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守るべき人

「うわ、カジノの中も魔物だらけね……」
「姫は本当に此処に居るのじゃろうか」

巷で「この世の楽園」として話題になっているグロッタのカジノに赴けば、そこは魔物で溢れ返っていた。楽園と聞いて何とも胡散臭い呼称だと思っていたが、やはりこれも魔物の仕業らしい。町の入り口で、「美人の旅の武道家」もこの町にやって来ているという情報を得たことから、シルビアたち曰くここにマルティナ姫──ユグノアの悲劇で亡くなったとされていたデルカダールの王女さまがいるのは間違いないということだった。私が初めてユグノアに出向いた時には、彼女はイレブンと一緒に行動していたため、まだ顔を合わせていない。

一通りカジノを見渡してみるものの、中には人間が居ない。カウンターでカジノコインを貰うと、いよいよきな臭くなってきた。
マルティナ姫は本当に此処に居るのだろうか、足を進められる場所は全て探したから、可能性があるとすれば、あとはタホドラキーが見張りをしている中央の階段だけである。そのタホドラキーはなんでもカジノコインと交換できるラブリーエキスを渡さないとそこを退けてくれないらしく、結局此処でコインを増やす羽目になってしまった。

「結局、ラブリーエキスを貰わないことにはことが進まなそうだな」
「さて、コインをどう増やすかじゃが……」
「これやってみる?」

ソルティコで少しカジノに寄ったことがあるというイレブンは、目の前にある緑の1コインスロットを指さした。カジノのことがいまいち判らなそうなロウさまとグレイグさまもそれで良いのでないかと頷くが……私たちには時間が無いのだ、1コインではいつまで経っても終わらない。

「10コインスロットでいいわ、イレブン。それもどうせなら奥にあったマジスロのほうが楽しそう。男ならドカンと使わない?」
「待て!流石にそれではあっという間に使い切ってしまうぞ」
「大丈夫、絶対コインは増える」

オロオロする男性陣を横目に、イレブンからコインを借りて「100コインマジスロ」の方へ向かう。ぐるりと半周ほど歩いて、たどり着いた場所からカウンターが見えないことを確認すると、目の前にある良さそうな台に腰掛けた。

「コインは何枚でも貰えるって、受付の魔物が言っていたよね?」
「たしかに、恵まれないお客さまにはコインを差し上げますと言っていたけど……どうして?」
「魔物が運営するカジノよ、ダタのカジノじゃないことは明白でしょ。何か裏の目的があるの、例えば……」
「例えば?」
「ま、とりあえず上の階に進んで情報を集めるために、カジノを楽しみましょうか。コインが無くなったらまた貰えるのだし」

此処で余計なことを言って、私たちのことが魔物の耳に入れば厄介なことになる。適当に話をはぐらかし、1コインを10コインに両替すると、ためらいなくスロットマシンに押し込んだ。スロットは初めてだが、観光雑誌で遊び方を見たことがあれば、ご丁寧に台の横に説明書もついている。たった20枚しかなかったコイン、正直何回かは無くなってまた貰いに行くと予想していたが、なんともま面白いことに通常時も、コインを消費せずに回る「リプレイ」と手持ちコインが増える「プラム」しか当たらない。そしてあっという間にボーナスチャンス突入。あまりにもわざとらしい仕様に苦笑いしてしまう。

「きゃ〜!また当たったわ!」
「やっぱり、名前の言う通り当たるようにできてるんだね」

なんだかんだ、このスロットは演出が凝っていて面白い。目標まではもう少しだが、後ろで見ている皆もやりたそうなので、コインを何枚かカップに分けて渡す。

「みんなで一斉にやったほうが効率良いかもしれないから」
「ありがとう」

それから、イレブンとロウさま、シルビアとグレイグさまはそれぞれ別の台に向かって行った。私のほうはもう目標枚数に達していたので、やめ時が判らずに適当なところで切り上げることにした。イレブンたちを見やると、ボーナスチャンス中で、少し楽しそうにボタンを連打していた。魔物の企みに流されまいと思っていてもついついハマってしまう。

