聖ベガが侮蔑する夜







眠りというものは、人間が要する行為のなかで最も甘美なものではなかろうか。
最近文字の勉強のために読んだ本の内容がふと頭でよみがえった。
寝返りを打ったつもりがそこにはベッドがなくて、どしゃり。目を開けたら、赤と黒が半分ずつ。
あ、これ床だわ。あと赤いのは血だわ。
「はなぢ……」
放っておくと床が汚れるうえに体積が減ってしまうので、右手の指先に歯を立てる。じくりと脈打つ小さな傷口を作って、地面の血溜まりに押し当てた。
じゅるるるる、指で血を吸い上げる。それから鼻に手を押し当てて、はい修理。
「かがみ、かがみ」
綺麗に直ってるかわからない。洗面台で確認すると、右にずれている気がした。えい、と強く押して直す。うんオッケー。
ふう。ベッドに再度落ちた。まだ少し暖かいそこが、とても心地良い。時計をちらりと見る。夜はとうに明けている。
そろそろ起きないとアレンくんあたりが怒る。床に転がった服を拾い上げ、すぐそばの椅子に放り、欠伸を二つほど挟んで再度洗面所に向かった。
顔を洗って、寝癖を直す。さっきとやってることは変わんない。適当なところで切り上げて下着と服を身に着けた。
「はあーあ、まだ眠い……」
化粧はすきだ。絵を描くのに似ている。とくに、塗り絵にそっくりだ。
この二年で教わった技術―というほどのことでもないが―で5分程度の化粧を済ませると、私はようやく部屋を出ることにする。
部屋も寒かったけれど、廊下はもっと寒い。
ぶるりと肌が粟立つのを感じながら鍵を閉め、急いで食堂へ向かうことにした。






食堂は白い色でにぎわっていた。我ながら意味わからん、とにかく探索部隊でいっぱいだということが言いたかった。
見知った顔は、あまりない。二年もあれば、それだけ死ぬということだ。シャキーン。おなかすいた。昨夜は結局食堂がもう閉まってて食事どころじゃなかったんだよォ!!世を儚みそうになったわ!!
ジェリーのところに行って、顔を出す。と、懐かしい声が耳をつらぬいた。
「キッチンに入るんじゃねええええ!!」
「ぎゃふっ」
フライパン飛来。とっさに顔を伏せたので、フライパンが激突したのは頭だった。セーフセーフ……。
フライパンを返却すると、ジェリーはようやくまともに話をする体勢になってくれた。
「ノエルおかえりなっさーい。アンタがキッチンに入ったらねじり殺すから覚悟なさぁい」
「おひさですミスバイオレンス……おなかすいたから来ただけなのにぃ……」
「あら、そりゃー悪かったわねー。キッチンをケチャップまみれにしたときのことが忘れらんないもんで。注文をどーぞ」
「じぇ、ジェリー、なんか怒ってる?」
そう聞くと、サングラスの向こうでカッと目が見開かれたのがわかる。ぎゃー。
またフライパン飛来。というか、私の頭の上で上下運動を繰り広げている。がんがんがんがーん。
「あんたはっそうやってっへいぜんとっ!!怒ってるに決まってんでしょこのバカッ!!」
「ごべんばばいいー!」
「まったく、もう!心配ばっかりさせてこの放蕩娘!!」
たっぷり12回は殴った後で、ジェリーは手を止める。そして私も、顔を上げた。じっと見下ろす目が、どこか暖かい。
「ったく……それで、何食べるの。何でも作るから、言いなさい」
「ありがと……えーと、じゃあ、カルボナーラとビーフシチューとサラダと温野菜サラダとフランスパン」
「結構食べるわね!?あんなに小食だったのに!……ま、いいわ。待ってなさい」
その声に頷いて、席を探す。どこでもいいけど強いていうならユウたんの隣がいいです。ユウたんどこだユウたん。確保しておかないと、彼は食べるのが早い。この時間にはもう居ると思うのだが。
白い服の中で、エクソシストは目立つ。遠くのほうに、真っ黒ないとしいひとが見えた。ので。

「後ろでメソメソ死んだ奴らの追悼されちゃメシがまずくなんだよ」
「何だその言い草は……ッ!!」
