聖アガタの憂鬱



まずここにひとつぜったいのルールがある。
私は、あなたに嘘はつかない。誰にも嘘を吐くことはない。いや、たまに吐くかもしんないけど、その場合はきちんと嘘だって告知するので許容の範囲に突っ込んでください。
それ以外でたまに言葉が乱れるのは基盤に無いことを言おうとしてる時だから気にすんな。あと私が一人で喋り続けるのがこの物語であって、お前朗読向いてねーよと思われたのなら今のうちにゲラウトですわ。あくまで推奨ですわ。
「マァナントイイマスカ」
アッヒャヒャヒャヒャヒャヒャアーアーアーアーオーバーオーバーオーバー!!
ゴートゥーヘルナウビコウズアイゴットフォーリンインイタリア!
あーなんかやなかんじ。久しぶりねやなかんじ。まあべつにいいけんだけど、さあ。
「アタシは死んだ。スイーツ(笑)」
おいこれ遺言かよ

ぐしゃ、だかベキン、だか、なんかそんな音が聞こえた気がした。





「あーやだなー帰りたくなくなってきちゃったなー大体なんでこんな超真正面から入るわけ、登るとかぶっちゃけ正気とは思えんね」
「文句があるなら来ないでくれていいですよ。師匠が許してくれるなら」
「やだアレンくん、あたくしを脅すんですのすの?ブチ殺しますわよ?それにクロス様は私を殴ったりあんまりしないやい」
「性別に感謝すればいいと思います」
今日もアレンは私にだけ微妙に厳しい。まあいつものことなので気にしなくていいです、はい。たぶんアレです、先週アレンが警察に捕まったときにトンズラしたのをまだ怒ってるんじゃないでしょうか。あと少年からちょろまかしたタマネギ爆弾か何かをおもしろがって一つアレンにぶつけたのでそれも。
あと師匠コンプレックスをこじらせすぎたとかそういう「いいから早く行きますよ!!」いやまあこれは周知の事実なのであえて語ることもあるまい。違うぞ、アレンがイノセンス発動させようとしてるから怖いとかじゃないんだぞ、これはそう戦略的撤退だ。
ロッククライミングなんて経験ないですわーと言いつつも、私が画面の向こうに言い訳をつらつらしているあいだにさっさと登り始めたアレンの後を追う。
ふむー、まあたまーになら力を使ってもよろしかろうて。クロスさまも適当にやれって言ってたし。
あーでもアレンが必死に登ってるのを見るとなんかそれはスポーツマンシップに反するよね。スポーツってしたことないけど。あれって戦争と違うの?ノエルわかんない。
腕の筋肉を鍛えるためにも、私はアレンに倣い自力での登頂を試みた。きっとこの旅が終わる頃には天下一のマッスルを手に入れとるじゃろうてふぉっふぉっふぉ。いやそれは嫌だな。
でも私に筋肉なんて付きようがないし関係ないのである。筋肉痛もなりようがないのである。発達なんてもう打ち止めなのである。
あーグダってきた……上に着くまで何喋ってりゃいいかわかんないんだよね正直なところ……いいや速送り。はい3倍速。
そんなわけでてっぺんに着いたのであーる。べんりべんり。
「意外と早く着けたわねー」
「どこがですか……しかし迫力ありますね、黒の教団総本部」
「悪のテロ結社みたいだよね」
「それなんで割と大声で言ったんですか?」
やだなー私に悪意なんてインプットされてないですよ?お茶目さん☆ってことで一つ。
しかし今日も天気が悪いしさむいしゴーレムちゃんたちはコウモリみたいだし、本当に陰気だなあ。中に居る人たちは結構陽気な、祖国イタリアの匂いをなぜか感じ取るマルチリンガルなサラダボウルだっていうのに。あ見栄張りました、祖国だけど私イタリアのことなんて何もしらねっす。
ゴーレムがふいよふいよと不規則に揺れているから、多分今頃研究室は荒れ荒れナンジャナイノカナ。あのわれらがアイドル、ノエルちゃんが満を持してお戻りだーってな。うん、これも見栄ですはい。どうせAKUMAになって戻ってきたとかワイワイやってるんでしょふんだ。
「あのー……どうも、クロス・マリアン元帥の紹介で来ました、アレン・ウォーカーです」
『あー……っと、とりあえず、門番の身体検査受けて』
「班長、お久しぶり元気ー?」
その声には返事がなかった。ぷちぶろーくんはーとです。リーバー班長は後でドロップキックしましょ。
私とアレンを、誰も本名を覚えていない門番ちゃんがスキャンする。うーん、健康にワルソーですわ。ま、健康体になりたいとはとくに思わないのでかまわないですわね。
