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亡き祖国にてA
「随分暗いね。足元に小さな瓦礫が落ちているから、気をつけて」

夜目が利く私にとっては通路のどこに何が落ちているかがよく判るが、横で足元を何回か踏んで確かめながら進む彼らには、おそらく殆ど見えていないのだろう。メラで小さな火の玉を作って、仄かに足元を照らす。辺りを良く見回せば、通路の壁にかかっている松明がいくつかあったから、それらも拝借して、地下通路をゆっくりと進んだ。此処にも魔物が蔓延っているかもしれないと思っていたが、入口が瓦礫で塞がれていたお陰で、邪悪な気配は無い。

静かな空間に、私たちの足音と水が滴る音が響く。一体、この先に何があるのだろうか。グレイグさまは過去に此処を通ったことがあるのだろうか、幽かな明かりに照らされた彼の顔は、此処を訪れる前よりも、もっと険しくなっていた。
そうして歩くこと数刻程。ロウさまはある扉の前で立ち止まり、深く息を吐くと、意を決したように強く扉を開け放った。

「あれは?」

その部屋の中は、通路よりも更に暗かった。ふと、真っ暗闇の中に青白い炎が、一列に並び点く──そしてその先には、確かに夢で見たあの戦士が居た。炎に反射して鈍色に光るその鎧は、イレブンが装備している「ユグノアの鎧」と酷似している。束の間、戦士がこちらを見たような気がした。こちらから彼の顔は見えないが、おそらくその視線は私たちに向いている。身体に、憎悪で満ちた眼光が刺さっているような気がして……身体が硬直した。

「おのれ、またやってきたのか。邪悪なる魔の者達よ」

恐ろしいほど低い声だった。こちらを見やる戦士は、立ち上がり剣を構える。それを見て、私も反射的に双剣の柄に手をかけた。

「ちょっと!何か勘違いしているんじゃないの!」
「何を言っても聞いて貰えなさそう……」

困惑する私たちに対し、ロウさまは目の前に立つ戦士について何かを知っているようだった。どうすれば良いのかと、指示を仰ぐように顔を向ける。

「うむ……この人物はやはり……すまんがこやつと話がしたい、一旦こやつを鎮めるのじゃ!」

ロウさまの言葉を受けて、再び剣の柄を強く握った。
相手になるべく傷をつけずに戦意を喪失させるほどのダメージを与えるのは難しい。敵の強さも相俟って、もう不可能ではないかと思えてしまうほど。通常ならば、敵を内部から破壊する闇属性の呪文を使うのだが、どうもこの戦士には闇属性の攻撃があまり効かないようだ。単純な相性もあるのだろうが、それを考えても結構効きづらい。まるであの戦士には意思が無いような、闇属性の呪文も効かないほどの強力な何かに囚われているような気がした。

こちらからの攻撃をものともせず、相手は一気に反撃の体制をとった。はやぶさの剣で繰り出される二回攻撃を、双剣を使ってなんとか受け止める。

「くっ、重い……!」
「いったん下がっていろ!」

ぶつかり合う刃は次第に剣の鍔まで押し寄せ、とっさに自身にバイキルトをかけて剣を弾き返す。腕が痺れるように痛い……攻撃力は勿論のこと、相手のあまりの殺気に私自身に力が入らなくなってしまった。なんとか剣を持ち直し、一旦後衛に下がる。
イレブンとシルビア、グレイグさまで前衛を固めて攻撃を受け流し、私とロウさまは回復等の補助に回っていた。相手の攻撃ペースは落ちていない、このままでは埒が明かないなと、此処にいる誰もが思っていた。

「わしの呪文とあやつらの剣で一斉に仕掛ける、怯んだ隙に名前、おぬしがあやつの攻撃を封印してはくれんか」
「……しかし!」
「なあに、大丈夫じゃ。少しくらい傷をつけても死なん」
「わ、判りました」

相手にはこちらの声は聞こえていないようだ。ロウさまのヒャダルコによって現れた氷塊が戦士に降り注いだのを合図に、前衛の三人が一斉に攻撃をする。

「名前ちゃん、今よ!」
「……私の身体を巣食う「魔物」よ」

シルビアの声が耳に入ると同時に、彼を縛るものよりも強大なエネルギーのドルモーアを解き放った。この世界にあるどんなものよりも深い闇。数年ぶりに呼び覚ましてみたが、身体が殆ど侵食されているせいか、詠唱無しでも思ったよりも簡単に呼び出すことができた。身体から溢れ出す闇の魔力をうまく制御しながら、目の前にいる戦士を的確に狙って唱える。
闇系呪文を受けた戦士の身体は、やがて操り糸が切れたかのように固まると、膝から崩れ落ちかける。戦士はなんとか片膝を立てて態勢を立て直し、再びこちらを見た。これまで以上の憎悪に満ちた目で、呻くように、言葉を漏らした。