「俺たちはお前らエクソシストを死ぬ気でサポートしてやってるのにッ……それをッ……」
大男が振りかぶる。殴りかかろうと、拳を掲げて。
その横を通り過ぎて、私はただいとしいあなたに縋りついた。
「ユッウー!!おはようそしておはよう今日も好きですー!!」
「ゴフッ」
「うぐっ……何しやがるてめえ!!!」
私が突っ込んだことで探索部隊の大男が弾かれ、後ろにひっくり返った。ユウたんは一応耐えたのに、情けない男ねえ!ふん!と思ってたらユウに殴られましたはい。
「ああん……これも多分愛!」
「死ねよお前もう……」
再会二日目にして既に辟易とした顔をされているわけだがこれが世知辛さというやつだろうか。ノエルわかんない。
うぐぐぐ、と唸り声を上げて立ち上がろうとする男を一瞥すると、意外にも見覚えがあった。
「バズじゃん」
「お前……ノエル……!生きてたのか!!?」
「ありゃま、昨日はすでに寝ちゃってた感じかしら?昨日帰還したのでござい」
「いや……昨日は……任務上がりで……」
と、バズの顔がくしゃりと歪んだ。そして、ゆっくりと、
「ルイズのヤツが……昨日、死んで……」
「……あんれまあ」
ルイズってあの、細身の。あんまり記憶にねえなあ、一回圧縮してるからかなあ。しっかしそれでこの御通夜空気か。ドンマイ超ドンマイ。
されど死は救いである。アクマにさえならないのなら魂は二度と侵されず、冒されず、犯されない。死ぬ者は幸いである、神は神の者を知りたもう。
「死にたくなくて、アクマになりたくないんなら、多分閉じこもるくらいしか方法がないのよ。それを選ばなかったなら、人はやはり死ぬのよね」
神は神の者を知りたもう。
神は神の者を知りたもう。
神は神の者を知りたもう。
「それが辛いんだったら、死んじゃえばいいんじゃないかしらん」
人は死者を悼むという。人は死者を悼む。なぜ?バズが顔を歪めて後ずさりながら、私を見下ろしている。
死んだ彼は救われている、なぜ悼む?なぜ?クロスさまはこの問いには答えてくれませんでしたの。ですから私、その答えは存じませんの。
ご不満でしたらあなたのソレで、模範解答をナカに叩き込んで頂戴な。そしたら、その通りの答えをするから。私はそういうイキモノ。カナの使い方が卑猥だと思うならそれはアナたの頭の方でしてよ。
「ノエル」
ふと隣を見ると、見慣れた白髪が。
ぐっと眉根を寄せ、私を睨みつけていた。
「アレンおっはー、やぁん何怒ってるのー」
「怒るに決まってるでしょう……カンダもですが、言い方が最低ですしあなたは特に内容も最低です」
「うっふふふふ、今日も可愛いなあアレンは。キミのそういうところ、私ダイスキよ」
ぎゅっと抱きつくとアレンの体が強張り、嫌がった。こういうときですら左手を使えないキミは本当に可愛いね。
「離して下さい!」きゃんっ。
「ぐっ……てめぇモヤシ、こっちに押し付けてんじゃねえよ!」
「モヤッ……アレンです!」
「はっ……一ヶ月でくたばらなかったら覚えてやるよ。ここじゃあパタパタ死んでくヤツが多いからな、そいつらみたいに」
嘲笑うユウにアレンがむっと顔をしかめた。
「だからそういう言い方はないでしょ」
「早死にするぜお前……キライなタイプだ」
「そりゃどうも」
いやん、見詰め合うととてもステキね濡れちゃいそう。にらみ合うのって、燃えるわ。男の喧嘩って何でこう絵になるのかなあ。女の喧嘩はどうしたってコメディかホラーなんですもの。ヤる気も起きないわ。
「あ、いたいた!」
ふと顔を上げると、丁度曲がり角から人が現れる。目が合ったそれはリーバー班長で。その隣のリナリーはもう目を逸らさない。それは少し暖かい。
「アレン、神田、ノエル!任務だ、10分でメシ食って司令室な!」
ああん、帰還一日で任務か。ひさびさの本部だったのに。書類を抱え忙しそうに去る彼らを見送った。
ま、ま、そんなことより朝ごはんだー!
