準備を終えてダーハルーネに着いたのは、日が沈んですぐのことだった。ホメロスさまたちが到着する翌朝まで、人探しの時間は十分にある。そう踏んで、武器屋や防具屋を中心に聞き込みをしてみたものの、イレブンたちの手がかりは無し。町から人の気配が消えてしまってからも、すべての宿屋を必死に訪ねて回ったが、どの宿の店主も首を横に振った。まだダーハルーネに辿り着いていないのだろうか、或いは考え難いがもうすでにダーハルーネを出ているのではないだろうか。足取りを掴めぬままでは私が早くにやってきた意味もなくなってしまう。不安を抱きながらも、何かひとつでも手がかりが欲しいと思い、聞き込みを続けることはや数時間……。 「あの、すみません」 「はいよ。どうしたお嬢ちゃん」 灯台の光に照らされた町の西にあるドック。もうとっくに夜も更けていたため、今日の聞き込みはここで最後にしようと思い、警備をしている筋骨隆々の男性に話しかける。 「人を探しているのですが」 軍事会議で配られたカミュの似顔絵資料を取り出して見せる。残念ながらイレブンの似顔絵は無いため口で伝えるしかなかったのだが、その二人を追っていることを伝えれば、男性は「あー」と何かを思い出したように手をポンと叩いた。 「見たよ、ちょうど今日の昼くらいかな」 「ほ、本当ですか!」 「船を出したいと言っていたが、あいにく今は海の男コンテストのおかげでドックは閉鎖中だったからなあ。諦めて何処かに去って行ったよ」 不幸中にとんだ幸が飛び込んで来た。ならばイレブンたちがダーハルーネを船で出た可能性は潰れたということだ。 彼らがキメラのつばさで別な町に移動していない限りは、何か用があってか或いは追っ手を恐れてダーハルーネに向かう道中で野宿をしている線が濃厚である。ダーハラ湿原は砂漠に比べて気温も安定しているためか、キャンプ地も多い。 とは考えつつも、あては全く無いわけで。ダーハラ湿原を一晩で回ることは勿論出来ないため、捜索箇所を絞る必要がある。彼らが今日の昼にダーハルーネに居たということは、そこまでは遠くに行っていない可能性が高い。また、身を隠すとなれば数多くの旅人が集うような有名なキャンプ地には足を運んでいないと考えても良いかもしれない。あくまでも予想であったが、これが当たってくれさえすれば、私もこの町に来た甲斐があるというものだ。 ** 霊水の洞窟といえば、昔は魔物もいないような神聖な場所だと聞いたことがあるが、洞窟内を見る限り今はそのようなことはないようだ。壁に、泉に、我が物顔で魔物が棲みついている。此処まで流れてくる道中で瘴気を受けているせいか、洞窟内の小川の水でさえ聖なる力を感じられない。 そんな物騒な洞窟内にもキャンプができる場所があると聞いていたため、半信半疑になりながらも、松明を片手に暗い洞窟に足を進める。複雑な道に迷いながら手探りで歩いていると、視界の奥にぼんやりと人為的な明かりが見えた。 「なっ……!デルカダールの!」 焚火にあたって暖を取っていたのは、カミュと、──イレブンだろうか?こちらがその姿を認知し、言葉を発する前にカミュが気づき、武器を構えられる。私には攻撃の意思は無いことを表明するために持っていた剣を鞘に収めるも、カミュにとっては私は敵。その空気を感じ取った少年も戦う気満々のようで。 「くそっ、逃げ場はないようだな……イレブン、やるぞ!」 こくり、と栗色の髪の少年が頷いた。 彼らは私を挟むように次々と斬撃を繰り出した。一方の私は、危害は加えないと解ってもらうために、剣を鞘に収めたまま洞窟内を逃げ回る。抵抗しないと言っている人間を襲うのはいかがなものかとは思うものの、カミュはともかくイレブンは理不尽にも汚名を着せられて追いかけ回されているわけだから、斬りかかろうとするのも無理はないかもしれない。更にカミュが私を敵視しているものだから、イレブン自身も攻撃の手を休めることはなく。 「クソッ、あたらねえ」 「ちょっと!とりあえず話を!」 