×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -

必然の巡り会い
──僕たち全員が五体満足で苦戦を征することができたのは、ひとえに名前のおかげであると言っても過言ではない。あのとき、開け放たれた大扉の奥から既に全身傷だらけの彼女がやって来たかと思えば、ウルノーガが生み出した杖を一瞬で破壊してしまった。さらにその右手から迸ったものが荒々しい勇者のいかづちだったものだから、全身に鋭い痛みを感じながらも、どこか夢を見ているのではないかと錯覚してしまうほどだった。だが今はそんな彼女が勇者の痣を持つ理由も聞き終え、各々が歩むべき道に向かって進もうとしている。僕はといえばホメロスに焼かれてしまったイシの村の復興のために、世界各地から人を呼び、村に帰ってきては木材や石材を運んだりと日々作業に明け暮れていた。――そんな時だった。脚に手紙とキメラのつばさを括り付けられた白い子鳩が飛んできて、僕の肩に下りてきた。かたく結ばれたその紙を丁寧に開封すれば、それは名前からの手紙だった。細く流れるような字で書いてあったのは、「三日後の朝に、デルカダール城にてお待ちしております」と、たったそれだけ。僕はすぐ家に戻ってペンを持てば、羊皮紙の切れ端に返事を書いて鳩の脚に結びつけた。とても大国の役人に贈るような手紙ではないが、家を焼き払われた際に生焼けになった家の中には紙らしい紙は残っていなかったため仕方なく……だったのだが、彼女はあまりそういったことを気にするような人ではないだろうし、許してくれるのではないだろうか。鳩に手紙を託せば、それは吸い込まれるように大空へと消えていった。ホメロスが居なくなってしまってから、名前も忙しいのだろうか。ウルノーガを倒してから一度も顔を見ていない彼女の顔を思い浮かべながら、キメラのつばさをふくろにしまった。──


空を飛ぶクジラ――ケトスに、神の民という存在。カミュに、「お前と一緒に旅をして不思議体験は慣れっこだったが、名前もとんでもないものを引っ張ってくるな……」と耳打ちされたが、本当にその通りだと思う。今の名前居た別の世界では、ウルノーガは遥か空の上に居城を構え、僕たちはケトスに乗ってウルノーガ率いる魔軍に挑んだのだという。大樹が枯れ落ち、闇に包まれた世界など、今のこの景色を見ている限り簡単に想像できるものではないが、僕らも名前が居なければ今ごろ同じ運命を辿っていたのかと思うと、時を超えてやって来た彼女には感謝してもしきれない。

神の民が棲む浮島に降り立てば、名前の背を追ってその奥へと進んだ。人間とは違う肌の色、後頭部から飛び出した柔らかい角のようなもの、そんな彼らが物珍しく、思わず見やってしまう。名前がクーロンという名の神の民と何やら言葉を交わせば、僕らは巨大な壁画の前に案内された。その中央には、大きな白髭をたくわえている一際歳を重ねていると見て取れる神の民が横たわっている。「イゴルタプさま」と声がかけられれば、それはゆっくりと起き上がり静かに目を開けた。名前はその姿を見るなり一歩前に出ると、真っ直ぐ前を見つめながら大きく口を開いた。

「伝説の時代から生き永らえる神の民よ、邪神ニズゼルファの封印について詳しくお聞きしたい」

それは耳を抑えるほど大きなものでもなかったのだが、名前の口から紡がれた声は波紋のように里中へと響き渡った。神の民の目線が一気に集中したのがはっきりと身体で感じられるほど、強いものだった。それは、かつて霊水の洞窟で初めて出会った時のどこか柔らかい雰囲気を醸し出している彼女とも、命の大樹で思いっきり歯を食いしばりながらホメロスの持つ闇のオーブを弾き飛ばした彼女とも違う。今日の名前は、いつもよりもずっと凛々しく見えた。里を吹き抜ける風に靡く艶やかな髪も、どこまでも透き通った瞳も……彼女の風采がその佇まいをより一層際立たせている。

「ふむ……なるほど。ウルノーガを倒したことでその身体に宿っていたニズゼルファの闇の力が本体に戻りつつあると。……邪神の肉体は遥か昔に、賢者セニカとわしら神の民で確かにあの砂漠の上空に封印した。」
「もしニズゼルファが本来の力を取り戻してしまえば、あの封印も破られてしまいます。すぐ手を打たなくてはなりません。ですが今は邪神に太刀打ちできる者はおりませんので、それまでの時間稼ぎとして新たな封印結界を作りたいのです」
「しかし、セニカ以上の呪文の使い手が居なければ結界を作るも何も……」
「私がやってみせます。この手に託された勇者の力を持ってすれば、必ずや邪悪な魂を封じ込められるはず」

