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同じ月を見上げていたなら
イレブンとグレイグさまが此処──最後の砦を旅立ってから、もうだいぶ時間が経った。彼らが旅立った夜、一人きりで見上げた欠けた月は、満ち欠けをして元の形に戻ろうとしている。あれからなんとか食事も喉を通るようになり、徐々に体力を取り戻しながら、兵士と一緒に村の復興作業と傷ついた人々の治療をしていた。

「名前さん、夕食の時間だよ」
「ありがとう、これが終わったら行くね」

イシの村長の孫娘であるエマに声をかけられた。彼女は此処に来てから、何かと私を気にかけてくれている。リハビリも、この子の助けがあったからできていると言っても過言ではないほど。私は彼らに対して何もできなかったのに、こうして助けて貰えると申し訳ない気持ちになる。

新しく砦へ逃げてきた人々のテントを組み立て終えて、ようやっと広場へ向かうと、皆もう食事を終えていたようだった。婦人たちが忙しそうに食器を洗っている横で、ひとりでポツンと食べているのも落ち着かないなと思い、取り置きしてもらっていた自分の食事を持って、テントへ戻った。テーブルについて夕飯を食べようとしたところで、エマがトレイの上にご飯を乗せてやってきた。「珍しいね」と声をかければ、食事の用意や片づけをしていて自分の食事の時間が取れなかったのだそう。偶然テントに戻る私を見かけて追ってきたのだとか。
私も、ひとりで食べるよりは大人数で食べた方が楽しい。椅子をもう一つ用意して、向かい合って手を合わせる。今日のご飯はライ麦パンに山キノコのシチュー。「お城の人はライ麦パンが嫌いだろうから」と、口に合うかと心配されたが、むしろ私にとってライ麦パンは大好きで懐かしい味だったから、こうしてまた食べられたことが嬉しかった。

「エマの料理、とても美味しい……」
「ほ、本当に?」
「うん、素敵なお嫁さんになれること間違いなし」

エマが作った山キノコシチューを次々と口に入れる。使える食材は限られているだろうに、それでもこの味を作り出せるなんて……シチューどころか料理ひとつ作れるかも怪しい私にとっては、同性であることが恥ずかしい。

「お嫁さん」というワードに反応してか、頬を赤らめたエマ。そういえば、イレブンとエマは同い年で幼馴染であるということをふと思い出した。そしてこういう時、私の勘はだいたい当たる。

「イレブンのこと、好きなの?」
「え、っと……」

そう問うと、エマはあたりに人がいないかきょろきょろしてからこくりと頷いた。なんとも可愛いその動作に、思わず笑みがこぼれ。

「?どうしたの名前さん」
「微笑ましいなと思って」

そう言えば、エマは益々恥ずかしそうな表情をして俯いた。だが、こうして誰かに好きな人を言えるということは、それほどずっとイレブンに想いを寄せているのだろう。私は仮に気になる人ができたとして、誰かに打ち明けることができるだろうか、多分恥ずかしくて言えないかもしれない。

エマはずっと、此処でイレブンの帰りを待っている。村を焼かれ、牢に入れられた時も、さぞかし不安だったことだろう。そして漸く再会できたと思えば、今度は魔王を倒すために旅立ってしまった。辛い思いをしているはずなのに、こんなに健気に振舞っている様子を見て、何か元気付ける言葉は無いかと逡巡する。

「イレブンはきっと無事だよ。デルカダールで一番強い騎士さまがついているから。……私も、いずれイレブンと旅ができたら、全力で彼を守るつもり」

イレブンは私に希望を与えてくれたから、生きる道を開いてくれたから。イレブンも、エマも、きっと知らないだろうけど、私は四年前から彼のことを守りたいと思っている。

「名前さんは、私たちよりお強いかもしれないけれど……だけど、無理しないでね。名前さんが傷ついているところを見ると、辛いから」

それでも、寧ろ私のほうを心配して困ったように笑う彼女は、本当に年下なのかと疑ってしまう程にしっかりとしている。

食事を終えて、片手鍋で温めたコーヒーを片手に、久し振りにエマと会話を交わした。リハビリを終えてから彼女とは擦れ違いで、彼女が一生懸命に料理を振舞っている姿を遠目で見ているだけだったように思う。