話を聞いてほしいと呼びかけてみるも、二人の攻撃は止まらない。そしてとうとう、逃げ道を失い洞窟の隅のほうにまで追い込まれてしまった。仕方無しに剣を抜けば、彼らの表情が一段と強張った。 カミュがイレブンに目配せをすると、まずはイレブンが攻撃を仕掛けてきた。大げさに振りかぶるその太刀筋は明らかにフリだ。瞬時に、私がイレブンの攻撃を受け止めた瞬間にカミュの攻撃が来るだろうと予想する。カミュの手が動く前に、足を蹴り上げて彼の短剣を弾き、そしてそのままイレブンの剣を避けてから二人にマヌーサをかけた。 二人が幻術に包まれたちょうどその時、洞窟の奥のほうから見覚えのある人物が現れた。赤と白の目立つ衣装に、くるんとカーブした襟足と特徴的な下睫毛……。 「あれ、シルビア!?」 「名前ちゃん!?どうしてここに!」 魚籠を持ったシルビアと、金髪の女性と子供。何故シルビアが此処に居るのかと驚いたが、それと同時に関所を通ったのは五人だという報告があったことを思い出した。きっとシルビアと彼女たちが 、イレブンと一緒にサマディー地方の関所を抜けた仲間なのだろう。 「おいおい、どういうことだ?」 先に言葉を発したのはカミュだった。やっとマヌーサの効果が切れてきたのか、やけに苛ついている様子でこちらに詰め寄る。 「なんでシルビアのおっさんとデルカダールのやつが繋がってんだよ」 「デルカダール!?」 そして、その言葉に反応したのは赤いとんがり帽子を被った女の子。私がデルカダールの者だとか、私とシルビアが知り合いだとか、イレブンとシルビアが一緒に居る理由だとか。さまざまな事柄が絡み合って、私は何を話せば良いのかと慌てていれば、シルビアが爽快と間に入った。 「あーえっと、シルビアとはね……」 「まあまあ、いいじゃないアタシたちのことは!乙女たちの秘密を聞き出そうとするなんて野暮よ」 先ずは私の持っている情報──シルビアとの関わりについて話しておこうと思ったのだが、強引に遮られてしまった。そういえばサマディーで再会した時に、シルビアは自身のことをあまり知られたくないようなことを言っていたような気がする。彼らに知り合った経緯を話すとどうも過去の話題は避けられない。ここでもシルビアと呼ばれているあたり、彼らにもまだ過去を隠しているのだろうから、この話題については私からも触れるべきでなかったと慌てて口を閉じた。 「それよりもなんでシルビアとイレブンが一緒にいるのかが知りたいんだけど」 「あら名前ちゃん、イレブンちゃんのこと知ってたの?アタシ、サマディーで名前ちゃんと別れたあとイレブンちゃんと出会って、なんだかんだ旅についていくことに決めたのよ」 「うーん、特に深い理由はないのね」 夢を叶えるためにはイレブンちゃんが必要なの!これも立派な理由よ!と決めポーズをするシルビアを横目に、今度は私と残り四人の間に沈黙が流れる。 「一体どっちを信用すればいいのかしら」 どっちというのは、私とシルビアがイレブンの「敵か」もしくは「味方か」ということだろう。女の子の年相応とは思えない喋り方にどきりと心臓が鳴るも、私には何も疾しいことはないため、堂々としていようと己を奮い立たせる。 「それなら安心して欲しい。私はあなたたちを捕らえるつもりなんて無いから」 「じゃあなんでここまで探しにきたのよ」 「イレブンの力になるため。あなたは悪魔の子ではない、この世界に生まれ落ちたたった一人の勇者さま……そうでしょう」 その時、全員が驚いたように顔をあげた。それも当たり前のことで。デルカダール王国はイレブンを悪魔の子と称して行方を追っている。本来ならばイレブンが勇者であることは少なくとも一デルカダール兵が知り得ることではないのだ。 ここでイレブンを伝説の勇者だと言うのは、私がその首謀者であると疑われるなど幾分かのリスクがあったが、私の年齢と立場から考えてその可能性はほぼ無いと判断したのか、はたまたシルビアと知り合いだったのが幸いしたのか、どちらにしろ私への敵意はいつの間にか無くなったようだった。 