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イメルダさんの本気占い
カンダタ海賊団から黒胡椒を取り戻し、ダーハルーネへと戻れば、ドックには既にルパスとルコが居た。その隣には町長であるラハディオの姿もある。どうやら私たちの帰りを待っていたようだ。盗まれた黒胡椒をルパスに手渡せば、彼は何度も頭を下げた。隣に居るルコも、父親を真似てぺこりと頭を下げる。

「たっぷりお仕置きをしておいたから、二度と悪さはできないと思うわ」
「ありがとな、アンタたちなら、やってくれると信じてたよ」

ラハディオもまた、私たちの姿を見るなり深々と礼をした。確か彼と会うのは、大樹が崩壊するずっと前……私がイレブンたちと出会って直ぐのことだ。

「お久しぶりでございます。あなた方のお陰で、近海の平和を脅かす者はいなくなりましたな。いやはや、なんとお礼を申し上げたら良いのか」
「困った人を助けるのがアタシたちの役目なのよ!ね?イレブンちゃん」

シルビアがイレブンに目配せをすれば、イレブンはにっこりと笑った。ラハディオに、カンダタ海賊団討伐の懸賞金は全てルパスに譲渡することを伝えれば、一瞬驚きはしたものの固く頷いた。これで暫く、ルパスとルコは不自由無い生活を送ることができるだろう。



ラハディオへの挨拶もほどほどにルパスの家へと戻れば、彼の机の上は大量の本やメモで散らかっていた。私たちが此処を離れている間に、グレイグさまを目覚めさせる情報を探してくれていたらしい。

「んで、アンタが持ってる情報は一体何なんだ?」

ソファに腰掛けたカミュが、開口一番そう尋ねた。元々、ルパスたちのもとを訪れた目的はこれであった。依頼通りカンダタ海賊団を倒したのだから、彼の持っている情報を教えて貰わなければならない。だが、この家の散らかり様を見れば、彼が確定的な情報――私たちの求める答えに直接結びつく情報は持っていないことが伺える。一体どのような答えが返ってくるのだろうか。もしかしたら曖昧なことを言ってくるかもしれないと変換繰りをしていたが、意外にもルパスは自身に満ち溢れていると言ったように、笑みを浮かべながら口を開いた。

「デルカダールの城下町に、イメルダって腕利きの占い師が居るんだよ」
「イメルダ……?」

長らくデルカダールに住んでいた筈なのだが、そのような名は聞いたことが無い。そもそも、城下町に占い師が居たかどうかすらも怪しい。グレイグさまも、顎に手をあて考えるような仕草をしている。一方で、カミュは虚空を見つめながら小さく唸っているかと思えば、何か閃いたらしくポンと手を叩いた。どうやら心当たりがあるようだ。

「カミュ、知ってるの?」
「思い出した!俺が世話になってた宿屋の近くに住んでる婆さんだ。なんつーかインチキくせえ占い師だぜ?アイツが腕利き……?なのか?」

ルパスの情報筋は確かだと言ってたカミュだが、それも撤回してしまいそうなほど不安そうな顔をしている。有名な占い師ならば、良い噂のひとつやふたつあっても可笑しくないような気がするのだが、そういった噂は少なくとも私たちには届いていない。カミュにつられて段々と心配になる私たちに、ルパスは笑いながら「大丈夫」だと胸を叩いた。

「知る人ぞ知る存在だ。行ってみれば分かるさ、あのバアさんなら何か手掛かりを見つけてくれるだろうよ」
「判りました、ありがとうございますルパスさん」
「ああ、良いんだ。こちらこそ、アンタには世話になった」

兎に角、イメルダという占い師に会わないことには、先には進めないだろう。もしかしたら、彼女がとびきり腕の良い占い師で、グレイグさまを目覚めさせる方法をピタリと当ててしまう人物である可能性もなくはないのだから。

「お兄ちゃんたち、ありがとう!」
「おぬしらも達者でな」
「爺さんも、あまり無理するなよ」

ルパスたちに別れを告げれば、私たちはデルカダールへと赴いた。大樹崩壊による影響で、城下町の復興は未だ進んでいない。瓦礫と化した城下町に人影は見当たらないが、下層からは人々の声が聞こえた。此処らは石造りの家も少なかったから、直ぐに壊れた住居を構えることができたのだろう。
デルカダールの下層へは、あまり足を踏み入れたことが無い。行きつけの喫茶店に入った強盗を追って此処へやって来たときは夜であったから、町並みは殆ど記憶に無かった。カミュの記憶を頼りに町を歩くと、一軒の家の前に辿り着いた。

