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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

亡国での邂逅
「名前、着いたぞ起きろ」
「起きてますよう……ふああ」

グレイグさまは馬の扱いが本当に上手い。普通は馬に乗れば常にバランスを取らねばならず、眠気を覚えることなど無いのだが、グレイグさまと二人で馬に跨っている時は、揺れも少なければリタリフォンが暴れることも無いためこうして眠りこけてしまった。日光を遮る分厚いローブのフードを持ち上げれば、目の前には退廃した町並みが広がっていた。

「ここがユグノア城跡、ですか」
「ああ」

夕日に照らされて鈍い赤色に染まるその場所は、それは酷い有様だった。この国が十六年前まで栄華を誇っていたことなど、誰が信じられるだろう。崩れ落ちた煉瓦の建造物、城下町のあちこちに棲み着いた魔物……その光景を、茫然と眺めていると、両肩を強く掴まれた。

「呆けている暇はない。ここからは別行動だ」

そう言われてようやく現実に戻ってきたような気がした。
イレブンたちは必ず此処に居る。私は、兵を纏めつつも彼らの気を逸らし、どうにかしてイレブンたちが逃亡する手助けをしなければならない。その為には、一瞬の集中力の散漫も許されない。
私は歩兵と騎兵を半々ずつ率いてユグノア城のほうへ、グレイグさまは騎兵と共に城下町と城へと続く道中を捜索することになっている。部下の兵に馬から降りよと命じ、人気の無い頑丈な建物の中にそれらを括り付ければ、万が一魔物に食われてしまうことがないようにと頑丈な結界を張った。

さて、すぐにでも兵を引き連れて捜索へ向かいたいところなのだが、町中どこを探しても城へと続く道は見当たらない。かつて城と城下町を繋いでいた道は、ユグノア滅亡の際に崩落しており、完全に行き場を失ってしまった。しかし、崩れ落ちたその道の上──城へと続いているであろう道の先には篝火が灯っている。それはイレブンたちがあの場に辿り着いたという確たる証拠。

「グレイグさま、どうしましょう」
「奴らも此処を登ることができたのだ、我々にできぬということはない」

全員が歩兵であれば、無理やり登り切ることも不可能ではないが、こちらは騎兵が半数以上居る。馬で上に移動するのはさすがに無理であろう。ここは一旦作戦を変更し、時間はかかるかもしれないが馬をここに置いていくべきではないのだろうか。瓦礫を魔法で爆破して道を均すことも考えたが、さらなる崩落を招きかねない──どうするべきだろうかとグレイグさまに目配せをすれば、グレイグさまは何のことかと首を傾げた。

「どうした?登るぞ、早く馬に乗れ」
「こんな瓦礫道、馬で登りきれるはずがありませんよ……本気ですか?」
「デルカダールの騎兵はをなめてもらっては困る」
「なめているわけではないですけど!現実的なことを考えても!」

反論するが、グレイグさまは表情を変えずに馬に乗れと再度私に手を差し伸べる。彼の自信満々な態度を見ていると、登れっこないと思っている自分が間違っているのかと感じ、不安半分でグレイグさまの手を掴んだ。そのままぐっと引き上げられて、リタリフォンに跨れば、グレイグさまがその腹を蹴って進めと命ずる。リタリフォンは前脚を上げ高らかに嘶くと、まるで断崖絶壁のような瓦礫の山に向かって速度を上げた。

「ひっ、落ちる!助けて!」
「騒ぐな、目を瞑っていろ」

振り落とされぬように前かがみになって手綱を握り締める。重力に逆らった身体を襲う浮遊感に耐え切れず、声を上げかけたのも束の間……気づけばリタリフォンはその脚を止めていて、恐る恐る目を開ければ、先程まで居たはずの城下町跡は小さくなっていた。

「歩兵は登れる者だけ着いてこい!何人かは此処の見張りも頼む」

周りを見ると、他の騎兵も同じようこの瓦礫の山を登り切っていた。騎馬の練習には参加していなかったためか、どうやら彼らの技量を見誤っていたようだ。騎兵の後に続いて瓦礫を登る歩兵を手助けしながら、兵が全員登り終わる頃には、日はだいぶ傾いていた。

