小咄 | ナノ
ロナードが部屋に入ってきた。
直に視界や聴覚にとらえた訳ではないけど、なんとなく分かる。うーん、一体なんなんだろうな。これが直感、というやつなのかもしれない。あるいは、愛、とか、いうやつ。なんだかくすぐったい。
ロナードはソファに沈み込んでる俺に背後から近付いて、何をしているんだ、と言った。緩慢な動きで斜め右上に首を捻り、そうして視界に入ってきたのは少し眉を寄せた不思議そうな表情のロナード。ああ。俺は言った。
氷を見てたんだ。
ソファの前にはベージュのクロスがかけられた、シンプルなローテーブル。の、上には透明なグラスがひとつ。の、中には氷がふたつ。もとはアイスティーが入ってたけど、俺が先程飲んでしまった。グラスの表面には水滴がぽつぽつと浮かび上がりはじめていて、ああ、となると、俺は結構長い間ここで氷を見つめていたことになる。
ロナードは眉間のしわをより深くする。うん。言いたいことは分かってる。氷なんか見つめて何が面白いんだ、とかなんとか、そういった類の質問だよな。んん、そうだな…あ、別に面白かったり興味深かったりするわけじゃないんだ。そこまでテツガクが出来るような性格でもない。ただ、何て言うのかな。羨ましくなったんだ。
ロナードはますます、不可解だ、って顔をする。眉間のしわが大変なことになってるぞ。くすくすと笑えば、こつんと頭を小突かれた。はは。だってさ。だってさ。氷ってすごいんだ。俺、羨ましいんだよ。何故、とロナードが質問した。だって、溶けてひとつになれるからさ。俺は笑いながら言った。
一呼吸置いて、そうだな、ってロナードが言った。
叶わぬことではありますが。