「……くちおしい、くちおしいぞ……よくもエレノアとイレブンを……!許さぬ、決して許さぬぞ……」

そして、そのまま動かなくなった。力づくで止める作戦は見事に成功したわけだが、誰も安堵の息をつくことはなかった。「エレノアとイレブン」と、彼は確かにそう言った。ロウさまは勿論、イレブンも、そしてグレイグさまも、目の前の人物が誰かと言うことに確信が持てたのだ。そしてその空気に飲まれたシルビアも、言葉を発すことは無かった。

先立って動いたのは、ロウさまだった。戦意を喪失した娘婿のなれの果てに、武器である爪を収めながらゆっくりと語りかける。

「やはり、おぬしはアーウィンじゃな」

状況がつかめていないシルビアに目配せして、ロウさまは語り続けた。目の前にいる戦士は、かつてユグノアの王であり、それと同時に勇敢なユグノアの戦士でもあったと。名前くらいは知っていたのだろうか、シルビアは納得したようだった。

「イレブン……アーウィンはおぬしの父親じゃ。まさかこんな形で再会するとは」

目の前にいる、意思を持たぬ人形。傀儡と成り果てたそれが、イレブンが初めて見た父の姿だ。ロウさまも、何故こうなってしまったのか分からずに、戸惑っているようだった。そして、そのまま数歩進むと、その戦士に向かって顔を見せてはくれないかと問いかけた。すると、それまで微動だにしなかった彼が、ゆっくりとベンテールを動かした。

「……な……」

彼の顔は、虚無だった。否、彼自身既に実体が存在していなかった。今、アーウィン王をこの世に縛り付けているのは、彼の怨念だ。ロウさまも、私たちも、思わず後ずさった。その時、同時に頭上から何かの気配を感じた。ふと上を向くと、頭の中に反響するように、優しい声が聞こえる。


ああ……ついに来てくれた
彼を救ってくれる人が現れるのを
ずっとお待ちしていました


その声の主はすぐに分かった。夢で私たちに助けを求めていた声だ。グレイグさまも、そうぽつりと呟いた。おそらくは、この声の主が旅人に助けを求めるために、ネルセンの宿屋に泊る人々に同じ夢を見せ続けていたのだろう。


どうかお願いします
暗く悲しい悪夢から、彼を解放してあげて


悲痛に歪む、若い女性のような声だった。そうして、その声がぷつりと消えると、皆お互いに顔を見合わせた。不安そうにこちらを見るイレブンに、力になるという意味合いを込めて頷いた。

「この戦士の正体がアーウィンだと分かった今……このまま放っておくわけにはいかんの」
「では、どうすれば……」

あの声の主が私達をここに呼んだということは、私たちには彼を解放できる可能性があるということだ。

彼を救うためには、彼を此処に怨念として縛り付ける根源を断たねばならない。手始めにロウさまの「お祓い」を試してみたが、効く気配は無かった。私もどうしようかと考えていれば、解呪の古代魔法があったことを思い出し、バッグの中から古代魔法をまとめたメモを取り出してチェックする……シャナクという呪文だ。呪文をより強力にするために、魔法円を描くことにした。石灰岩を砕いたチョークで、戦士を囲むように二重線と六芒星を描き、背負っていた杖を取り出して、深く集中する。

「この者を縛り付ける悪しき魂よ、潔き光のもとに消え去りたまえ……シャナク」

ぐるりと、魔法円を回った魔力が、鈍色の鎧に入っていく。渦巻く闇の実態を掴み、引っ張るような感覚があった。

「……あれ」
「変化は、無いわね」

だが、それもシルビアの声によって失敗したのだと分かった。確かに手応えはあった……あの鎧の中に、確かに彼を縛り付ける者が居ると判ったのに。

「……効かないわ」
「でも手応えはあるの。よほど強力な呪いか、……それとも、誰かが今も呪いをかけ続けているのか」

シャナクは体が全く動かないような強力な呪いでも解くことができる……と本には書いてあった記憶がある。魔法円に走った魔力と確かに掴んだ手応えから、私の呪文が失敗したとは考えにくい。そうすれば、原因は必然的に呪いのほうにある。私としては、後者の誰かが呪いをかけ続けている可能性を推したいところだ。その後も何回かシャナクをかけてみたが、相変わらず変化はない。

「イレブン、何かできるなら息子であるあなたしかいないと思うの」
「そう……だよね。少しやってみる」

最後の望みは彼に託すしかなかった。少し考えたあと、イレブンは戦士のもとへ向かった。小さな声で、くちおしいと言い続けるそのベンテールを上げて、もう一度父親の顔を覗き込む。何もない空間に、ただ闇が詰まっている。皆イレブンに従うようにそこをずっと見つめていると、束の間、イレブンがその闇に飲まれるようにして消えた。