夢中になっている彼らを止めるのも野暮なので、先にコインをラブリーエキスに交換してしまおうと、カウンターへ向かう。そこにいた魔物は、私を見ると一瞬ハッとしたような表情をした。

「これ、全部で結構あると思うんだけど、何に交換できるの?」
「交換リストはこちらになります」

カウンターにある羊皮紙には、交換景品の名称がずらり。ラブリーエキス以外は「?」マークで埋め尽くされている。

「とりあえず、ラブリーエキスをひとつ」

ここに客として来ている魔物も、ラブリーエキスを目当てにスロットを回しているようだった。この「?」の景品について一切話題に出していないということは、大層なものでもないのだろう……少なくとも魔物にとっては。下手に「?」と交換して、ロクでもないものにコインを払うのも嫌なので、必要な景品をだけを手に入れる。

魔物から渡されたそれは、小瓶に入った妖しい桃色の液体だった。少しだけ嗅ぎ覚えのあるような匂いが鼻を掠めたような気がして、早速フタを開けて中身を確かめるように匂いを嗅ぐ。嗅ぎ慣れた、甘ったるい香りがツンと鼻の奥を刺激する。身体の中に入ったエキスの成分が脳天に抜けるような感覚に襲われた。それは間違いなく、私がホメロスさまに飲まされた例の薬と同じもの。

「……これ全部ラブリーエキスで」
「かしこまりました」

二度と嗅ぎたくない匂いだと思っていたが、悪用されなければ、私にとってはお酒よりも美味なものだった。あんなにガブガブ飲んでいたのだし、今更これを飲んだところで身体に余計な影響は無いだろうし、コインを使わずに帰るのは勿体無いと思い、残りのコインもラブリーエキスに変えた。カウンターの魔物は、嬉しそうにラブリーエキスを次々と取り出す。

「つかぬことをお聞きしますが、貴女さまも「元ニンゲン」の魔物で?」
「……そうだけど」
「魔物になりながらもあなたのように人の形を保っておられるのは大変珍しい……うむ、あの方がこのような真似をするとは思えないが」

ラブリーエキスに魅了された私を魔物だと判断したのだろうか、魔物はずいぶんと踏み込んだ質問をしてきた。魔物かと問われて、いいえと答えるのは得策でない。なんたって、此処は既に魔物の城の中なのだから。それにしても元ニンゲンの魔物がいるということは、このカジノの目的はおそらくここに人間をおびき寄せて魔物に変えること。デルカダール城に巣食う魔物のように実力行使で来る者もいれば、ここのカジノのように違った手法で攻めてくる魔物もいるのだ。

「そう言う貴女は元人間?」
「いえ、私はこのカジノの総支配人である妖魔軍王ブギーさまの直轄の部下です」

ブギーという名前は、此処に来る前に別の魔物から聞いたような気がする……確か六軍王がなんとかと。今は亡きゾルデと肩書が似ているような気がするが、彼もまた魔王から命を受けた有能な魔物なのだろうか。
この魔物が上位の魔物であるということが判った。此処まで接触できた私ならば、内部に侵入することができそうだ。イレブンたちには申し訳ないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。

「上の階へ行けば、運が良ければブギーさまにお会いできるかもしれません」
「奇遇ね、私ももっと詳しく教えてくれないかと思っていたところだから、お邪魔させて貰うね」

私を仲間に引き入れようとでも企んでいるのだろうか。最新の注意を払いつつも、このまま大人しくついていくことにした。万が一何かあったとしても、全力をもって戦えば、この魔物程度ならば追い払うことができよう。

「どうぞ、こちらは限られたお客さましかお通ししないことになっています」
「良いの?」
「……貴女さまの中に居る気配を知って「いいえ」と言うことができましょうか」

入ってきた階段からまた上に続く階段に案内される。部屋を抜けて、扉を開けると、そこは煌びやかなステージを囲むような観客席になっていた。

「此処は?」
「スペシャルルーレットステージの観客席となっております。さあさあ、もっと奥へお進みください」

世界崩壊前は、此処グロッタの町で「仮面武道会」というものがあったと聞いたことがある。闘技場がカジノに生まれ変わったと言っていたのだから、此処も元々は闘技場の観客席だったのだろう。魔物に案内されるがまま観客席を進み、小さな扉の中に入った。扉の中には、テーブルとそれを挟むように大きなソファ、それから小さな椅子が対になって置いていた。腰掛けるように促されて、目の前にある小さな椅子に座る。