「カミュさま、イメルダさまの居場所は此処で良いのでしょうか?」
「良いはずだぜ。ほら、下層には珍しい小綺麗な家だろ?金持ちが住んでいる証拠だ」

セーニャに問われたカミュが指さしたそれは、確かに継ぎ接ぎで造られている下層の家の中では頭ひとつ飛び出ている綺麗な家だった。成程、彼の言い分も判る。扉の横についているベルを二、三回鳴らせば、家の中から直ぐに「はいどうぞ」と無愛想な声が返ってきた。窓枠にはガラスが貼られていなかったから、私たちの会話も聞かれていたようだ。

「お邪魔します」

扉を開けて中へ入れば、イメルダと思わしき老婆が目の前に居た。彼女はテーブルに置かれた巨大な水晶玉を見つめていたかと思えば、ふとこちらに目線をやってにやりと笑った。

「いらっしゃい、勇者御一行」
「……!ど、どうして私たちのことを?」

私たちが勇者であることは、少なくともデルカダールには広まっていないはずだ。なんたって、イレブンはこの国では「悪魔の子」と呼ばれ、忌み嫌われていた筈だから。事情を知っているのは旅先でかかわった方々と、イシのむらに居る人のみであろうに。いきなり正体を見破られたことに動揺してしまった。さすがは、ルパスのお墨付きといったところだろうか。

「占いの結果通りだねえ……待ってたよ、アンタのことを。うちは占い屋兼せいすい屋だったんだけど、魔物も少なくなってせいすいの需要が落ちてねえ、商売上がったりだったよ。じゃあこれからどうしようかと自分を占ってみたら、アンタに「神聖水」なるものを手に入れて貰えば良いってお告げが来た」

そう言って、イメルダはこちらに手招きをした。「アンタ」という二人称が誰を指しているのかが良く判らなくて、互いに顔を見合わせていれば、イメルダは私を強く指さした。確認のために「私ですか?」と尋ねれば、彼女はぶっきらぼうに「そうだよ」と言った。

「勇者の器……アンタのことだよ」
「私のことが、判るのですか」
「此処に用があって来たんだろう?」

どうやら、彼女にはなんでもお見通しのようだ。私が勇者の器であることは、勿論イレブン一行にしか伝えていないことだから、イメルダがインチキでないことは間違いなさそうで一安心する。一歩前に出てイメルダに向き合えば、彼女はまた厭らしそうな表情を浮かべた。

「このイメルダの占いに従えば、アンタにも良いことがあるに違いない。だから神聖水を手に入れてきておくれ」

神聖水とは聞いたことがないが、彼女が自力で手に入れることが難しいものなのだろう。なんともまあ胡散臭い気もするが、ルパスさんのお墨付きがある手前、神聖水なるものを手に入れるのは決定している。寧ろそれを手に入れなければ、イメルダはどうやっても占ってはくれないだろう。あまり乗り気はしなかったが、イメルダの言葉にうんと頷く。すると彼女は、満足そうに高笑いをした。

「まあ、アンタがそう答えるということも全てお見通しだったわけさ。良いかい?よく聞くんじゃ、神聖水ってのは命の大樹から滴る始祖の森の有難い水のことさ。始祖の森の滝壺からそれを汲んできておくれ。首尾よく手に入れたらこのイメルダの館に戻って来るんだよ。それが占いの結果じゃからな」

成程、彼女に占ってもらう為にはそのような難しい試練があるとなれば、「占い屋」としての客は少ないわけだ。そうなれば当然客足は少なく、腕利きの占い師であることもあまり広まっていないのだろう。あとは……彼女の吝嗇な雰囲気も相俟っているのかもしれない。



