曇*4







一階へ降りて、ドアをノックする。
ネームプレートには比良坂の名前があった。
もう一つの名前もそこにあるのは、まだ生きているからか。それともアイラにはそれを外せなかったのだろうか。
どちらなんだろう、と思いながらアイラが出てくるのを待つ。
結論が出る前に、がちゃり、と鍵の開く音がした。

「あ、given name」

「片付け終わった?」

「うん、もうほとんど終わった」

アイラは「ちょっと待ってて」と言って中に戻り、鍵を持ってすぐに戻ってきた。
部屋を出ると、カードキーを使ってドアを閉める。
二人連れ立って寮を出た。
学校の内装が奇妙だとか、保健室の先生が良い人だったとか。
他愛のない、意味のない話をしながら、食堂への道を歩く。
それはgiven nameにとっては幾分と久しぶりな経験で、少しだけ懐かしくなる。
そして反面、厭にもなった。
やっぱりあたし、他人と付き合うの向いてないかも。
そうは思ったものの、この場所では他人と協力しないと生きていけないだろう。
仲間を作る必要がある。あたしが目的を遂げるまでの期間限定で構わないから、利用できる人間を増やさなくては。
アイラの文字はたしか『刀』だったか。……利便性の低い文字だ。単一的で、構造上超近距離でしか使えない。
想像力で補うにしても、形状の断定される刀では難しいだろう。
……アイラじゃだめだ。他に、もっと使える文字と共闘体勢を作らなきゃ。

「given name?」

「……、え?」

アイラが顔をのぞき込んできていた。
それにびっくりして、一歩引いてしまう。

「ごめん、なんかボーッとしてるみたいだったから……」

「あ、いや……、疲れてる、のかも」

あはは、と零す愛想笑い。
自分から見ればわざとらしい仮面も、向こうから見ればそれは一つの表情として映るらしく、アイラは「そっか」と言って苦笑した。
彼女の方に、他人を気遣う程の元気が無いってこともあるだろう。そりゃそうだ、目の前で初めて人が死んだんだから。

「あ、ここだね。ひろーい」

寮からは渡り廊下で接続されている食堂。
想像以上に広く、天井が高い。……金がかかってる、ってことだけはよくわかった。
政府が黒幕っていう、ありがちなファンタジー小説みたいなところなんだろうかここは。だとしたら本気で手に負えなくなるからちょっと勘弁。

バイキング形式だったので、食べたいものを取って、席を探す。
と、後ろから声が掛けられた。

「アイラちゃん、given nameちゃん」

「あら黄葉」

呼び声の主は黄葉で。
彼の正面には、髪を後ろで結った少年が座っていた。
丁度彼らの隣が空いていたので、了解を取ってそこに席を取る。
アイラが黄葉の隣に座り、あたしは自動的にもう一人の少年の隣に座ることになった。

「六道、知り合いか」

「うん、比良坂アイラちゃんとlast namegiven nameちゃん。
こちら同部屋の日向くん。みんな一組だね」

「ども」

「あ、はじめまし――」

「ふざけんな!!何が『最後の晩餐』なんだよ!!!」

アイラが日向にぺこりと頭を下げると同時に、食堂に怒声が響いた。
何だろうとそちらを見れば、一人の男が少年の襟を掴んで引き倒していた。
極限状態って怖いわー。そしてうるさいわ。

「最後の晩餐、って、明日蝕来るかなんてわかんないのにねえ。
いただきまーす」

あたしがそう言って手を合わせると、隣で日向が吹き出した。
目の前で目を白黒させるアイラと黄葉を置いてけぼりに、腹を抱えている。

「え、あたしそんな面白いこと言ったかしら」

「っや、ツボった……!くくくっ」

黄葉に、日向を指さして「この人沸点低いの?」と聞くと、その瞬間に日向にその指を握られる。
そして、「沸点は一応しっかり100℃。よろしくな、last name」と言われた。
そう言いながらまだ笑っている。あたしは溜め息をつきながら指を日向の手から引っこ抜き、「うるさい人とはよろしくしてやらない」と言った。