名前の言う通り、現にその邪神ニズゼルファが封印――僕らが勇者の星と呼んでいたそれは、ウルノーガを倒したあの日から以前よりも鈍く光り出していた。心なしか勇者の星を取り巻く瘴気も、サマディー城下町の雰囲気も、どんよりと沈んでいるような気がしてならない。ニズゼルファが復活するという根拠はないが、僕らもそして名前もそのことを悟っていた。
賢者セニカといえば、勇者ローシュと共に邪神討伐を果たした仲間のひとり。そんな彼女ほどの力を持つ者はここには居ないが……名前も優秀な呪文の使い手であるということは僕でも判る。さらに、勇者の力を手に入れた彼女であれば尚更だ。彼女自身も己の魔力と僕たちの魔力、そしてその封印のすべを知る神の民の力があれば多少なり封印を作ることができると踏んで僕たちを招集したのだろう。返答を渋る神の民の背中を押すように、右手のグローブを脱いでその手の甲にある勇者の痣を掲げてみせた。それを見るなり、神の民の長老は勢いよく目を見開いた。それから暫く、僕と名前を交互に見やったあと、ゆっくりと立ち上がった。

「なるほどな。おぬしが何故この世界にやって来たのか……詳しく聞きたいところだが、どうやらその余裕はなさそうじゃな。――行くぞ、大樹の器よ……神の民一同、そなたと共に邪神封印に死力を尽くす」
「……ありがとうございます」

深々と礼をしていた名前がようやく頭を上げたかと思えば、こちらを振り向いて柔らかく微笑んだ。これで暫くは大丈夫だと思うから、と。そう言った彼女は出会った時と変わらずに頼もしく感じられた。

**

私と先生が巡り会えたことも、これさえも大樹の導きであると思うのです。こうして時を渡り、二人目の勇者としてこの世界に降り立った私が、まさかこのような大役を任せられることになろうとは。闇を討ち亡ぼす光の勇者がイレブンならば、彼を支える勇者の器がこの私であり、そしてそんな私が成せることと言えば、先生から習った封印術であること。まるでさだめであるかのように、こうも物事が上手に噛み合うことがあるのかと、私が時を渡る運命でさえも初めから決まっていたことではないのかと、そう錯覚するほどにこれがただの偶然であると思えずにいます――。

バクラバ砂丘の中心にある、石柱に囲まれた祭壇のような場所。その遥か上空には、勇者の星が鈍く輝いていた。世間では勇者の星と謳われていたそれも、その正体が邪神であると判ってからは漏れだす赤が禍々しいものに見えて仕方がない。ウルノーガが倒されてから、その星はより一層瘴気を増したような気がした。たしか前にファーリス王子を追いかけてここにやって来た時は、少なくともこの身体を取り巻くような重苦しい空気は感じられなかったはずだ。
長き平和の末に、いつか役目をも忘れてしまった監視者の葉末のように、私たちが作り出した平和の中でいつしか諸悪に対する警戒は薄れ、ついには消えてしまうだろう。その為にも、早めに手を打たねばならなかった。近い未来、この邪神は復活する――イレブンがこの世界に生まれ落ちた意味を、私はそのように捉えていた。だが、イゴルタプさまから力を引き出してもらったとはいえ、今の私たちに邪神とやり合う力は無い。ならばせめて、イレブンたちがいつか邪神に太刀打ちできるほどの力を得るまでの時間稼ぎをせねばならない。

大杖の先に魔力を充填し、やわらかい砂を掻き分けながら円を二つ、その円の間に六芒星をひとつ。それらの隙間に精霊を呼び出す詠唱式を敷き詰め、さらに闇の力を封じる術を込める。私は賢者セニカほどの魔力は持ち合わせていないのだが、その分はこの魔法陣を描くことで補うことができよう。この場に居る全員の魔力を合わせられれば、より強い封印結界を作るのも難しいことではない。