「えっ……」
「何が起きたの!」

支えが消えて、だらんと力が抜けたように下を向く戦士のまわりに慌てて駆け寄る。イレブンがいた痕跡はどこにも残されていない。

「……イレブン!」
「イレブン!どこにいったのじゃ!」

呼んでも、返事は無かった。目の前の鎧からは、相変わらず憎悪に満ちた言葉が聞こえてくる。原因は、この鎧の中にある闇であることは明白だった。

「俺も、もう一回覗き込めばイレブンに続いて行けるやもしれん」
「戻って来られるなら、イレブンちゃんも自力で戻ってくるはず。もう少し待ってみましょう」

鎧と向き合おうとしたグレイグさまを、シルビアが全力で止める。居ても立っても居られないのは私も同じだが、待つべきである。グレイグさまがあちら側に行ってしまえば、私たちは次々と後を追う他無くなってしまう。そうすれば、こちらの世界に留まる者は居なくなってしまうから。

**

イレブンが闇に吸い込まれてから数刻が経った頃、すっかり不安でいっぱいになっていた私たちの前に、イレブンはまばゆい光と共に戻ってきた。そして、その背後には引きずられるようにして闇の中から出てきた──六本足で羽の生えた、獅子のような魔物が一匹。
どうやら、こいつがアーウィン王の絶望を食らうことで彼を「嘆きの戦士」としてこの世に留めていた張本人らしい。イレブンが闇に吸い込まれていったのも、イレブンをも絶望の中に引きずり込もうとした魔物の所為だった。あのままグレイグさまや私たちが後を追っていれば、アーウィン王と同じように絶望を食われていたのだと思うとぞっとする。

なんとか魔物を仕留めてアーウィン王を縛り付けていた呪いの根源を解くと、王と夢の中で私たちを導いてくれた声の主──エレノア王妃は安心したように消えていった。魔物に殺された人の魂は再び魔物に生まれ変わって、あの世にも行けずこの世や冥府を永遠に彷徨うと言われているが、二人が救われたのも勇者であるイレブンの持つ不思議な力なのだろうかと思ってしまう。

「やはり内部から呪いをかけ続けられていたのね。イレブンちゃんの力も元に戻ったし、二人を助けられて本当に良かったわ」
「何はともあれ、これで一件落着だな。これで、良かった……のだろうか」

イレブンとロウさまは、黙ったままだった。イレブンは、どんな時もなかなか表情を変化させない。彼の両親が命の大樹へと還って行った時でさえ。それでも、この部屋にもう何もなくなったと言う寂寥感に耐えられなくなったのだろうか、五人しかいないこの空間で、彼は悲痛を飲み込むように下を向いていた。感情を表に出すのが苦手なのだろうか、それでもきっと、私たちとは比べ物にならないほどショックを受けているはず。

「イレブン……」
「大丈夫。たった少しの時間だけど、お父さんとお母さんに会えた。もう会えないのは悲しいけど、二人が見守ってくれているなら泣かないって決めたんだ」

下を向いて動かないイレブンに、思い切って声をかけてみると、彼は顔を上げていつものようににっこりと笑った。ユグノアの装備一式、錬金していて良かった……お父さんもきっと喜んでいると。震える手を見て、それが巧妙に作られた笑みだということはすぐに分かった。

「……」

一方のロウさまは、まさに放心状態という言葉が似合っているほど微動だにしなかった。

「そっとしておいてあげましょう……私たちには計り知れないほどの悲しみだから」

私たちにはロウさまの深い傷を癒すことはできない。へなへなと座り込むロウさまの身体を支えながら、そっと回復呪文を施した。

「傷……痛みますか?」
「大丈夫だ、男四人だと回復がなかなか間に合わなくてな。お前が居てくれて良かった」

回復と解呪をこなしていれば、グレイグさまからそう言われて、一緒に来て良かったと思った。
魔物の呪いはもう根源が死んでいるおかげで、シャナクであっさりと解くことができた。ホイミやベホイミなどの回復呪文は、あくまで回復力を高める魔法であって傷が完全に塞がるわけではない……攻撃を受けた場所にさらに回復魔法をかけて傷を完全に塞がなければ、次に攻撃を受けた際に簡単に傷口が開いてしまう。グレイグさまは回復は程々で良いと仰っていたが、先に述べた言葉をかけながらロウさまの精神状態が落ち着くまで回復を繰り返していた。


「……いつまでも嘆いていてはいかんな。気を引き締めて次の目的地へ向かうとしよう」

ロウさまが表情を引き締める。次の目的地はこれといって決まっていないが、ここまで来れば次はどこへ行くべきなのかはだいたい予想がついた。

「此処から向かうとしたら、グロッタでしょうか」
「うむ、あそこならば人も多い。新たな情報が得られるかもしれん」

リレミトを唱えて、地下通路を脱出する。地表に出れば外界からの光が一気に飛び込んできて、暗闇に慣れた目が酷く目が痛んだ。頭上には、退廃した城には似合わないような、何処までも透き通る青が広がっている。