と思ってると、なんだか嫌な音がブブブッブー。あ、こりゃあかんわ。
門番ちゃんがただでさえホラーな口元を引きつらせてアウトの宣告をするのと、私がポーズをつけてやれやれだゼと呟いたのはほぼ同時だった。
「へっ!?」
「こいつバグだ!!額のペンタクルに呪われてやがる!こいつアクマの……千年伯爵のカモだー!!」
「うーん、カモって言い方は如何なもんかしら……」
遠くでリーバー班長及び科学班及びエクソシスト及び以下略の叫び声が聞こえた気がした。そうだよね本部急襲ってちょっとされたことないもんねえ。
ふと、すてきな気配がした。好きな匂い。遥か上空、懐かしい人が降ってくる。
彼はぴったりと門番の頭の上に飛び降りて、すらりと刀を抜き取った。
「アクマに成り下がりやがったか」
「きゃ、ユウたんに睨まれちゃったドキン。……いつものことですわねー」
「ぶっ壊す」
「そおねーせっかく殺されるんなら私もユウたんを指名したいわ」
もう言葉を発さずに、彼は静かに六幻を抜刀すると、となりで固まってしまったかわいいアレンには目もくれず一目散に私に蟲を放った。いやん虫すきじゃない。
後ろに大きく後退しながらそれを避ける。私の身体能力がいわゆる常人のそれよりはかなり優れていることを彼ももう忘れていたのかもしんないねえ。なんせこれ、何年ぶり?2年半くらいだっけ?
「やめてよユウ。私あの頃と何も変わってないよ、そりゃバストサイズは上がったかもしんないけど。具体的にはDからー」
「死ね」
「Eにレベルアップしました。うーんユウたんさっきから言語未発達な人みたいになってるわよう?かわいいから許す」
「マジで死ねつーか殺す!!」
壊す→殺すへの変化に心がこうじんわりとあったかくなりますねぇ。喩えるなら二月から三月になったみたいな。春は近いね。私に春は来ないけど。
「てめえマジなんなんだよ……あの高さから落ちて生きてるわけねえだろ」
「でも生きてるわけですからこれ以上の証明があろうか。おお悪魔の証明を私は遂に成し遂げたのだー」
けらけらついでに笑ってみる私にげんなりしつつも、彼は六幻を下ろそうとしない。目の前に生きてピンピンしてるっていうだけでは、この世界はあまりにヒトノカタチをしたものに厳しすぎるのだ。
哲学してみたくなっちゃうお年頃ですけれど、できるだけ簡単な方法を取るのがイコール最善というインプットに従います。すー、はー。深呼吸をして、それから大きく息を吸い上げた。
「リナリーが40代のアマチュアスケーターに入れあげて200万ギル貢いだ挙句今週末には籍を入れてサウジアラビアまでフライアウェイするってさーああああ!!!」
『NOOOOOOOOOOOOO!!!!』
リナリーなんでだいどうしてそんな嘘だろ嘘だと言ってくれおねがいだ僕のリナリィィィィィイイイイイイイイ!!!
嘘よ嘘に決まってるでしょ、ノエルのいたずらよー!兄さん落ち着いてー!
そんな楽しい声がゴーレムから鳴っている。うひひ大成功ですわ。
「これで身の証明にはなりましたかしらん?」
「……チッ」
「やーんかわいい。……おちょくられたくなきゃもうちょっと処世術というものを学んでみるべきじゃないかしらぁ、あああッ」
素直な感想を漏らしたら本気97%の工業用エタノール並みの殺気が私を貫いたので、優しい助言をしてみる。それが決定打というかまあ、アダになったようで、彼は5メートル先から躊躇いなく膝蹴りを私に叩き込んだ。
細身を自称する私はきちんと鍛錬された彼の蹴りを避けられるはずもなく、いや嘘です避けれたかもしんないけど甘んじて受けました、後ろに吹っ飛んだ。教団の壁に頭と背中を強かに打ち付け、脳を一瞬シェイクされて崩れ落ちた。
あーもう容赦ねえ。そんなところもかーわいい、って言ったら多分次は顔面を殴られるのでだまります。怪我したら治さなきゃなんないからね。
顔を上げると彼は少し怪訝というか、眉根を寄せていた。避けなかったのが意外なのか。
「ユウたんナイスキック……やぁだ、さっき食べたクラブサンドゲロっちゃうわよ、わよ?」
「んの、バカ女が」
彼は腹部を抑えつつもへらへらしている私に、やっと殺気そのものは和らげはしたが(ただ単にバカらしくなった可能性大)、冷たい目をギロリとアレンに向けてしまった。うーん、私にいらつく分をぶつけたいんですかしらねえ。じゃあ私のせいかしらねえ。