食べ終えたユウが付き合ってらんねぇと言わんばかりにソバの容器を持って立ち上がる。この寒いのに冷たいおソバばっかりで風邪ひいちゃ……わないわね、ナントカは風邪ひかないっていうもの。
やだ、ユウのことは愛しているわよ?でもそれとこれとは話が違うんじゃないかと思うんですの。愛情とは相手への全面的な許容とは本質が違うってこの間読んだお話にも書いてありましたもの。愛していればこそ相手をあるがまま認めなければね。
まだ私に若干の怒りを向けているアレンを連れ立って、ジェリーのところに戻る。どんな魔法を用いているのかは知らないが、既に何品かは出来上がっていた。ご都合主義、という言葉が頭をよぎる。まあ気にしない気にしない。
「さっきの、どういう意味なんです」
「ふふん?」
もっきゅもっきゅとフランスパンを口に詰め込む私に、同じくミートパイを口に叩き込んでいるアレンが器用に話しかけた。
「むー……どういう意味、とは」
私と同じくアレンも学が無い。同じくらい壊滅的。ただ、私は矯正されているぶんちょっとマシ。そしてアレンはもとが真面目なぶんちょっとマシ。どっちがマシかはワカンネ。興味もねえし。
「死ねばいいって言ってるようにしか聞こえませんでした」
「だってそう言ったし」
「あなたはときどき本当にひどい」
「だってさーだってさーあ?」
ビーフシチューまじおいしい。天動説が罷り通ってもきっと地球を救う。
「戦争には覚悟が居るやん?覚悟するのって辛いやん?でそれがいやなら戦わないしかないやん?ご飯まじおいしいやん?」
「……あなたはいつになったら真面目に会話してくれるんですか」
「死ぬのが怖いのだとして死ぬ以外でそれから逃れることはできないって話よ」
絶望が怖ければ絶望しろ。恐怖が怖ければ恐怖しろ。それ以外でどうして救われる?神は神の者を知りたもう。神は我らを見捨てたりはしないのだーアーッハッハッハァ!
「そうやって死んで、アクマが増えるんですよ」
「そしてあなたたちが壊す。魂の救済を」アーメン。はい循環。
総量的な意味で、私のほうが食べ終わるのは早いはずだったが、そこはさすがに胃袋のサイズってもんが邪魔をした。
私は二人分、アレンは十人強。ううーん勝てないわぁ。
いや待って、アレンも二人じゃなかった?けどそれはイノセンスとはまた違った関係性……うーん。
思考のドツボにはまってみつつアレンのみたらしを一本奪い取って、司令室に向かうため立ち上がる。食い物の恨みとがなる声は謀殺、叩き潰した。








ようやっと怒りの解け始めたアレンを伴いコムイ室長の司令室に向かう。と、丁度現れたユウと鉢合わせる。
さっきのことが原因かユウがアレンを睨み、アレンも苛立ちをもう隠さない。
あーあ本質的には仲良くなれそうなのになあ、と若干原因の私はふふふと苦笑いしました、まる。ユウの冷たい目線がちょっと心地いいね!