ルーラで聖地ラムダへと移動し、大聖堂の奥の扉からゼーランダ山へと抜ける。聖地を一望することができるゼーランダ山頂の木橋は、大樹崩壊の影響を何とか免れていた。始祖の森に無事辿り着くことができるようで、安堵する。太陽は未だ南天に留まっていた。難なく始祖の森を進むことができれば、今日中には滝壺へ辿り着くことができるだろう。

この森を訪れたのは、もうだいぶ昔のことのように感じるが、環状になっている始祖の森の複雑な道筋は、頭に根強く残っていた。この道の先で起こった出来事を、私は未だ鮮明に覚えている。
始祖の森を流れる川は道中幾つかあったが、イメルダ曰く「滝壺の水」でないと神聖水とは成り得ないようだ。やはり、大樹の恩恵を直接受けている水でないと、下界の空気に触れたぶんだけ聖なる力は無くなってしまうのだろうか。せいすい屋の彼女にならば、その違いが良く判るのかもしれない。
イメルダの言う滝壺は、始祖の森の祭壇近くにあった。かつて私たちが、命の大樹へと赴く前に休息を取った場所である。焼け爛れたような真っ赤な夕焼けを映し出す水面に小瓶を沈めれば、こぽこぽと気泡が湧き出る。どれほど手に入れてとは言われなかったから、片手で収まる瓶で十分だろう。何よりイメルダは私たちの未来を見通しているはずだから、もっと持ってきて欲しいならば出発の前に伝えている筈である……というような言い訳も考えている。

デルカダールに戻り、城で一泊してから、私たちはイメルダの元へ赴いた。呼び鈴を鳴らせば、中からは「待っていたよ」としゃがれた声が返ってくる。扉を開ければ、相も変わらず彼女の家には誰も居なかった。イメルダはペールグリーンの布の上に置かれた水晶玉に手を翳しながら、こちらを見てにんまりと笑った。どうやら、私たちが今日戻ってくることを知っていたようだ。神聖水が入った瓶を渡せば、彼女は栓を開けて匂いを嗅ぎ、満足そうに首を縦に振った。

「これさえあれば商売繁盛間違いなし!……そうじゃ、駄賃代わりにアンタのことも占ってやろう」

そう言うと、イメルダは変な掛け声と共に水晶玉を撫でまわすように手を動かした。その奇妙な仕草に、思わず彼女が本当に望むべき結果を与えてくれるのかを不安に感じてしまう。

「やっぱりインチキくせえな」
「うーん、否めないけど……」

カミュの言葉に、自分もつい同意しそうになってしまった。しかし彼女は私が「勇者の器」であるということを見通していたわけだから、インチキではないと思っている。思っているだけで、腕利きの占い師とも思えずにいるのは確かだ。

「出たよ出たよ!神のお告げが!えーと、なになに?命の大樹へ向かい、竜神に願いを乞うべし……とな?はて、何のことかサッパリ判らんが、お前さんたちには何か覚えがあるのかの?」

イメルダは首を傾げながら私たちにそう言った。「竜神」という聞き慣れない単語に、必死に記憶を掘り起こす。そういえば、昔クレイモランから送られてきた文献の中に、ロトゼタシアを創生した竜の話があったような気がするが。それもお伽話であるから、とても現実的な答えだとは思えない。そもそもイメルダは私の願いを聞いたわけではないのだ、本当に的確な答えが導き出せたのかも怪しい。

「あの……」
「さあさ、次の願いを聞きたくば、また神聖水を持って来て貰うことになるからね!」
「あ、ありがとうございます……イメルダさん」
「判ったからさっさとお行き!」

これ以上彼女に何を言っても、再び神聖水を持ってくるまで話を聞いてはくれないだろう。ならば、彼女の言う通り命の大樹へと向かったほうが良いかもしれない。そこで何も無ければ、再び神聖水を手に入れてくれば良いだけだ。ひとまずイメルダにお礼を述べて、彼女の館を後にした。

「竜神さま、か……」

世界を救った私たちでさえ、そしてきっとローシュたちでさえも、竜神の姿を見たことは無い。もしも本当に竜神さまが居るとして、その神は私の願いを叶えてくれているのだろうか。蘇生術という禁忌を犯したグレイグさまに、救いの手を差し伸べてくれるのだろうか。……救いなど無いと打ちひしがれ、かつて何度も神を呪った私の願いを、聞き届けてくれるのだろうか。