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十六年
お名前率いる先鋒隊の兵士たちは、水門をただ眺めてはリゾートホテルに寝泊まりする生活を繰り返していた。応援の騎兵がやって来て、ソルティアナ海岸地方を捜索するために此処を発ってからはや数日。水門は一日に数回貿易船が通る程度で、平野のほうでも悪魔の子の手がかりは掴めていない。このまま捜索を続けていかねばならないのは判っているのだが、こうも終わりの見えない生活を繰り返していると、兵たちの士気も下がり始めていた。明日は気分転換も兼ねてグレイグさまと情報交換をするためにグロッタの町へと赴こうかと、そんなことを考え始めた頃。夜明け前、青みがかった星空の下で変わらず水門を眺めていれば、グレイグさまから派遣された伝令兵がやってきた。

「報告!グレイグ将軍から、騎兵を連れグロッタへ向かえとのことです!」
「悪魔の子の手がかりを掴めたのですね」
「ええ!」

イレブンたちがソルティアナ海岸方面に向かっていたのならば、もう尻尾は掴んでいるはずだった。ここ数日何の手がかりも得られていなかったということは、やはり彼らはバンデルフォン地方に向かっていたのだ。急いでホテルへと戻り、仮眠をとっていた先鋒隊の兵士たちを叩き起こす。長期滞在のせいで、まるで自室のように散らかっていた部屋を整頓し、持ちきれない荷物を城への伝令係である兵士の部屋に押し込めば、チェックアウトを済ませた。

「グレイグさまからグロッタへ向かうよう指示がありました。騎兵はグロッタに向かい、先鋒隊の歩兵はこちらに待機。万が一のために水門の見張りは続けてください。異変があったらデルカダールへ戻ってすぐに報告を」
「「はっ」」

ソルティコを離れている間に万が一水門を抜けられては困るため、ある程度駐屯させる兵を残せば、残りの兵をまとめてルーラを唱えた。ソルティコの場所はあまり覚えていなかったが、グロッタの場所だけははっきりと覚えている。グロッタで過ごした時間はとても少なかったが、デルカダールに連れてこられたばかりの頃は、城という場所に慣れずにグロッタに戻りたいと駄々を捏ねていて、隙があればキメラのつばさで戻ってやろうと画策していたため――結局は常に誰かしらの監視下にあり実行に移すのは結局不可能だったが――場所だけはしっかりと記憶に定着していた。ソルティアナ海岸の花畑、バンデルフォン地方の麦畑、風車を越え岩山を越え、降り立ったのはまるで町自体がひとつの要塞のように聳え立つ堅牢な都市、グロッタ。

「グレイグさまはどちらに?」
「宿にてお待ちです。ご案内いたします」

この町を歩くのはじつに十六年ぶりになる。まだ朝方なのにも関わらず、鋼鉄に覆われた町は夜のようで、ピンク色やみどり色の色鮮やかなネオンで彩られていた。十六年前と変わったことといえば、町にグレイグさまの大きな像が建てられたことか。

「失礼します、名前です」

伝令兵と共に宿へと向かい、案内された部屋に入れば、グレイグさまは椅子に座って剣を磨いていた。昨日の昼間から此処で悪魔の子についての情報を集めていたはずだ、まさかまだ睡眠をとっておられないのだろうか。私には口うるさく休めと言っておきながら。

「悪魔の子の手がかりを掴んだ。仲間と共にユグノア城跡へ向かったようだ」
「判りました。今から向かいますか?」
「いや、夕方に出る。名前も日中の移動はさすがに辛いだろう」
「いえ!それなら先に出ていただいて、私が後から追いかける形でも全然……」
「馬には乗れるようになったのか」
「ああ、そうですよね……」

デルカダールには、二人を背にのせて長い距離を走ることができるような体格の良い馬は一頭しかいない。私のために出発を遅れさせるという事実に、自分がお荷物であるとひしひしと感じ、グレイグさまに言葉を返すことができない。

「こちらが奴らの足取りを掴んだことは、まだ知られていないはずだ。そこまで急がずとも、すぐに追いつく」

だから気にする必要はないと、そう仰ってくれたようで、申し訳ないと思いつつもユグノアに連れて行ってくれることに心の中で感謝した。それからソルティコでの行動報告を済ませ、ジエーゴさまにお会いしたことなどを話していれば、他の部屋からも宿泊客の話し声が聞こえるようになった。もうすぐ朝日が昇りきる頃だろうか。

