聖カタリナの冷たき楔は





翌日、アレンに食糧と包帯を届け、ユウの見舞いに行き。
その更に翌日にはユウの怪我が大分完治に近付いていることを確認した。
「明日には治りそうだね」
「うぜえから毎日来るんじゃねえよ、モヤシ見てろ」
「やーんそんなにアレンが心配?」ゴフゥ、ナグラレマーシター。
みたいなね。そんな会話しかなかったけどね。
教会の隣にあるふれあい公園で神父さまと二人、走り回る子供たちを眺める。教会への寄付でできたこじんまりとしたそこには遊具らしき遊具はあまりないが、神父さまの手で整えられた花壇はいつ見てもかわいらしい。
「マテールの件が片付いたら戻られるのですね」
「神父さまには関係ない話だけどねー」
つーか教団にしか関係のない話だ。
「しかし、明日には治るなどと……いくらなんでも」
「うっふっふー。明日になればわかりますわよ」
「だからなんなんですかその言葉遣いは。気色悪いですよ」
「私の周りの敬語キャラって何でこう毒舌なのかな……」
おお神よ、私には敬語キャラを毒舌に教化してしまう才能でもあるのでしょうか。いらねーよ。
「ともあれ、明日には出て行きますゆえな。お世話になりもーした」
「もう一回言いますけど口調が気持ち悪いです。……まあ、今度こそちゃんと予告して出て行ってくれるのなら、問題はありませんが」
「どうもすいませんでした」
「素直に謝罪できるくらいには成長なされましたか。良かったです」
本格的に辛辣キャラに転向するつもりらしい。駆け寄る子供たちの面倒を見ているのを見る限りでは、そうと思えないところがミソですね。
南イタリアの港町、はずれにある穏やかな光景。私には無縁の暖かいもの。
「おお神よ、おなかがすきました」
「あなたそう言っておけばいいと思ってるでしょう……」
私は立ち上がり、伸びをした。さて、今日も食糧をゲットしてアレンに届けるか。子供の一人がボールをぶつけてきやがったので、全力で投げ返してやりました。神父さまの雷が落ちました。げふっ。

ララの歌はまだ止まらない。それでも、声はわずかに弱くなってきているようだ。マテールに耳だけ置いてきたので、サラントに居ながらアレンを見張ることもできる。空腹をこじらせてトマを襲ったりしないように。いや、冗談ですって。
アレンはあの階段に蹲ったまま動かない。食事を届けると勢いよく口にはするのだが、それだけだ。
「カンダはどうでしたか」
「もうすぐ治るんじゃない?明日か明後日には戻ってくるよ」
「アンタ何言ってるんですか、全治五ヶ月なのに。まあいいや、よくよく考えたらノエルは信用できないですね」
「さらっと毒を吐くのはもう聖職者の特権なのか?おい」
私が何をしたっていうんだ。思い当たる節が割と多いので自主閉口しておく。隣に腰掛け、アレンに寄りかかった。
「重い」
「眠いんだよ」
「答えになってません」
「だって眠いんだもん。アレンも寝よーよ」
全くもう、とため息が頭上で落ちる。だってあなた私が居ないと寝ないじゃないの。ララの尽きる瞬間を聞き漏らすまいとしているみたいだ。私とは逆。
歌は僅かに綻び始めているように聞こえた。旋律にほんの僅かながら乱れがある。綺麗だけど、ゆっくりと歪んでいく。そういうところはヒトと何も変わらない。私とは違いますねぇよかったですねぇ。永遠の若さとか命とか、そういうアレですわねふんふん。よくわかんねーや。
人が死ぬ瞬間ってなんだか、とっても……アレなきもちになりますでしょう?例えるならそう、食事中の皿を無理やり取下げられて、子どもたちがまだ食べてるでしょうがぁ!!みたいなね。アレですわ。あんな、如何ともし難い、筆舌に尽くし難い気持ちにさせられますの。もしかしたらアレを悲しみと、人は呼ぶのかしら。
「でもさぁ……ソレって、ジコチュー?ちゅっちゅよねーちゅー」
「離せコラ」
「でもそのぽっかり感?味わえるうちがハナだよねぇちゅっちゅっちゅー。感じなくなったらたぶんおしまいなんだろーなぁ」
「何言ってんだかわかりませんし触らないでくださいどっか行け」
「いやぁんどこ触ってるのぉ!」
「僕微動だにしてないでしょうが誤解を招く発言やめてくださいマジでどっか行け!!」