「こちらは控え室です、もうすぐでブギーさまが来られますので少々お待ちを」
「ちょっと、私は貴女と話をしに来たんだけど」
「まずはブギーさまにご挨拶なさってください。きっと喜びますから」

含みを持たせるような言葉を疑ったが、いきなりグロッタを支配する魔物と会えるチャンスが来るとは思いもしなかった。
魔物がブギーとやらを呼びに行ってから暫くすると、部屋全体が揺れ動くような大きな足音がこちらに向かって響いてきた。そして、自分が入ってきた扉とは反対側にある大きな扉がバンと音を立てて開け放たれる。

「おお!なんてキュ〜トな子猫ちゃん!」
「うわ……」

目の前に現れたのは、絢爛豪華な衣装を纏った大柄の魔物。紅色の巨大な二本角に、剥き出るように飛び出した大きな牙、だらしなく出ている腹。そのくねくねとした喋り方も含め、私はとっさに「生理的に無理」という言葉が頭に浮かんできた。

「さあて、さあて、どうしてあげちゃおかなぁ〜」
「ブギーさま、失礼ですが」
「だいじょぶだいじょぶ!この子に手を出したら、あの方からキツ〜いお仕置きをされることはちゃんと分かってるじょ!」

一瞬、言葉の意味が分からなくて固まってしまった。そうして、私が嵌められて此処にやってきたのだと気づいた時には、私はブギーとその直轄である魔物数匹に完全に囲まれていたのだ。もはや一人で逃げることなんてできやしない状況。背後に立つ魔物が、耐え切れずに笑いをこぼしている。

「さっそく魔軍司令殿に報告しなければ。まさか追われているとも知らずにノコノコとやってくるとは……賢い女と聞いていたが随分とマヌケなやつよ」
「これで、たんまりと褒美が貰えるな」
「なっ……!」

失念していた。私がデルカダール城から逃げ出したということは勿論ホメロスさまにも伝わっているはずだ。あんな場所に結界を施して閉じ込めておくくらいだ、勿論私を探しているはずだし、そのことを配下の魔物たちが知っていても可笑しくはない。
どうしようと考えているうちに、マホトーンをかけられてしまい、抵抗も敵わず手を椅子に括り付けられる。魔物が一匹、ホメロスさまの元へ向かうために部屋から出て行った。時間は無い、私を操るためか目を合わせてこようとするブギーからなんとか視線を逸らしつつ、どうするべきか必死に頭を回転させる。ここは大人しく従ったふりをして相手を油断させるほうが得策だろうか、まだこちらの手の内を明かすには早い。そう考えていると、また奥の大きな扉のほうからバタバタと足音が聞こえてくる。再び大きな音を立ててドアを開け放ったのは、ブギー直轄の魔物だろうか。息を切らして、焦っているようだ。

「ブギーさま!ねえさんが、人間から攻撃を受けて……!」
「な、なにィ!ぼ、ぼくチンのマルティナが……」

ブギーもまたその言葉を聞くなり焦ったように出て行ってしまった。部屋に残されたのは拘束された私と、魔物が三匹。これはもしかして、もしかするとチャンスなのではないだろうか。魔物もブギーも確かに「マルティナ」と言っていた、早く此処から脱出して近くにいるであろう彼女を助けに行かなければならない。

「ブギーさまが来るまで大人しくしているが良いでしょう。逃れようとも逃れられない、抵抗するだけ無駄ですよ」
「そうかしら」

逃げるチャンスは今しかない。しかし、手は縛り付けられ、魔法も使えない。力ずくで抜け出そうとすれば、たちまちハチの巣にされてしまうだろう。だが、抜け出す方法が無いわけではない。

「私の目を見て」
「無駄なことはおやめくださいと言ったはずです……が……」
「あなたのような、弱い魔物には結構効くと思うんだけど」

先程、私の中に居る何かに向かって「いいえ」と言えないという言葉を聞かせてもらったばかりだ。どうもこの魔物たちは人語を話せるほどには優れている魔物が、結局はブギーに魅了され自分の意志で動いている魔物ではない。