「あいつは、呪われてるんだったな」
「うーん……まああの、門番ちゃんが言うならそうなんじゃない。でもアレンは」
最後まで言わせてすらくれないマイスウィートハニー()は六幻を構えなおすと、まっすぐアレンに斬撃を放つ。うわー殺す気か。
アレンは対アクマ武器を繰り出してそれを受け止めるが、根本的にイノセンスとイノセンスは相性が悪い。互いに攻撃は通るだろう。
私もあれで切られてたら今頃真っ二つだなーあっはっは。アレンの左腕には、まっすぐにエグい傷が刻まれていた。
「お前……その腕はなんだ?」
「た、対アクマ武器ですよ……僕はエクソシストです」
「何?」
ユウたんはそれを聞くとギロリと目を釣り上げ、「門番!!」と声を上げた。門番はそれに勢いよくびびって縮こまる。って縮こまれたら良かったのにねえ。難しいよねえ。
アレンは必死に弁明するが、神田はそういうあの、命乞いみたいなこと基本嫌いだしなあ「いやノエル早く説明してくださいよ僕はエクソシストですー!!」うーん、おなかすいた。
「待ってホントに待って!!」
「コムイ室長復活したかなー。クロス様が紹介状送るって言ってたからちょっと調べてみてほしいのよね」
近くにあったゴーレムをさっと捕まえて、羽を横に広げて話しかける。数拍の沈黙のあと、がったんどったんがったんばったんと決死の捜索が行われている音がしてきた。
机まだ片付いてないのかなあ、懐かしいわね。ユウがアレンに真っ直ぐ六幻を向けている光景につい吹き出しながら、続報を待つ。アレンにゴミでも見るような目で見られた。
『見つかりましたぁ!』
『ハイ読んで!』
『コムイへ、近々アレンというガキをそっちに送るのでヨロシクなbyクロス。あー、P.S.ノエルも帰るって言うからできるだけアレンにつけてまた探索部隊か何かにしろ』
『そーいうことです、リーバー班長神田くん止めて』
『たまには机整理してくださいよ!!』
と、そこでついにゴーレムちゃんが私の手の中から逃げ出した。可愛いなあ私にもああいうのが欲しかったなあ。
リーバー班長がやっと攻撃をやめるようユウに勧告しはじめる。いやーアレンくん怪我しちゃったじゃん、遅いヨ。
ふと、重苦しい音を断続的に響かせながら、扉が上に開いていく。やっと開門だ、久しぶりのホーム。
「ユウたん、早く入ろうよ。私眠いしお腹すいたんだよいい加減にしないとユウにかじりつきながら寝るぞ」
「うるせェ死ね」
「アレンくんほら早く謝って、私はユウの部屋に今のうちに侵入しておきたいの」
「ノエルは一体どうしたっていうんですかいい加減にしてくださいよ……!」
ユウはギロリとこちらを睨んだけれど、もうそこに先ほどまでの殺気はない。かわいいけど抱きついても怒られないかしら。むしろ殺されるかしら。
なんて不埒なことを考えていたら、ホームから知った顔が現れた。少し息を切らしているところを見ると、急いでやってきたようである。
「ノエル!……神田、やめなさいって言ってるでしょー!」
「リナー!久しぶり、リナリー」
ぎゅっと抱きつくとリナはむっと顔をしかめ、目をそらす。
「えっ何リナ、リナまでユウたん化するの!?」
「何が神田化よっ!……生きてるなら、連絡くらい……」
リナリーは少し俯いて、ぶつぶつと何か呟いた。それからさっと顔を上げ、身長もそう変わらない私を睨みつけた。
「さっきのはちょっとひどかったわ、兄さん久しぶりのいたずらですごく取り乱してたんだから」
「まあリナには悪いことしたけどお、コムイ室長はいくらなんでもアホじゃない?二年以上ここを離れてたのに、私がリナの恋愛事情を掴んでるはずないじゃない」
「……兄さんだから」
言外に兄のシスコンぶりを滲ませながら、リナはため息を吐いた。うーん、リナはなんにも悪くないんだけどねえ。
ふいに神田が踵を返した。ついに付き合ってられなくなったらしい。
その後ろ姿を見て、アレンが社交的な外面を見せつけながら彼に声をかける。
「あ、カンダって名前でしたよね?よろしく」
そう言ってアレンの差し出した手をじっと見下ろすと、彼はもう癖になりつつある舌打ちを落とす。
「呪われてる奴と握手なんかするかよ」
「えい」
「おい何しやがッ、」
そう言うと思っていたので、そろりそろりと忍び寄っていた隠密スキルを活かしてユウの腕をつかみ、アレンの手に向かって差し出す。反射的にアレンがその手を握り、結果私は殴られました。グーでした。謎です。
