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死を分かつ二人
気が付けば、柔らかいベッドの上に横になっていた。身体にぴったりと吸い付くようなその感覚に、なんとなく、ここが私室のベッドであるということが判った。しかし、私は何故退廃したデルカダール城に居るのだろう。大樹崩壊の影響でこの城も大きく崩れ、とても人が住めるような状況ではないはず。そういった今の己の状態に不信感を抱いたところで、微睡の中にいた意識は一気に覚醒した。本棚は倒れ、収まっていた書物は床に散乱している。窓を塞いでいた木版と杭はずれ落ち、崩れた天井の破片によって部屋の中は酷く荒れていた。慣れ親しんだこの部屋が見るも無残な状態で、茫然としていると、ふと自分が眠るベッドの横に紫の長髪が垂れていることに気付いた。身に纏っている鷲の刺繍が施されたマントは、グレイグさまのもので。そこで漸く、私は現世に蘇ったということが判ったのだった。
しかし、私がこうして生き返るのには、誰かが蘇生呪文を唱える必要性があるはず……なんせウラノスだけの力では私を現世に戻すことなどできなかったのだから。仲間で蘇生呪文を唱えられる魔法技術があるのは、セーニャとロウさまだけである気がするが、ならばどうして私はこのような場所で目覚めてしまったのだろう。そして、何故グレイグさまがベッドに寄り掛かるように眠っておられるのだろう。

「このようなところでお休みになられては風邪をひいてしまいます」

考えるよりも本人に聞いたほうが早いと思い、グレイグさまの身体を揺さぶる。しかし、起きるどころか反応のひとつもありゃしない。よほど疲れておられるのだろうか、ならば私のベッドを使ってゆっくり休んでいただきたいのに。

「起きてください、グレイグさま。私のベッドをお使いになってくださ──」

先程よりも激しく、ゆさゆさと肩を揺らせば、グレイグさまの身体はぐらりと揺れた。それに気づいた時には既に遅く、引き戻そうと必死に伸ばした手では巨体を支えきることができず、私の身体ごとグレイグさまに引っ張られて、二人して瓦礫まみれの床に倒れることになってしまったのだ。

「ぐ……グレイグさま!起きて、起きてくださいっ、冗談が過ぎますよ!」

床に倒れても目を覚まさないグレイグさまに、そこはかとない不安を感じたのと、私がこの部屋に連れて来られた理由がはっきりと判ったのはほぼ同時だった。グレイグさまの手から滑り落ちた一冊の古い書物、それは確かに私の部屋にあったもの――禁術である蘇生呪文をについて書かれたものだった。
いかに優れた魔術師であろうと、蘇生呪文は術者の大きなリスクを伴う。一度離れた肉体に魂を呼び戻すという行為、それは術者の生命力と引き換えに成し得る技である。よってロトゼタシア魔法学では蘇生呪文は元来禁忌とされてきたのだ。ウラノスが私に与えた生命力を差し引いても、術者と私が共に目覚められる可能性は低い。せめて可能性があるならば、セーニャやロウさまなど回復魔力技術に長けた者だと思っていたのだ。それなのに――

「嘘でしょ……何で、何で蘇生呪文なんて使ったのよ!グレイグさま!」

静かに横たわる身体は、睡眠の時よりもさらに長く、そして今にも消え入りそうなほど浅い呼吸を繰り返している。グレイグさまはどうして、私を生き返らせようとしたのだろう。蘇生呪文を唱えられる魔法技術が無いことは、グレイグさま自身も判っていたであろう。私が目を覚ましたとしても、己は目を覚まさないということも。そんな我が侭なことをして、私が喜ぶとでも思ったのだろうか。こんなことになるくらいならば、私は肉体と共に大樹へと還っていれば良かったのだ。グレイグさまの生命力を犠牲にして得られたこの命には、何の意味も無い──そう感じていると伝えたとしても、彼は笑ってくれるだろうか。

**

グレイグさまの身体をベッドに運ぶのは苦労した。急いでイシの村へと戻り、驚くイレブンたちに事情を説明するまもなく此処へと連れてきた。イレブン、カミュ、そしてシルビアの三人がかりで、床に倒れていたグレイグさまを私のベッドへ寝かせる頃には、彼らもここで起きた出来事を理解したようだった。蘇生呪文ザオリクの魔法陣が描かれている、開かれたままの魔道書。浅い呼吸を繰り返す、昏睡状態のグレイグさま。こんなもの、言葉にせずとも誰もが見て取れる。