「これは……?」
「クレイモラン王国にある魔法使いの名門、クリンク家に代々伝わる封印術式です」

つまるところ、私が先代から継承した封印術であるということだ。古代の叡智を守るため、クレイモランで発達した封印術。それを受け継がれるのは本来ならば彼の身内であるのだが、先代は子を設けられなかった。だからこそ私に授けたのだろう。彼の一族としてはあまり望ましいことではないのかもしれないが、結果としてそれが今こうして功を奏している。きっと先代も遠い空の上で喜んでくれているに違いない。

「先代の意思も受け継がれているのだな」

グレイグさまの言葉に、深く頷いた。私が生を受け、故郷を滅ぼされたことも、ウルノーガに連れられてデルカダール城へとやって来たことも、大樹の力を享受できる存在として魔法の扱いに長けており、先代の魔術を受け継ぐことができたことも、きっとあの時から全て運命の巡り合わせだったのだ。ずっと完成することのないだろうと思っていたパズルは、いつの間にか一枚絵に近づいていた。あともう少し、イレブンたちと共にいつか邪神を討伐し、世界に久遠の平和が訪れたら、きっと最後の1ピースがパチリと嵌るだろう。そうすれば、私がこの世界に生まれ落ちた意味を描いた大層な冒険譚は漸く完成を迎えてくれるはず。

だが、いざ邪神を目の前にすれば、あれだけ自身に満ち溢れていたはずの心にどんよりと影が落ちた。この周囲を取り巻く闇の力がそうさせているのだろうか。もし封印に失敗して邪神が蘇ってしまったら、漸くここまで来たというのに、世界が破滅を迎えてしまったら。そんなネガティヴな考えが頭をよぎる。それを振り払うように魔力を集中させるも、魔法陣へと伸ばした手は無意識のうちに小さく震えていた。このままではダメだ、一旦間を置こうとその手を引きかけたとき、視界の横から腕が飛び込んできて私の手首をがっしりと掴んだ。ゆっくりとその腕の主を見やれば、そこにはすっかり見慣れた栗色の髪があって。

「名前、僕たちを信じて」
「……ありがとう」

この人はどの世界でも私を支えてくれているのだなと、つくづくそう思った。いつからか――ああきっと、イレブンが私にこの力を授けてくれた時から、私はずっとイレブンに心救われていたのだ。そう思えるなり、なんだか強張っていた身体が解れたような気がした。心を落ち着かせるために深く深呼吸をすれば、魔法陣に静かに手をあてた。そして、同じように皆に魔法陣に手を添えるよう指示を出す。

「大いなる大樹の聖龍よ、四大精霊よ、混沌なる時空の狭間より生まれし悪しき魂を、永劫の彼方へと封じ込めたまえ」

大量の魔力に反応した陣は、蜘蛛の巣のように複雑に絡み合った結界を生み出した。巨体を封じ込めるほど陣を宙に浮かせ、勇者の星を目がけて上昇させる。私が作り出した封印に、闇の力が反発した所為か、バクラバ砂丘には激しい砂嵐が吹き荒れる。砂が入り込まぬように目を細めながら必死に、セニカさまの結界から漏れ出す邪神の魔力に対抗し続ければ、ようやくあたりは落ち着きを見せた。あれほど酷かった嵐も止み、闇に覆われていた空は、今は雲一つ存在しない。燦々と降り注ぐ太陽が、黄金色の地面に反射して露出した肌を焼く。ひとまず、邪神の封印は成功したようだった。それでも相変わらず勇者の星は禍々しいままで。

「なんとか、封じ込められたみたいね」
「ええ。ですが、セニカさまの結界をも破らんとするほど強大なチカラは、私のような凡人の結界で抑えられるようなものではありません」
「それはどういうことだ、名前」
「えっ、名前ちゃんそれってどういう意味?封印は成功したんじゃないの?」

グレイグさまとシルビアが驚いたように声を上げる。確かに封印は成功したが、この封印は永続的なものではない。邪神ニズゼルファの闇の力は、この世界の創造主をも凌駕する。いくら神の民の力までもを借りて編み出した結界とはいえ、永久的なものではない。かつてセニカさまが生み出した結界が破られかけているのだから、彼女ほどの力を持たない私の結界など高が知れている。

「恐らくこの結界の効力は一時的なものに過ぎません、ニズゼルファはこの世界を創った聖龍のチカラを持ってしても太刀打ちできるものではなかった……だからこそこの世界に勇者を誕生させました。イレブンは邪神を消滅させるために遣わされた勇者、ならばいつかきっと永きに渡った光と闇の因縁を断ち切るべき時がやって来る」

