよく見えないけど、氷河……ではないようね。まさかあれがロウさまの言っていた金色の氷山?」
「うん、そうかも」

あまり目が良くない私にはよくわからなかったが、皆には金色の氷山と思しきものが見えるようだ。さっそく外から見てみようと、皆マグカップを流し台に置いて甲板へと続く階段を上がって行った。
シルビアにもそれが見えていたようで、ゆっくりと船を方向転換させると、金色の氷山へ向けて漕ぎ出した。それから寒さも忘れて、だんだんと大きくなる氷山を見つめていた。途中、シルビアがぽつりと「嫌な予感がするわね」とつぶやいた。特に気にせず聞き流していたが、雪に覆われた大陸がはっきりと姿を現すにつれてその意味が判ってきた。地図を見ると、クレイモランに続く船着き場にたどり着くには入り江を進んでいかなければいけないが、その入り江の入り口に金色の氷山が大きくそびえ立っていたのである。小舟で隙間を縫って進もうにも、氷山は入り江に密着しているためそれもかなわない。

「なによこれ……これじゃこのさきにいけないわね」
「困ったたのう。この先には魔王討伐の手がかりが眠る聖地ラムダがあるというのに」

呪文で破壊を試みるものの、本物の金でできているからか強力な炎でも融けず、爆発呪文も効かない。もはや私には打つ手も何もなく、うんと考え込む皆をただ眺めることしかできなかった。

「……そういえば北の方に、海にそびえる光の柱があったはずじゃ。そこからクレイモランの入り江に行けないか試してきるのも良いかもしれん」

ロウさまが静かに口を開いた。すると、それに同調するかのようにイレブンもシルビアも、姫さままでうんと頷いた。海にそびえる光の柱については本で読んだことがあるが、その柱が何のためにあるのか等はいまだ解明されていないはずだった。それも、マーメイドハープを手に入れたイレブン達にとってはその意味を知ることくらい容易いことだったのかと思うと、もはや自分の知識を超える冒険に感動を超えて笑ってしまいそうだ。

「なんか、イレブンたちはすごい旅をしていたんですね……」
「……全くだ」

隣に立つグレイグさまもそう思っているようだった。イレブンと出会ってから、私はこの世界の核心に悉く触れているような気がする。その嬉しさ反面、今まで積んできた知識ではイレブンたちの冒険のサポートができていないことを感じて、胸が痛んだ。