「私が悪い……きっと私が死んでしまったことに対して責任を感じていたのね。グレイグさまは、何も悪いことなどしていないのに」
「名前のせいじゃないよ、きっとグレイグが命を賭してでも名前を生き返らせたかったのは──」

イレブンがその先を言いかけたところで、バタバタと忙しい足音が聞こえたかと思えば、外れかけの扉が凄まじい音を立てて開け放たれた。

「名前さまが生き返ったと聞いたのだが!」
「グレイグさまは見つかったのか!?」

どうやらイシの村に駐屯していたデルカダール兵らしい。だが、パニック状態になっている彼らに、追い討ちをかけるようにこの惨状を見せるのはあんまりだ。扉の近くに立っていたシルビアが彼らの視界を防ぐように廊下へと押し出せば、無理にでも部屋に入り込まんとする彼らを宥めていた。

「ごめんなさいね兵士ちゃん。事情はあとで説明するから、今は少し席を外して欲しいの」

シルビアが戻るまで、誰一人として言葉を発さなかった。名前を慰めていたイレブンも、ショックの所為か紡ぎかけの言葉が飛んでしまったようで。シルビアが外れた扉を嵌め直せば、私の隣へとやってきた。同じように、横たわるグレイグさまを見つめたまま、静かに口を開く。

「アタシたちがちゃんとグレイグを見張っていれば良かったわ。世界を救ったあとも何処か上の空で……もしやとは思っていたのよ」
「村の外に繋がれていたおっさんの愛馬……あいつを置いてきたってことは、覚悟を決めて此処に来たんだろうな」

皆の口から溢れる言葉は後悔だけ。それもこれも、すべては私が悪い。私が居なければ、生き返る望みを絶ってしまっていれば、グレイグさまは平和な世界で今も生きていられたのだ。

「こうなってしまうくらいならば、私はあのまま大樹に還ったほうが良かった!そうすればグレイグさまは――」
「名前!」

怒り任せに後悔の言葉を吐き出せば、イレブンが大声を出してそれを制した。それは喉が千切れてしまいそうなほどの怒声だった。行き場の無い悔しさのせいで、腕が大きく震えていた。荒い呼吸を整えながら、イレブンはいつものトーンで言葉を続けた。

「世界の何処かにグレイグを救う手立てがあるはず。グレイグがせっかく名前を生き返らせてくれたんだから、悔やむよりもグレイグの為に行動するべきだと思うよ」

イレブンが感情を露わにしたところを見るのは初めてだったものだから、一瞬思考回路が固まってしまったが、そのおかげで彼の言葉を何度も反芻でき、漸く自分がやるべきことを認識することができた。悔やんでも、グレイグさまは戻ってこない。いま私が此処で命を投げ打ってグレイグさまを蘇らそうとしても、それが上手くいく保障など何処にもない。ならば、イレブンのいう通り、グレイグさまを救う手立てを何としてでも探し出すしかないのだ。

「……そう、だよね、ごめんなさい」
「うん、僕たちの旅はもう少し続くみたいだ」

そう言われて、顔を上げれば、旅を共にした仲間たちが私を見つめながら力強く頷いた。その光景を見て、流し切った涙が再び溢れ返る。

「心配するな、ツテはあるぜ?そうだな……手始めに情報屋ルパスのところにでも行ってみたらどうだ」
「アタシも、何かあればソルティコじゅうを巻き込んで協力するように呼びかけるわよ!グレイグも名前ちゃんも、パパの大切な人だもの」
「お父さまも、グレイグの危機とあれば旅を続けることを許してくれるハズだわ」

熱くなる目元を抑えながら、その言葉ひとつひとつに何度も頷いた。彼らの暖かさに、暫く声を漏らしながら静かに泣いてしまった。背中をさすられ、漸く落ち着きを取り戻せば、イレブンが私の手を引いた。

「行こう、名前」
「……うん」

グレイグさまを置いて行く、その不安を吹き飛ばすように力強く頷けば、イレブンは静かに笑った。青く澄んだ瞳には、今も変わらず力強い光が宿っていて──私は覚悟を決めて立ち上がり、部屋の壁にそっと立て掛けてあった大杖を背負った。

「……グレイグさま、必ずやあなたを救う手立てを見つけて参ります」

静かに眠るその姿を目に焼き付ければ、仲間たちと共に部屋を出た。廊下で控えていた兵たちに事情を説明し、グレイグさまのことを頼めば、崩れた石壁から覗く青空を見上げながらルーラを唱えた。目指すは、ロトゼタシア最大の貿易港であるダーハルーネ。そこは決戦を控えた私とグレイグさまが最後の休息を済ませた場所でもあった。