ふと、テントに入り込んだ冷たい夜風が、静かに肌を撫でた。

「……なんだか寂しいね」
「そう……だね、寂しいね」

二人で顔を見合わせて笑った……彼らの帰還を待っているのは、私もエマも同じ。
それから暫く、会話も無しにコーヒーを啜っていると、エマが何か聞きたそうにこちらを見つめていることに気づいた。目線を合わせると、彼女が慌てたように口を開く。

「名前さんはその……縁談の申し込みとかもあるよね?結婚とか考えたこと、あるのかなあって」
「け、結婚……は無いかな」

私は他人の恋愛に触れるのは何ともないのだが、自分の恋愛の話になると途端に苦手意識が芽生えてしまうのだ。それもこれも経験が殆ど無い所為であるのだが。縁談の話はたまにやってくるが、顔も見たことがなければ、手紙を交わしたことも無い、そんな人と一緒に暮らすのはきっと難しいと思う。私自身、縁談を申し込んでくるような、高貴な人の前では、国のこともあって上手く断ることができないから、今まで縁談を受けたことも一度も無かった。

「恋愛もしたことがないから、イマイチ現実味が持てなくて」
「名前さん綺麗だから私てっきり……」
「ありがとう。お世辞でも嬉しい」

自分は褒められるような容姿でもないし、そういった言葉に慣れてもいない。唯一、慣れているのは、私のことを毎回のようにベタ褒めてしてきた例の使用人の言葉だけだ……そんな彼女の安否も判らない。

「好きな人はいないの?」
「居ない、かな……」
「そうなんだ。もしかして恋愛に興味がないとか?」
「興味はあるよ、そういった本を読むのも好きだし、エマとイレブンのことも興味が無かったら聞いていないじゃない?」

好きな人が居ないことを伝えると、エマは驚いて居た。本当は隠しているのではないかと疑われたが、同年代の対等な立場の男性が一人もいないような環境を説明すれば、納得したような表情をした。私と同じ年頃の娘は、エマのように好きな人が居て……恋仲になったり結婚したりしている人も多いだろう。そもそも、王宮に住まう私が、相手を選べるような結婚をすることは殆ど無いだろうから、寧ろ誰かに恋心を抱いて居たほうが辛かったであろうと考えれば、今のままでも良いのかもしれない。

「てっきり、グレイグ将軍とそういう仲なのかな……って思ってたの。名前さんがイシの村に来た時に、横抱きにされて大事そうに運ばれてるの見て、羨ましいなって思ってたの」
「全然そんなことなくて……なんかごめんね。グレイグさまは、私がずっと小さな頃から世話をしてくれていたから、未だに手のかかる子供だとしか思っていないんじゃないかな」

それにしても、あの時はグレイグさまに対する感謝と申し訳なさで心がいっぱいであまり意識してなかったが、エマにそう思われるほど恥ずかしいことをしていたんだなと思うと不意に顔に熱が集まる。

「それにしてもさ、もし私に好きな人ができたとして、心を掴むにはまず胃袋を掴まなきゃだよね。今までコックに作って貰ってたから料理とかやったことが無いから、良かったら教えてくれると嬉しい」
「私でよければ是非!早速、明日の夕食から一緒に作ってみる?」
「うん、ありがとうエマ」

顔に集まった熱を誤魔化すように話を戻せば、エマは純粋な笑顔でうんと頷いてくれたから、これ以上変な話を掘り下げられずに済んだことで、安堵の息を漏らす。

「ごちそうさまでした」

手を合わせて、慌てて片付けようとするエマを制して、使ったお皿を重ねる。美味しい料理を作ってくれたのだから、せめて片付けはやらせて欲しいと言うと、申し訳なさそうな顔をしながらも「よろしくお願いします」と言葉が返ってきた。

イシの村の中を横切るように流れる、水底まで透き通る綺麗な川から、桶いっぱいに水を汲んで食器を沈める。ちゃぷちゃぷと音を立てて布で食器を洗いながら、なんとなく水面にゆらゆらと映る欠けた月を見る。今頃彼らはどうしているだろうか、無事でいるだろうか。同じ月を見上げて、砦に残された私たちのことを少しでも思い返してくれていたらなと思う。