「そんじゃ、静かにしねーとな」

「そうして」

あたしはそう一言返してフォークを手に取り、カルボナーラに突っ込んだ。
日向もまた、隣で食事を始める。
口に入れてから、目の前のアイラが手持ち無沙汰にしているのに気付き、あたしは顔を上げた。

「なに、どしたの?」

「え、あ……その……」

顔が少しだけ青い。
見れば黄葉も、スプーンを握ったまま動けなくなっていた。

「二人とも、よくこんなときに食べられるよね……」

それを聞いて得心。なんだそういうことか。

「周り見ろよ、他にもいんだろ?」

「食べとかないと辛いかもよ」

黄葉が周りをきょろきょろと見渡した。あたしもちらりと眺めてみると、確かにいる。
あたしと同じように覚悟済みか或いは、異様に図太いか。……後者の場合それは図太いとかいうレベルじゃないわね。

「――……」

でも、と黄葉は言いたげだった。
良くない傾向だ。生命維持活動に貪欲じゃなくなると、精神状態が鬱になる。そしてこの学校で鬱になったら、三日保たないだろう。
あたしには関係ない話だけど、共同戦線の兵士は多い方がいい。多く生き残るに越したことはない。

「黄葉、アイラも、蝕は何時来るかわかんないんだよ?
コンディションは出来るだけ最良に保っておかないと」

「そうだな。それにここの飯は美味いんだ、食いっぱぐれると損だぞ?」

そういう問題じゃない。given nameは内心苦笑した。
でも、こればっかりは、自分で乗り越えてもらわないといけないし。
これからここで、少しでも長く生きたいのなら、それくらいはしてもらわないと……。
given nameがそう思ったとき、黄葉はおもむろにフォークをとり、食事を口に運び始めた。

「いける!ホントにこれ、おいしいよ!アイラちゃんも食べてみなよ!」

「あ、………うん」

アイラも倣ってフォークを握る。
口にしてみて、少しびっくりしたように笑う。

「おいしい!」

「ねっ、でしょ!」

あら青春。心配して損した。
given nameは二人を見やり、特に何を言うこともなく食事に視線を落とした。

食事が終わって一息吐くころ、アイラがふと思い出したように言う。

「あ、そうだ……、六道くん、ありがとう。
蝕の時助けてもらったのに、お礼言ってなかったね」

「え……蝕?僕、何かした?」

「……?」

話が見えず、あたしは二人を注視した。
アイラは隣に座る黄葉に必死に語りかける。

「あのね、私がピンチの時に突然現れて、もうなんか、全然別人だったんだけど、本当にすごくてね、刀も使えてかっこよくて………」

アイラが情報を足せば足すほど、黄葉は混乱していった。
正直私も混乱していった。うん、聞く限りそれ、別人ってか違う人だろう。
突然現れてって辺りからどういうことよ。

「あ、じゃあ私が絵描いてみるよ!」

それに気付いたアイラは、思いついたとばかりに生徒手帳を取り出してメモのページを開く。
えーと、ここがこうで、あ、こうかな。アイラが表情を変化させながら書いていく。

「こっ、こんな感じ!」

「あ、ありがとう………」

黄葉の声が少し苦笑入り。
少女漫画で育ってきた女の子らしいイラストをあたしはじっと眺めた。

……黄葉の文字の力なのに、それを黄葉が分からないなんて……。

なにそれ。変。
変ってか、有り得ないんじゃない。
その考えに至ったのはあたしだけではないらしく、隣の日向も表情を曇らせていた。
まあ、あたしは顔には出さなかったけど。