「今は訳あってデルカダールから離れるわけにはいかないけど、できるだけ助けたいと思ってる。今日はそのことと、あとイレブンの顔が見たくてここまで来た」 「……信じていいの?」 「もちろん」 初めて声を聞いた。それはまだ幼さが残るような青年の声ながらも、しっかりと芯があった。差しのべられた手を握る。手は腫れて豆だらけ、きっと悪魔の子と呼ばれお尋ね者となるまで、剣を持って戦い続けたことなど無かったのだろう。 「あなたが私を救ってくれると預言を受けて、四年も探し続けてやっと会えた」 大空のように青く澄んだ目は、悪魔の子なんて忌々しい呼称が一瞬で嘘であると判る程に光に満ちていた。 「預言、か……さっきは悪かった、名前。俺はあんたを信じるぜ」 そして隣に立っていたカミュにも、何故かイレブンと同じように手を差し出された。つい何秒か前までこちらを睨みつけていたのに。戸惑いながらもカミュの握手に応えれば、カミュが申し訳なさそうに笑ったものだから、私もそれに合わせるように口元を緩めた。 「自己紹介をしていなかったね。デルカダール王国の宮廷魔道士、名前と申します」 「あたしはベロニカ。でこっちが妹のセーニャよ」 「宜しくお願い致しますわ」 続けて二人とも握手を交わした。ベロニカと名乗った子供が、どこからどう見ても大人の女性を妹と言っていたが、皆何も突っ込まずにうんと頷いていたものだから、私から特に突っ込むことはなかった。 漸く誤解が解けてホッとしたものの、真の目的を忘れてしまいそうになっていたことに気がついて手をポンと叩いた。私は仲良しごっこをするためにここにきたわけではないのだ。 「早速だけど、夜が明けたらデルカダール兵がダーハルーネに向かってくるの。危険だから、できるだけ早くここを出たほうがいいと思って……」 「俺たちもさっさと次の町に行きたいんだけどよ、海の男コンテストとやらが終わるまでドックは閉鎖するんだと。船が出せない以上どうしようもないんだ」 「うん、だからルーラやキメラのつばさで他の場所に行ってもらうだけでも……」 捕まってしまえば最後、今度こそ脱獄は不可能である。明日、デルカダール兵の総指揮を執るホメロスさまが、如何に厄介な人物かを熱弁するも、イレブンを含め誰もここから逃げようという意見に対し首を縦に振ることはなかった。 「お言葉ですが、私たちはこのままダーハルーネから海へ出て、旅を続けなければいけません。ここを通るのはもう避けられないのです」 「それに、あたしたちの帰りを待つ子がダーハルーネにいるの」 捉えられるリスクを犯してでも町に戻るのかと問い詰めれば、イレブンたちは揃って頷いた。当の本人たちが動かないのならば、もう私の力ではどうしようもない。 「色々あって私は夜にしか行動できないの。だから明日もしダーハルーネに戻るならば、日中は手助けできないことになる」 「分かった」 「たしか、ダーハルーネにはシルビアの船があったよね。私はドックを解放するように掛け合って、あとは……あなたたちの無事を祈ってるね。じゃあ、またどこかで会えたら」 イレブンたちに接触しホメロスさまについての忠告を終えた以上、ここに留まる理由は無い。宿の予約を取らなくてはならないし、日が昇る前にドックの人に船を出して貰えないかと掛け合う仕事も残っている。ホメロスさまたちに怪しまれず隠密行動ができるリミットは夜明けまで。それまでに出来ることは出来るだけ、全力で動き続けなくては。 最後まで手を振る五人に一礼し、リレミトを唱えた。心から信頼できる人が居ない、孤独な私にとって、仲間という存在は羨ましかった。汚名を着せられ大国に追われていてもなお、彼を信じる者が居る。ひとりぼっちでダーハルーネへの道を歩けば、夜の静寂の中に立つ己の孤独感がより一層膨らんだ気がした。私にもあのような仲間が居てくれたなら、もう少し勇気を振り絞ることができたのかもしれない。 |