序*2







『……生徒諸君、入学おめでとう。私は理事長の耶麻です。
君たちがここに来る日を、とても楽しみにしていました……

随分と……この日を待っていた気がします……』

どうやら、理事長はここに現れる気は無いらしい。
不遜な表情でパイプ椅子に深く腰掛けながら、given nameは正面のモニターを見つめる。
昨夜はなかなか眠れなかったからか、ここにきて眠気が襲ってきていて、少しばかり意識は朦朧としていた。
あれが、理事長か。
やたらと温和そうな顔をしているが、あの男も。
いや、理事長であるというなら、あの男こそが。
黒幕?
かもしれない。

周りは当然静まり返っている。
理事長の挨拶、司会の声、それ以外は何の音もせず。
given nameは、そっと周りの様子を伺う。
入場したときも思ったことだが、みんなやたらと表情が暗い。
思いつめたような、覚悟をしたような、そんな顔。
彼女は気付かなかったが、その顔はさきほどの、アイラや黄葉と出会う前のgiven nameに通ずるものがあった。
中には唇を噛み締めて、青い顔をしている者もいる。

……やはり、知っているのか。
given nameは顔を伏せ、握り締めた両手を見つめる。
ここがどういうところか知っているのならば、つまりはこれから……この入学式が終わったらどうなるのか、知っているということか。
なるほど、気も塞がるだろう。自分と同じように。
指先は微かに震え、爪が手のひらに食い込んでいる。
考えても無駄なことだと、わかってはいるのだが。
人間の想像力は時に不便だ、自分の死に様ばかりが脳内で揺れていた。

『―――以上を持ちまして、入学式を終わります。
新入生は指示に従い、各自教室へ……』

ふわあ、とgiven nameは欠伸をする振りをして、背筋を伸ばす。
それが振りでも、弛緩させたことで緊張を少し解せたのだろう。体から力を抜いて、立ち上がった。
恐怖に負けるわけにはいかない。死を恐れていては、何も得ずに終わってしまう。given nameは、目を細めて前を見つめた。

「んーっ」

隣でアイラが伸びをする。
given nameもまた、長い間座らされていたことで凝り固まった関節を、軽く解す。
と、何だか深刻そうな顔をした黄葉が、こちらに歩いて来るのが見えた。

「……」

「あ、黄葉」

「そういえば三人とも同じクラスなんだね」

「よかったね、離れなくて」

これから離れる可能性だってあるにはあるわけだが。
そんなブラックジョークも脳内にちらついたが、さすがに不謹慎だ。彼らに意味がわからないにしても。
そんなことを考えながら、アイラの声に、given nameも是の意を示す。
が、黄葉は二人の話には何も返さず、少し深刻そうな顔で、口を開いた。

「ねぇ、ふたりとも……ここの生徒、変わった人多くない?」

「え?ああ……きっと官僚目指してる人たちだから真面目なんだよ」

「……あー……。
大丈夫だよ黄葉、今にわかるって!」

given nameの言葉の意味が解らず一瞬黄葉は戸惑う。
が、「すぐになじめるよ」という意味に受け取ったらしく、笑う。

「そっか。そうだよね!」

教えてあげるべきか、一瞬悩んだが。
自分がさっき言ったように、どの道、今にわかる。
少し心は傷んだが、覚悟をするには絶望することが必要だから。
その痛みを今奪ってしまう方が、酷な気もした。
……それに、知らないなら、知らないのが悪い。
よく調べれば、入学前に何がしかの事実にはたどり着けるはず。規制されても、人の口に戸は立てられぬ。場がネットの掲示板なら尚更。
自分が入学する、しかもキャッチコピーからして胡散臭いこの学校について、何も知らないなら、それは個人の責任だ。
つーかぶっちゃけ信じるわけないしね!ね!
given nameはそう考えることにし、二人の後ろを歩きながら小さく息を吐き出した。

「うわ……」

校舎に入って、最初に目に飛び込んできたのは、酷く奇妙な建物。
中華風、って言えばいいんだろうか?
それもなんか違う気がするけれど……。
こんな風景で、一年間?と、俄かに辟易としたが、すぐに別になんだって同じか、と思い直した。
まず一年間もここにいられるかすらわからないしね。
隣で、アイラがごくりと息を飲んだのが聞こえた。

「この犬……目が四つもあるね」

「――四つ目の犬は 地獄の番犬」

突然背後から、ハスキーな女性の声が響く。
その声にぎくりと、given nameの背中は震えた。

「死者を携え、王の元へと導く役目を負う犬だ」

「あ……」

「そんなところで何をしている?……早く教室へ行かないか!」

「え、あ、ははははいッ今行きます!」

given nameはアイラに手を引かれ、走り出す。
その後ろを黄葉も走る。
それでもgiven nameは一度だけ振り返り、その女性を見やった。
こちらを鋭い眼差しで見つめる彼女、まだ若い。
多分、30手前か、過ぎたところ。
この学校にそんなに若い女教師が、何人も居るとは思えないし――。

「(あれが、『御堂先生』……か)」








少し迷ったものの、なんとかたどり着けた教室は驚くほど静まり返っていて、何を話しても筒抜けだろう。
はあ、と小さく息を吐いて、given nameは自分の席を探し、腰掛けた。
騒ぐ気になれないのはよくわかるけど、初っ端からテンションダダ下がりだわね……。
そう内心嘆きながら、given nameが頬杖をついて、窓の外を見やったときだった。
ドア代わりになっているらしい布を払い、教師が入ってくる。
それはやはりというかなんというべきか、先ほどの女性だった。

「全員そろっているな。私はこのクラスを受け持つ御堂だ。
入学式が終わって早々だが、これから諸君にはやってもらう事がある。筆記用具を出しておけ」

やはり、彼女が御堂センセーか……。
その指示に従い、生徒は無言で筆記用具を取り出す。
じっと御堂の方を見つめていたgiven nameは、わずかに出遅れ、鞄からペンケースを取り出して、紙を受け取った。
黒い紙の真ん中に、白い円が描かれている。
……私の知る通りであれば、これは。

「全員に渡ったか?それは命の次に大切な紙だ。
これから、そこに一文字。漢字を書け」

各々がこれから始まる戦いに最も相応しく
必要だと思う漢字を一つ。

その言葉を聞いて……given nameの中に、笑いがこみ上げてくる。
叶って欲しくなかったその展望は大正解。
あたしの運命が、大きく道を逸れた。
ならばやらなきゃ。
引き継いで、そしてそれ以上のことをするのだ。
そのためだけに、ここに、来たんだから……。

もう引き返す道もない。
given nameは少し爪の伸びた指先でそっとシャーペンを掴み、そっとペン先を滑らせ、その文字を書いた。
『創』、あたしにはおよそ似合わない字を、刻み込むのだ。
あたしが、引き継ぐ。
あんたの意思如何に関わらずこれは、あたしが、あたしのためだけにもらうから――。

ばちりと音を立て、弾ける紙にgiven nameは一瞬目を瞑る。
そして、その痛みが、鎖骨の下に焼け付くまで、じっと体を固くして耐えていた。






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