「では私は奥の方へ向かってみますね」
「悪魔の子を見つけ次第伝令兵を寄越してくれ、俺もそうするとしよう」
「判りました」

騎兵を先導させ、私率いる歩兵は城へと続く道中を徹底的に捜索した。松明に火を灯し、瓦礫の隙間まで調べ上げる。ふと空を見上げれば、消えゆく太陽を黒い雨雲が覆っていた。辺りには湿気が篭り、風も強くなっている。雨が強くなれば、いよいよイレブンたちに逃げ場はない。彼らがどんな用事でここを訪れたのかは判らないが、一刻も早く彼らをここから遠ざけなくてはならないのに。焦る気持ちは態度にも表れていたようで、隣を歩く兵士に体調が悪いのかと心配されてしまい、反射的にローブのフードを深く被り直した。

**

「さすがロトゼタシア随一の歴史を誇った大国……歩き回るだけで疲れますね」
「ええ」

城までの道は長く、おまけに辺りは瓦礫だらけで整備もされていないため、敷地の広さと歩き難さが相俟って捜索は難航していた。空には、いつのまにか分厚い雲がびっしりと並んでいる。タイムリミットは、あと僅かだ。

「名前さま、あれは?」
「ん?」

ひとりの兵士が空の彼方を指さした。その暗闇にはぼんやりと、まるで光の道のようなものが浮かび上がっている。それは確かに、先程空を見上げた時には存在していなかったもので。
きっと、その光の出所──城跡を抜けた最奥にはイレブンたちが居るであろう。彼らは私たち追っ手の存在にはきっと気づいていない。兵士たちをそこへ向かわせたくはないが、しかしこの状況、デルカダールの一兵卒としてあちらに向かわない選択肢など存在しない。

「あちらですね。騎兵小隊、ついて来てください」

騎兵と歩兵で隊を二分し、騎兵は私と共に光の方向へ、歩兵には引き続き細かな捜索を命じた。騎兵と並び瓦礫の上を駆ける中、もうすでにパンクをしそうな頭をフル回転させながら、騎兵をどう振り切ってイレブンたちに接触するかを考える。
熱の篭った身体に、冷たい水滴がぽたりと落ちてきた。それらは次第に数を増し、量を増し、やがて辺りを一際暗い色で染め上げる。

「雨が降ってきました、急ぎましょう!私は獣道を駆け上がって先に上へ回ります、あなた方はもとの道の通り進んでください。悪魔の子たちの退路を防ぐには、人数は多い方が良いでしょうから」

小隊長にはすでに作られている道の捜索を任せて、私は森に入り背丈の高い草をかき分けながら、先程の光の柱の出所へと急いだ。少々無理やりな気もしたが、こうでなければ彼らを振り切ることはできなかったのだ。
荷物になる松明を捨て、代わりにメラを唱えて灯りを宙に浮かせる。瓦礫を踏み、足からは温かい液体が流れる感触がしたが、それも構っていられる状況ではない。必死に前へ前へと進み続けると、視界に立ち塞がっていた木々が段々と開けてきて……まるで夢のような、大樹へと続く光の道に照らされたそこには、五つの影が立っていた。

「間に合った!皆無事だったんだね!」
「うわっ!……って名前か!?びっくりしたじゃねえか!」
「名前ちゃん!?なんでここに?」
「おぬし、デルカダールの者か?」

驚きふためくカミュ、シルビア、ベロニカ、セーニャ、そして見たことのないお爺さんが居たが、そこにイレブンの姿は無かった。席を外しているのだろうか、本当ならば彼の身の安全も確保しておきたかったが、今はそれを待っている暇は無かった。もうすぐで、此処に騎兵が到着する。その前にここから脱出しなければ、彼らも悪魔の子の仲間として捕えられてしまう。

「そうそう、名前がドックの人に掛け合ってくれたおかげで、すんなり船を出すことができたのよ!」
「名前さま、本当にありがとうございま──」
「此処にデルカダール兵が、グレイグさまが来ているの!つもる話は後よ、早く逃げなければあなたたちも捕まってしまう!イレブンはどこ?」
「イレブンなら来た道を降りていったわ!」
「まずい……」