「お、来たな。おら起きてください室長ー」
ずごごごごと寝ているコムイ室長を班長が揺さぶる。も、まあ起きるはずがないのは周知の事実である。
あっ、班長が室長を殴った。せっかくだから殴っとこうみたいな、つまり謀反か。戦じゃー陣触れじゃー。
それでも起きなきゃ最後の手段だ、さぁてみなさんご一緒にー。
「リナリーが結婚するってさー」
「リナリーが前々からこっそり付き合ってた線の細い美少年系探索部隊と駆け落ちしてイギリスの片田舎で赤レンガの小さな家で少し古ぼけた暖炉の前のロッキングチェアに座り穏やかな日々の中でおなかの赤ちゃんをつつましく育て幸せなファミリーを築くんだってさー」
「イヤァァァッァァァァァァアアァァァァアアアア!!!!」
コムイ室長が悲鳴と共に起き上がる。あっはっはたーのしい。リナリーが今度こそ深いため息とともに頭を抱えているが、そんな姿も可愛いから別にいっか。
「ハッ……ノエルちゃんの嘘か……!!」
「おお、あまりに悪質過ぎてついに気付くようになったか……」
「なんだってー。つまんないなー翻弄されて頂戴よ」
汚い机を一瞥し、ソファの肘掛に腰掛ける。室長のシスコンっぷりにか私の可愛いイタズラにかあきれ返って呆けているアレンに座るように促した。
ユウとアレンが腰を下ろしたところで、ようやくコムイ室長が復帰する。髪を若干整え、帽子をかぶりなおしたらさっきまでの典型的ダメ男空気があっさり消えた。印象って大事よねー。操作するのも簡単だし。プロパガンダを身に纏い、彼が地図を引きおろす。……プロパガンダは違うか、違うな。い、言ってみたかっただけよぅ、うっふふふ。
「……さて、時間が無いのであらすじを聞いたらすぐ出発してね。詳しい内容は今渡す資料を行きながら読んで」
リナリーが私にも資料を渡してくれるが、若干ヨレている。あっこれ怒っとる。やべえ怒らせちった。
しかし、今ここに居る人間に資料が渡ったということは。
「エクソシストは今回二人コンビね」
ゲッ、と二人の声が、言わなくても伝わった。あぁん、アレンがこんなに嫌悪を率直に示すなんて珍しいわねぇ。そんなに合わないのか。あっはっは面白い。
「ナニナニもう仲悪くなったのキミ達」
「やぁねえ困っちゃうわぁ」
「絶対ノエルちゃん原因でしょ?」
「うふふふー、困っちゃうわね、ふふふ」
嘘吐け、と今度は室長が頭を抱える。ううむ、どうやら私に関わった人間はみんな頭を抱える運命にあるらしい。ユウたんリナリー室長と、あらあ今日だけで三人も。
「えー、話が逸れたけど。今回は南イタリアだ、イノセンスが発見されたがアクマに奪われる危険がある。早急に向かい敵を破壊、イノセンスを保護してくれ」
「……南イタリアか」
ぼそりとユウが呟いた。うっふふふふ、そうね思い出の地だわね。
「ああ、前にその近くに行ってもらってるね。今回は別件だ、あの頃のことは……ま、和解してるならそれでいいさ」
ここで、ああ図ったな、と感じた。もちろん任務があるのは本当だけど、そこにこのメンバーを割り当てたのも仕方なかった部分はあるのだろうけど、多少の計画が入ってるのは否定できまい。
「さ、行こうか。アレンくんにはプレゼントもあるよ」
うん多分コートだ。妙にうきうきしているので、急ピッチで作ったんだろうなあと知れる。
アレンの喜ぶ顔が私も見たくて、さっと立ち上がって我先にと司令室を出た。さーて二度目の初任務だ、と、私は状況に似合わない伸びをし、アレンたちとともに地下へ降りたのだった。










さすがに夢主の吐く嘘は悪質なので真似しないでね
品位を疑われます
だから夢主の品位を疑ってください


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