「……あ……ああ……」

意志を持たない魔物には本能的な攻撃が聞くのは、ワイバーンドッグの時と同じだ。あの時のワイバーンドッグも、私の中に居る気配に気づいて本能的に私に対しておびえるように去って行った。ホメロスさまの言っていた、魔物は本能的に上位のものには逆らえないというのはどうやら本当らしい。

「う、ウルノーガさまが……お怒りに……」
「この縄とマホトーンを今すぐ解いてくれない?」
「は……はい……」

ウルノーガ──私に呪いを植え付けた張本人。彼の分身らしきものが、私の中に居る。この身体には本当に苦労したが、こうやって裏をついて利用できるのは不幸中の幸いと言ったところか。魔物は恐ろしく怯えたように、縄を解いて呪文封印を解除すると、そのままへなへなと地面にへたり込んだ。取り上げられた武器を回収して、ブギーが出て行った扉の先へと走る。途中、ふと後ろを振り返ってみたが、魔物が追いかけてくることはなかった。

**

スペシャルルーレットステージとやらに続く大きな扉を開けると、そこには無残にも全身が傷だらけになったブギーと、イレブンたちがいた。

「名前ちゃんまで……?操られて、ないわよね?」
「ん?」
「ここに居ったのか、探したぞ」
「……ごめんなさい、ロウさま。少し魔物に捕まっておりまして」

そこまで言って皆の姿を一通り見たときに、見たことのない美しい女の人がいた。一瞬誰かと思ったが、その人が纏う上品な雰囲気と艶やかな黒髪で、なんとなく誰であるか想像がついた。

「そういえば、名前とマルティナは初対面だったね」

お互いに何も言わずに見つめあっていると、イレブンが空気を読んだように話し出した。

「名前、マルティナ姫は我が国デルカダールの王女であられるお方だ」
「ユグノアの悲劇の時に失踪された王女さま……ですよね」
「その通り」

やっとお目にかかることができた……デルカダールに仕える私が守るべきお方。彼女は私の想像以上に美しい女性だった。あの王の御息女だということが実感できるほどの、鋭い気高さが、私の身体に突き刺さる。片膝をついて、マルティナ姫に向かって頭を下げる。身体が勝手に動いていると言っても過言ではないほど自然な動きに、自分でも驚いた。

「初めまして、名前と申します。これでもデルカダールの一兵卒ですので、何かあればなんなりとお申し付けください」
「グレイグ、こんなにも態度が堅いのはあなたのせいかしら?……名前、そんなに畏まらなくても大丈夫。私はできればあなたに旅の仲間として接して欲しいの、よろしくね」

差し出された手をおずおずと掴むと、ぐいっと引っ張りあげられて立たされた。ぽかんとしていると、イレブンも、シルビアも、ロウさまも皆微笑ましそうにしている……グレイグさまだけが微妙な顔をしていたが。

「あなたのことはイレブンたちから聞いていたの。ずっと会いたいと思っていたのだけど、まさかこんなところで出会えて、しかも一緒に旅ができるなんてね。今まであまり世代が同じ女の子と接したことが無かったし、ほらベロニカとセーニャは姉妹だから……なんとなく寂しかったのよ」

マルティナ姫は、気取らずに、微笑みながら私に話しかけてくださった。幼い頃から、祖国を離れて旅をしていた所為だろうか。目の前にいる彼女にドキドキしてしまい、しばらく私はまともに顔を合わせることもできずにいた。

「ところで、名前はさっきまで何処におったのじゃ?」
「このステージの控え室で軟禁されていたんです。それよりも、私がここに来たことがじきにホメロスさまに伝わってしまうので、できるだけ早くここを脱出したいのdrすが……」
「なんだと……?」

どうも私のことをホメロスさまが捜しているらしいと、そう言うとイレブンとグレイグさまはあからさまに「まずい」という顔をした。他の面々は私とホメロスさまの関係については知らないといったような感じだが、最初から説明している時間はない。一刻も早く此処を離れようといったグレイグさまの声に押されるように、私たちは急いでグロッタの町から出た。