来た道には、私が率いていた騎兵がいる。イレブンひとりで振り切れるかどうか、もし運よく逃げ切れたとして、彼らは引き続きこちらの方へ向かってくるわけだから、時間が無いことには変わりはない。カミュたちが捕えられれば、イレブンを誘き出す餌として使われてしまうのは間違いないだろう。ならば私は、イレブンが追手から逃げ切れることを信じて、此処に居る彼らを守り抜くこと。

「馬の足音が聞こえるわ、もうそこまで来ているはずよ!」
「っ……!早かったわね。作戦は変更、あなたたちに魔法をかけてあげる。だから此処から絶対に動かないで、できるだけ気配を消して」

たった今思いついた作戦だが、五数えている間に騎兵が到着するであろうこの状況で、彼らを連れてここから逃げ出す算段など思いつかなかったものだから、背中に固定していた大杖を取り出して彼らにむけて二回振った。ひとつ目は、彼らの気配を消すための呪文、古代魔法ステルス。これで兵士たちの目を誤魔化すことができるだろう。ふたつ目は、幻影を作り出す呪文、マヌーサ。鼻が良い馬たちに彼らの匂いが見つかってしまえば気配を消した意味も無い。幻は馬たちが不審がってカミュたちに近づいた時に見せるための幻である。この場にやって来て、幻の中から彼らの姿に触れない限りは、兵にも馬にも彼らの存在が露見することは無いだろう。
大杖を下ろしたところで、此処に来る道中の洞窟から、松明の灯りが漏れてきた。間一髪のところで、彼らを庇うことに成功したわけだ。

「名前さま!悪魔の子が先ほど、仲間の女と一緒に降りて行きました!只今、グレイグ将軍の方で行方を追っています」
「女……ですか、判りました。デルカダールで行動を共にしていた彼らの仲間は見つかりましたか?」
「見つかりませんでした。それよりもその祭壇の様子は?先程まで人がいたように見受けられますが」

そう言われて祭壇の方を見やれば、そこには明らかに燃えかけた青葉が供えられていた。
これでは、此処に誰かが居たことは明白……背後で誰かがごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。だが、ここであからさまに彼らを庇い立てて兵に怪しまれてはいけない。眉根を寄せ、困ったような顔を作りながら、私はそ知らぬふりをした。

「ええ。でも、私がここに辿りついた時には、もう既に誰もいなかったの」
「では私たちで捜索を続けますので、名前さまはグレイグ将軍のほうに」
「……いえ、しかし!」

焦燥に駆られ、此処に留まる言い訳がすんなりとでてこない。後続の歩兵も集合し、祭壇の前はあっという間に飽和状態となった。このまま魔法が解けてしまえば、今度こそ逃げ場は存在しない。
どうするべきかと必死に考えを巡らせていたその時、空からは大きな雷鳴が鳴り響いた。

「皆でグレイグさまの応援に向かいます!我々の目的は悪魔の子のはず、このような無意味なところで兵力を削ぐわけにはいきません!」
「わ、わかりました!」

大声を出すことなど滅多に無かったせいか、兵士たちは私の怒号を聞いた瞬間固まってしまった。次第に我を取り戻し、来た道を引き返す兵たちを見送れば、肩の荷が下りたようで大きな溜息が出た。最後のひとりがその場を去れば、身体じゅうから汗がどっと噴き出た。危なかった、ここで彼らも捕えられ、私も謀反者として捕まる最悪の未来は避けられたようだ。気がかりなのはイレブンと、その仲間であるという女性だけ。

「なんとか、やり過ごすことができたかな」
「名前さま、ありがとうございます」
「おかげで助かったぜ!」
「雷も暫くは鳴り止みそうにないから、ルーラで移動せずに、雨が上がるまではこの場に留まった方良いわ。私はこのまま兵を率いて下りるね、また会えてよかった」

止める言葉も聞かずに、彼らを木々の隙間に押し込めれば、再びステルスとマヌーサを唱え直してから急いで祭壇を後にした。早く合流せねば、兵士たちに怪しまれてしまうであろう。

──雨が激しく地面を叩くなか、必死に駆けるその姿を、雷鳴の轟く闇の狭間から二つの瞳が見ていた。この時名前は、己が率いた兵のみを注視していた所為で、根本的なことを忘れていたのだ。この城の兵として存在する限り、その行動は常にあちら側の監視下に置かれている。王を妄信する兵だけではなく、この城に潜む魔物もまた敵であるということを。