アレンくん最近バイオレンスねぇ。そういうとこ、クロスさまに似てきた気がするよ。いい傾向だねー。
私はぐったりと、全身から力を抜いた。重い重いとは言いつつも、アレンは決して私を振り払わない。この子はそういう子なんだよ、可愛いでしょう?ともすれば愛す可き、そう思うでしょう?眠りに落つ直前、アレンが微かにみじろいだ気がした。愛という言葉を、無意識に嫌がるみたいに。

翌日、やはりユウはさっぱり快復した。傷跡は綺麗に消えてしまっている。マテールに先行する彼を見送り、私は神父さまに初めての別れの挨拶をしようと教会に向かった。天気が妙に悪い。空は灰色で、黒い雲が下の方に溜まっている。海は荒れてんだろーなァと思いつつ、教会はやはりアポなしでオーケーと世界基準で決まっているので、遠慮なく両開きのドアの右方を開け放った。
すると。
赤。入ってすぐのところに人間の腕が転がっていたので、私は何気なくそれを拾い、教会の入り口を閉めた。結構重いデース。あれだよな、人間の腕ってやっぱ重いと5,6キログラム程度になるもんなー。足じゃなかったことに感謝しつつ、礼拝堂の中央を進んだ。
その先には、神さまが居るはずだった。けれども神父さまを踏みつける足は、神ではなくアクマのもの。レベル2が、3体居る。
「あれぇー?エクソシストが来るんじゃなかったのかよーおいおい神父さまぁ」
「神父殺していい?殺してイイ?ゴロジデイイ?」
「いやいやオレが殺すっ殺すっ」
「だめよ、殺さないで。可哀想でしょう、死ぬのって結構痛いのよ」
とりあえず制止して、腕を息も絶え絶えといった様子の神父さまに向けて放る。あらーあんなに綺麗なお顔でしたのにさんざんですわね。ぐったりとはしていても私の存在を理解し、「逃げて」と忙しくつぶやいている。でも生きていて重畳、十全も十全ですわ。
神は神の者を知りたもう。けれど、あなたはすでに神のものですものねファーック。
「お前何者だよぉー。連れて帰ったら伯爵様喜ぶぅ?」
「うーん、レア度でいったらワンオフ品だしそれなりだと思うけどー、でもほらこの世界は誰もがオンリーワンですからねェ。そんなわけで、別に喜びはしないんじゃね?」
「フーン、じゃあいいやぁー、死ね死ね光線んー」
どぷんと水に沈んだときみたいな音がして、血の臭いのするレーザーみたいなものが放たれる。それは一直線に伸び、無遠慮に私を引き裂いた。肉の焼け焦げる音とともに、下半身が吹き飛ばされる。いやん。体が地面に投げ出される刹那、神父さまの叫び声が聞こえた気がした。
ガメオベラ。まあそれでも良かったんだけどさ、もうちっとだけ続くんじゃ。私の、×生。
「ちょっ、子宮出てる出てる」
映像がアカンやつだったので見せられないよタグを貼っつけながら、数メートル先の下半身に向かって這う。よいしょ、よいしょ、えいやっと。上半身の、下端を下半身に押し付ける。ふっかっつー、たらららったらー。
「お前……」
アクマがじぃぃっとこっちを見ている。いやん、服が破けたわ。まあそこら辺はイノセンスのふんふふーんで解決しちゃうんですけどね。アレンの腕のとこの服が破けないのと同じ理屈です。ツッコミは受け付けぬ。
「お前、エクソシストじゃねーかぁ!」
「そんなことないーよ」
「おめーの血からイノセンスの臭いがすんだよ!くせえくせえー!」
「はげど」
アクマが手をぶんぶん振り回してがなるけれど、でもほら、イノセンスが嫌がってる。アクマのすぐ傍に在ることに。そんなわけで、とりあえず服の修繕からですわね。
「獅子座のアナタ、今月は運勢超最悪。特に仕事運マイナス5!ラッキーパーソンは神に仕える人だよん」
神経をぴしりぴしりと一つずつ繋げる。痛みが快感に変わる瞬間、私は何より愛してる!嘘ですん。全部全部嘘ですん。
「ちなみに、散らばった血には要注意。血ってのは血管をまわりまわって、いろんなところに神の禊を届けますからねェ」
さあ刺され。突き刺され。全部壊しちゃえ。ぐちゅんぐちゅんと下半身との結合部は卑猥な音を垂れ流し、表面の皮膚が欠損部分を補った。激痛が私を襲う。痛みの瞬間、ふっと意識が飛びそうになる感覚がドウシヨウもなく気持ちいい。あああ生きてるっわたし!生きてるのよ!素晴らしき哉、×生!ク×ッ×レ!!