「さっきからどうしたの?日向くん」

眉を顰め考え込む日向に、黄葉が訊ねる。
それを見てアイラが、もしかして自分の絵のせいだろうかと問うた。

「絵、おかしい?」

「うん、大分おかしいな」

きっぱり言い切る日向に、あたしは肘鉄を軽く入れた。
それで日向は気がついたらしく訂正する。

「ああ、違う。比良坂の絵じゃなくて、六道、おかしいのはお前だ」

「えっ、僕?」

「ああ。変わったとき明確なイメージはなかったのか?」

「イメージ………、『変わんなきゃ!』とか、それくらいだったかな」

「それはおかしいんだよ」

日向はため息を吐く。
そして、一瞬の逡巡のあと、もうあまり会話にも入る気のないあたしに話を振ることにしたらしい。

「last name、お前文字は?」

「……『創造』の創、つくる」

あんまりみだりに教えるもんじゃないと思いながらも、教えないっていうのは不審を産むだろうし。
この男はどうやらあたし並みかそれ以上に詳しそうだから、あまり仲良くなりたくないんだけど。

「へえ……そりゃ、いい文字だ。ちょうどいい、こいつらに見してやってくんね?」

「……わかったわ」

そういう流れになるのはわかってたけど、やっぱり断るわけにも……ねえ。
あたしは仕方なしに、文字を使うことにした。
左手を見つめながら、適当なイメージだけを添えて物質を形成。
手の中に四角く軽いそれが現れたのを確認してから、今度は右手へ。
右手でも同じようにイメージを構築しつつ、中身まで意識を巡らせる。
複雑で難しい構造なので、多少の集中を必要とした。
数秒で構築が完成し、顔を上げる。
手の中には二つ、ルービックキューブがあった。
片方は軽く、片方は重い。

「こっちは明確なイメージなし、こっちはアリ」

「え、僕こんなの解けな……あれ」

とりあえずナシの方を渡すと、黄葉はすぐにそれが回らないことに気がついたらしい。
あれ、あれと言いながら無理に回そうとする。が、それは無理。

「こっちは回るの」

構造までしっかりイメージした方は、あたしの手の中で簡単に回った。
十回ほど回して、ぴったりと6面揃えたあたしに、正面二人から賛美の声が上がる。
それからあたしは一箇所だけ中途半端にズラすと、そこにイメージで作り上げたマイナスドライバーに近いものを突っ込む。
てこの原理で上のキューブを押し上げて、分解を始める。
それから数十秒で、すぐにルービックキューブはバラバラになった。
なんとなく歯を思わせるようなシリコンのそれらを見て、黄葉はぱちぱちと目を瞬かせている。

「ルービックキューブってこうなってるんだね……!given nameちゃんすごい!」

「六道お前、議題覚えてるか?」

全くもってズレた彼の言葉に、日向が苦笑を漏らす。
そして手を伸ばして、散らばったピースを一つ摘んだ。

「こういう風に、イメージ伴わなくして機能を持ったものは作れない。
無機物でもこんなに明確なイメージが必要なのに、実際居ないっぽいその誰かに変化するってのは無理がある」

「それに……その文字って、『変わる』って意味なの?
『変える』っていう方がニュアンスに近いんじゃない」

あたしがついでに、と言い足すと、日向がそれに賛同する。
自分が変化する、って。見た目を変えるくらいならともかく、中身まで変わるって。
新手の精神疾患だったりしないでしょうね。

「な?六道。
『文字の力』ってのはlast nameみたいに先にイメージがあったり知識があって初めて発揮されるモンなんだ。
何もない処から力を引き出すのはまず不可能だ」

「それなのに、アイラの話だと完全な別人だからね……」

「おまけに人格まで変わってて、六道がそれを覚えてないんだ。
『文字の力』の範疇を超えてる」

「……僕は」

黄葉が顔を伏せる。
一応当事者のアイラも困惑顔で考え込みはじめた。
あたしはそれを見た日向と顔を見合わせ、切り上げることにする。
これ以上は困惑させるだけだし。

「アイラー、もう寮に戻んない?
お腹いっぱいになったら眠くなってきちゃった」

「あ、そうだね」

「じゃあ片付けっか」

「うん」

皿やお盆の類を返却し、食堂を出る。
八時を過ぎて、外は完全に陽が落ち、真っ暗になっていた。








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