「そろそろ部屋に戻れ。休息を取っておかねば後に響く」
「グレイグさまも早くおやすみになってくださいね」
「……判っている」

いつもならば二つ返事のグレイグさまなのだが、今日ばかりは歯切れが悪いように思えた。後ろ髪を引かれるまま部屋を出て、用意された部屋へと向かった。荷物を下ろし、寝間着に着替えて、真っ白なシーツの上に大の字になってみたものの、いつまで経っても眠気が訪れない。
それも不思議ではなかった。何せ、此処に来てしまえば、どうしても過去の日々を思い返してしまうから。グロッタに初めてやって来た時は、そこはもう大変酷い有様で。町は浮浪者で溢れ返り、深刻な食糧不足や水不足からなる強盗も多発していた。孤児は町にある教会に集められ、毛布すら無いまま床に雑魚寝をしていた記憶がある。そんなことを考えていれば、意識はますます睡眠から遠ざかり、結局外行きの服に着替えて気分転換も兼ねて町を散歩することにした。

足は無意識のうちに教会のほうへと向かっていた。懐かしさに目を細めながら町を見渡せば、遠くにある教会の扉が開き、何人もの子供たちが外へと出てくるのが見えた。今でも、あの教会では親を亡くした子供たちの世話をしているのだろうか。

「おねえさん、教会にようじがあるの?」
「ハンフリーにいちゃんのおともだち?にいちゃんならこっちだよ!」
「あ、えっと……」

教会の前まで足を進めれば、子供たちに囲まれてしまった。このような袋小路にやってくる人物はだいたい教会に用があるわけだから、彼らも私が教会に用事があってきたのだと勘違いしてしまったのだろう。手首を掴む細い腕を離すこともできず、子供たちに引っ張られるまま教会の中に赴けば、そこには子どもたちに囲まれる筋骨隆々の男性が居た。

「にいちゃん!このおねえさんが、にいちゃんに用事だって!」
「私は……」
「オレに何か?」

さらりと揺れる黒髪と糸目が特徴的なその男性――ハンフリーさんに声を掛けられれば、今更何でもないとは言えず。どうしようかと迷っていると、気を使ってくれたようで、客室まで案内してくださった。

「すみません、お茶までいただいてしまって」
「いや、良いんだ。まさかここの孤児院出身だったなんて」
「久しぶりにグロッタを訪れたら懐かしくなってしまって。教会の前をうろうろしていたら、子供たちに掴まってしまったんです」
「子供たちが迷惑をかけたな、すまない」
「いえ、良いんです。おかげでこうして教会の中に入ることができましたので」

教会の中は十六年前と殆ど変っていなかった。今まで心の奥底に埋もれていた記憶が、少しずつ思い返される。グロッタで過ごしたひと月ほどの思い出が、私の目の前に大きく映し出されていた。懐かしさを噛み締めながら室内を見渡していれば、ハンフリーさんに声をかけられる。

「今はどこで何を?」
「デルカダールで仕事を。グロッタへ来たのは……人探しをしておりまして」

デルカダールと聞くなり、ハンフリーさんは顔を顰めた。

「それはまさか、イレブンのことか?」
「え!イレブンを知っているのですか?」
「アンタ、もしかしてデルカダール兵か?昨日の昼にしつこく聞かれたもんでな、イレブンという人物を知らないかと」

先程までニコニコしていた彼が急に真剣な表情になったものだから、驚いてしまった。イレブンのことを知っているとは、世間は狭いなと痛感してしまう。だがハンフリーさんの表情を見て、それを詳しく問いただすことはできなかった。

「正直に行先を教えちまったが、奴らの様子を見ると少し不安でな……別にアンタのことを信用していないワケじゃないが。とりあえず頼んだぜ、奴らには世話になったんだ」
「ええ、勿論です」

そう言うと、ハンフリーさんは安心したように、肩の力を抜いて椅子に凭れ掛かった。それから暫く談笑を交わし、軽く挨拶をして教会を出れば、町を覆う鋼鉄の隙間から強い日光が差し込んでいた。