アクマがけたたましい悲鳴とともに死んでいく。破裂音がやかましい。ああもう、死ぬなら静かに死ねばいいのよ。
真っ黒な血が舞って、床を汚した。綺麗だなぁ。神父さまには毒なので、一応上に落ちないよう気は使ったんだけど大丈夫か。
「しーんーぷさまっ」
呼びかけながら彼に近づき、傍らに立った。見下ろす彼の長い金髪は血で固まり真っ黒だ。跪いて、そっと頬に触れてみる。殴られたかどうかしたらしい其処は赤く腫れ上がり、とても熱い。水みたいな体温の私には、少しこわいほど。熱いのは好きじゃ、ないなぁ。
「……ずび……ば、せ……私は……あなだを……っ」
「売った?」
続く言葉を継いで、尋ねる。私の手のひらの下で彼は痙攣し、ごぼりと血を噴く。鮮やかで、綺麗だ。
「ブローカーだったんだよね?だってほら、あの公園もさぁ、おかしいじゃない。こんなちっさい、教団の威光が殆ど届かないくらいの教会に、公園を作れるほど寄付が集まるはずないよなぁ……」
「……知って、いだ……んです、か……」
「っていうかね、あなたがブローカーなのなんて、もう二年前から知ってたさ」
当たり前じゃないかそんなこと。私の目の当たらない場所なんてないもの。あなたのしていることなんて知っていたさ。
「ここがマテールから一番近い街……探索部隊はこの街に滞在したはずだよねぇ。で、それを神父さまは伯爵ちゃんにチクっちゃったんでしょ?アクマの動きが素早すぎるし。で、エクソシストが居ること言ったら、レベル2ばっか来ちゃったんだねェ」
悲しいね。私はあなたがブローカーになっちゃった理由までは知らないけど。優しいあなたのことだから、きっと人間は売らなかったでしょう。きっと、黒の教団だけを……売り続けてきたんでしょう。
「さて、んじゃ病院に連れてったげっさ。立て……なさそうねぇ、いいや腕貸すよ」
「また……汚れ、ますよ……」
「別にいいわよそんなん。なんだったら皮膚全部裏返して着るわ」
そんで小腸まき散らしながら歩くわ。そうすればそれ以上、汚れることもないでしょう。汚れるくらいなら世界を汚せばいいのでしょう。上着を裂いて、彼のもがれた腕の肩を縛る。それから彼を背負って、立ち上がった。
「神父さまかるぅいねぇ。良いことですわ」
「……言葉遣い、きぼちわる、」
「うるせー。いいから急がねば」
あなたは多分死ぬもんね。
私の周りに居る人間って、なぜか殺しても殺しても死んでくれない人が多かったりするんですけど、あなたは死んでしまいそうだわ。まあ試しに殺してみてもいいんだけど、死なれたらイヤだし。病院に運ぶ途中、少し離した。彼は終始、教団は悪魔の巣窟だと呟いていた。離れなさいと。あなたはあそこに居てはならないのだと。
「でもね神父さま、私はあそこに居なくてはならないのよ」
ある種縛られてしまっているんでね。苦笑いを一つ落として、彼を病院に運び込んだ。肌の浅黒いドクターは、私が二度も重体患者を運び込んだものだからとんでもなく怪訝な顔で見ていたが、いや私のせいじゃないし。と教団の名刺を渡しておいた。トマにもらったアレである。金なんざ有り余ってんだから神父さま一人くらい救ってくれたっていいだろという独断ですウフフ。
「さて、そんじゃ急ぐかなっと」
薄手のコートは先ほど裂いたし、シャツも血が固まってパキパキ音を立てている。がまぁ、アレンもユウたんもそういうこと気にするタイプじゃないし、最悪トマかアレンを剥げばいいや。ユウは快くは貸してくれないだろうなぁ。
取り出したる装飾ナイフを腕に宛てがい一気にひく。血が垂れる前に、霧に変化した。さぁて、マテールに行かねば。風に揺られて微かな歌声らしきものが響く。初日に比べてかなりスローテンポで、オルゴールの最期を思わせた。ゼンマイの、回り切る直前みたいな。私は飛んだ。その声を頼って。
飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで、回って回ってまわっ……、いえ、なんでもありません……。
「……むぅ」
マテールに差し掛かった瞬間だった。風が止んで音が、途切れた。一番高いところに降り立って周囲を見回しつつ、アレンを探す。と、眼下、建物の影に彼を見つけた。ララらしきものを抱えて、地面に膝をついている。
飛び降りて、彼の近くまで落ちた。イノセンスの気配ばっかり強くてめまいがした。やぁんもう、これだから原石は。砕いて海に捨ててもいいかしら、ねぇ。
すでにかなり近くまで来ている私には気づかないアレンが、つぶやく。
「それでも、僕は……」
誰かを救える“破壊者”になりたいです。
……だってさ。ああんもう、可愛い子ねぇアレンったら。
「アーレンっ」
「ぅわっ!?あ、ノエル……」
ぎゅうと抱きつき、肩越しに笑う。
いつか私を救ってね。言葉は誰にも届きませんようにと祈りながら、私は静かに顔を伏せた。破壊を夢見て、眠るかのように。






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