なんでや!アタシ関係ないやろ!関係ないわけがあるかボケが!小芝居には付き合ってくれません、無念。
「あれ、ちょっとユウたんー?帰るのー?」
「うるせェ黙れ」
「私も行く行くー、あれ私の部屋ってまだある?あるかな?」
「あるわよ、そのままになってるから」
「ええーないならないでよかったのに。そしたらユウの部屋に忍び込むのに」
「死ねよ……ついてくるんじゃねえ!」

彼にしがみついてずりずり引きずられてみるのも結構面白いものである。私には案内は必要ないので、ホームを一通り回るらしいリナとアレンに手を振り、そのまま彼に着いていくことにした。
彼の綺麗な黒髪が目の前で揺れている。一つ気がかりがあったので、腕を前に伸ばして後ろから思い切り抱きついた。
「おい!離せてめえ!!」
「これ、包帯。ちょーっと血が滲んでると思うんだけど」
「うるせェよ!」
「ぎゃんっ……もー、怪我してるのにわざわざ私に暴力なんか振るうから。傷が開いたのよ」
肘で振り払われるけど、腕が一瞬痛みに躊躇ったのがわかる。にんげんの目は意外と優秀なのだ。
前に回り込んで、コートを掴んで包帯をまじまじと見つめた。やっぱり腹部に赤いものが滲んでいる。
「ほらぁ。巻きなおそう、早く」
「……チッ」
掴んだ腕は振り払われるも、なんだかんだと素直についてくる。あーかわい(略
部屋について鍵を開ける。「おいなんで鍵持ってんだ」「あんなに愛し合ったじゃない」「本気で死ね!何の話だ!!」部屋があまりに暗い。ロウソクに火を入れようと思ったら、ロウソクがもうなかった。
据え置きの鏡が割れているのを横目に見ながら、ユウをベッドに座らせる。当然のように結構な反抗を受けるだろうと思ったが、思いのほかあっさりと腰を下ろした。もう口答えも何もかもめんどくせェからさっさと終わらせてこの女をたたき出そうという意図を感じる。
「一回解くわよ。……ほら、傷がずれてる。さっき一回開いたんだわ」
「てめえのせいだろうが」
「そうだね。……私のせいだよねえ」
ユウの怒りが、私を蹴り飛ばしたのだから。その怒りを買ったのは、紛れもなく私だから。
床に膝をついて、包帯を解いてゆく。血のついたところだけ、剥がれにくかった。
「……何で生きてるんだよ」
「ん?んー……そうねえ、どう説明したものかなー……」
私は、あの日。
二年と半年前のこと。イタリア南部、海辺の遺跡。
探索部隊としてユウをフォローするはずだった任務で、アクマの大群に押し負けて……。
「崖から落ちただろうが。あの高さで助かるわけがねえ」
「うん、そのはずだったんだけどね。……まあ、体は一回ぐちゃぐちゃになりましたなあ、骨折は視認できるだけで46箇所あったらしいし。
ちょうどあの崖下からほど近い小さな町の教会で助けられたのよ。目を覚ました時にはもう季節越してたわ」
包帯を解き終わり、一度立ち上がって洗面台に向かう。血のついたところだけ軽く水にさらし、絞って戻る。
ぎろりと睨みつける三白眼が愛しい。「早く連絡しようかとも思ったんだけどね、体が動くようになるまで結構かかったし」これは嘘だけど、まあ言い訳だわね。
「いっそ戻ってこなきゃ良かったろうが」
「やーんユウたんの言葉責めー。ほら、包帯巻くから」
もう一度床に膝をつく。彼の腕を取り、巻きやすいような大勢を要求した。巻き取った包帯を彼の横に置いて、下から巻いてゆく。
締め上げないように、でも緩まないように。丁寧すぎたのか、途中でユウが顔を顰めた。
「すぐ治る」
「まだ治ってない。……前は、もっと治りが早くなかった?」
「関係ねェだろ」
「そうね。でも早く治って欲しいと思うわ」
包帯を巻ききったのを確認してから、肩にキスを落として立ち上がる。一瞬迷惑そうな彼の身じろぎがあったことを彼の名誉のために記しておこう。むかつくー!
さて、とドアに向かう。わざとらしく振り返る。「どこに行くか気になる?気になる?」「ならねェし消えろ」「ふふふそんなに気になるなら教えてあげる!」あーユウかっわいい。
「やることがあるのよねぇ」
「あ?何だよ」
「ドロップキック☆」
リーバー班長は首を洗って待っていてくれればいいと思います。






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