イレブンと相対した悪はウルノーガではなくニズゼルファであろう。かつて邪神に打ち勝った勇者ローシュのように、同じ勇者であるイレブンもその道を辿るのだろう。祖国を失い、肉親を失い、それでも邪神と闘うことが定められているなど、大樹は彼になんと過酷な運命をお与えになったのかと嘆きたくもなるが、イレブンはそれでもただ真っ直ぐに未来を見つめている。偽物の私は、結局は彼には敵わないのだとひしひしと感じてしまう。

「僕はまだ旅を続けようと思う。神の民たちを空に送り届けたら、先代勇者の軌跡を追って、邪神に太刀打ちできるほど強くなってみせるよ」
「うん、私もその時までに腕を磨いておくよ。この力を上手く扱う修行もしなくちゃいけないから」

イレブンの前に手を伸ばせば、それは力強く握り締められた。各々が私たちに別れの挨拶を済ませれば、ひとりまたひとりとケトスの背に乗り込んだ。最後に砂漠に残ったのは、姫さまとグレイグさま、そして私のみ。皆が消えて行った空を見上げていた姫さまがこちらを振り返り、そうしてグレイグさまの顔をジッと覗き込む。

「グレイグ、城に帰ったら修行に付き合ってくれる?」
「姫さま!それはなりませんぞ。邪神討伐に関してはこのグレイグがお受け致します」

慌てたグレイグさまが声を張り上げれば、姫さまはうんざりしたような顔をして私の肩をポンとたたいた。

「ホント分からず屋なんだから、名前からも何か言ってやってちょうだい」
「姫さまはデルカダールの王女である以前にイレブンたちにとって、そして私にとっても大切な仲間です。どうか姫さまの意思も尊重してくださいませ……しかし姫さまもあまり王に御辛労をかけさせませぬよう」
「解っているわよ。はあ……まずはお父さまを説得しなければならないわね」

そう言う声はどこか弾んでいるようだった。きっと王を説き伏せる自信がおありなのだろう。それほどまでに強い意志を持っておられるということは、かつて姫さまと共に旅を続けてきた私にはよく分かっている。姫さまが、去り行く仲間の元へお見送りに向かえば、いよいよ私とグレイグさまはその場に取り残された。

「……名前」
「恨めしい目で見ないでください。もしもの時は私が全身全霊を賭けて姫さまをお守りします。グレイグさまもそうでしょう?」
「そう……だな」

いずれ邪神を倒すときには、マルティナ姫のお力は大きな要となる。ならば私たちは、姫さまが邪神討伐へ向かうことを禁じるのではなく、姫さまの身を守る為に共に戦うべきだ。勿論、マルティナ姫の御身を心配する気持ちは痛いほど解っている。デルカダール王のたったひとりの御息女を、何があっても失うわけにはいかない。だが、彼女の力を借りねば邪神は倒せまい。何より、姫さまは己を差し置いてイレブンたちが邪神討伐に向かうことを許しはしないだろう。私たちが姫さまをお守りしたいように、姫さまにも守りたい人たちがいるのだから。

「ところで、今日は大事を取って城に泊まって行くか?」
「いえ、帰ります。城下町でパンを買ってこいと頼まれているもので」
「そうか」

誰に頼まれたのか、名前は出すことはなかったが、グレイグさまはどこか寂しそうに微笑んだ。もう、デルカダールでその名を耳にすることはない。天才軍師と謳われた彼は、魔王軍との戦いで犠牲となった。骨の一本も残さないままこの世界から消えてしまったのだ。機密を知る者は、勇者一行、グレイグさま、デルカダール王、そして私しか居ない。

「グレイグ、名前!そろそろお城に戻るわよ!」

見送りを終えたマルティナ姫が此方へと駆けてくる姿が見えた。私もグレイグさまも、あまり良い表情をしていなかったものだから、姫さまは心配そうにこちらを覗き込んだ。慌てて何でも無いと言えば不思議そうな顔をされたが、特に深く追求されることもなかった。取り出したキメラのつばさを天に掲げれば、私たち三人の身体はふわりと宙に浮いた。
これで良かったのだと、そう思った。本来ならば、この場にはもう一人の将軍が立っていたかもしれない。だが、まるでそんな人物が居るということを想起させないようなこの雰囲気。それが彼が犯した罪の重さなのだ。遠くに消え行く砂で覆われた広大な大地を振り返りながら、目を細めた。勇者の星は、相変わらず憎らしく、鈍く輝いている。