錯*1






いつだって苦しかった。奏が居ようと居まいと。息をするのを躊躇うくらいには苦しかった。
それでも、あたし以外は苦しくなかったはずなんだ。救われていたはずなんだ。もし、あいつがずっと居てくれたならば。あいつが居るだけで、少なくともあの人は救われたはずだったんだ。



乾いた音が響いた。
逸らされた銃口の先には、おそらくヤマが生徒を見張るのに使っていただろうスクリーンがいくつか。真直ぐに飛んだ銃弾が、そのうちの一つを打ち抜いていた。

「、……あっぶねえ。お前死ぬ気か!?ふざけんなバカヤロウ、俺が一体どんな想いで……!」

掴まれた右腕が熱い。まるで火傷でもしたみたいにひりひりしている。
右手から力が抜けて、リボルバーは地面に落ちて消えていく。……、ああ。ああ。

「奏……」

「ああ!?お前アレだからな後でマジ説教だからな!ったく無茶ばっかしやが、ふぐおッ!?」

given nameは握り締めたままだった左腕を、そのまま繰り出すことにした。
横っ面を殴りぬいて、右足で流れるように回し蹴り。そして地面に蹲ったアホ奏に更に連続でローキックを叩き込んだ。

「出てくんならさっさと出てきなさいよッマジで死んじゃうとこだっただろうがこのドアホ!!死ね屑いっそ今死ね!!」

「痛い!!痛いですgiven nameさんマジで痛いです!!」

「痛いだぁああ!?死人が何偉そうなことをほざく黙れ死ね屑この屑がああああ!!!」

「えーっと……」

アイラは目の前で繰り広げられる光景に目を白黒させた。それはたぶんみんな同じだろう、へたをすればヤマさえも。
ひたすら少年を蹴り続けるgiven nameと、地面に崩折れ体を丸めてその容赦ないつま先に耐える少年とを見比べながら、とりあえず場が収拾するのを待つ。というか、混乱している間に場が収まっていった、というほうが正しいか。
息切れとともに蹴るのをやめたgiven nameに、アイラは恐る恐る話しかけてみる。

「あの、given name?これって、一体……」

「これ?うちのアホ兄貴。ほら起きなさいよさっさと」

「おま……俺これ間違いなく今日痣だらけなんですけど」

「死人なんだから痣なんてできるわけないでしょバーカ」

体のあちこちが痛いらしく、そろそろと起き上がった奏に、ついでとばかりにgiven nameは一発パンチを入れた。完全に見切っていただろうに、奏はそれを甘んじて受け入れる。

「お前さあ……ちょっと見ない間に凶暴になってない?」

「二年も会わなきゃそりゃ変わるでしょうよ。そんなことより、このどうしようもない空気なんとかしてくれる?オニイチャン」

「それお前のせいだし……あとここぞというときにお兄ちゃんって呼ぶのやめてくれる?俺の妹属性を知っての狼藉かそれは」

「きもい」

後ろからまたローキックをかましつつ、given nameは周囲を見回す。ヤマとクリシュナまで全員もれなく硬直していた。
いち早く正常に戻ったかに見えたアイラも、考えはじめて更に混乱を深めてしまったらしい。あー、と、日向が挙手してgiven nameを見た。

「おいlast name、説明してくれ。こりゃどういうことだ?」

「どういうこと、って。んー……日向のお姉さんのが詳しいと思うから後で聞いてみなよ」

「は?おいおいおいおい、なんで姉キが関係あんだよここで」

「それは……」

あたしも奏ももしかしたら日向も、彼のお姉さんの策略に振り回されたんだろうってのがあたしの答えだがそれ答えたらこいつ怒るよな。うん。
とにかく、この場を収めるにもある程度の説明は必要かもしれない。面倒だけど、それでも。

「……こいつは、あたしの義理の兄貴のlast name奏。一昨年の生き残りで、うちに帰ってくる途中タンクローリーかなんかに轢かれて死んだ」

「あ、どうもお兄ちゃんです」

へらへら笑う奏にいらついたので、一応膝裏に回し蹴りを入れてから、もう一度彼らに向き直る。

「で。最初は死んだと思ってたんだけど、遺体処理とか不明確なところが多くて。政府が一度死体を奪おうとしたことあって、怪しいなって。
楢鹿の実態を調べて、朝長にいろいろ聞いて……死んでない可能性が高いって思ったから、ここに探しに来た。したらマジで居たっていう、まとめるとあら二行くらいで済むわねっていう大した深みもない事情なんだけどね」

「いやいやちょっと、ちょっと待て。突っ込みどころが多すぎてまるで対処できる気がしねえよ」

「でしょうね。でも、今はそれどころじゃないんじゃない?」

混乱して血の滴る頭を抑えた日向のむこう、クリシュナが再度剣を構えなおすのが見えた。自分自身が妙な輩だからか、こういう突拍子もない出来事には強いらしい。抗っても無駄なものは無駄だ。

「えっと、感動の再会はいいんだけど。つまり何?given nameちゃんはえーと、ヤマに意味もなく銃を向けたって?」

「意味はあるわよ、あたしが死にかけるくらいのことにならないとこいつは出てこなかったでしょ。監視カメラで生徒見張ってるだけの変態に仕事させたげたんだから感謝してほしいわ」

「……言ってくれるな、人間風情が……、クリシュナ、命令だ!こいつらを殺せ!!」

地面に崩折れたままのヤマの目が見開かれ、隣のクリシュナに怒鳴り声を上げる。おお怖い怖い。
でも大丈夫。こういうときのためにこの死人を無理やり蘇らせたのだ。

「……あは、なんか面倒なかんじ。というわけで助けてオニイチャン」

「お前ばかにしてんだろ!お兄ちゃんがんばります!!」

「……あー、なんとも言えないけど。
ごめん日向くん、さっきのヤマを傷つけるのは許さな云々はナシってことにしといて」

「……は!?お前何言っ、」

「お前。
ヤマじゃないだろ」

「え……」

given nameと奏の兄弟漫才のせいで一瞬反応が遅れた。クリシュナの剣はさらりと返され、地に膝をつくヤマの首の下にあてがわれる。そのまま彼が左腕を上に上げたら、ちょうど首を落とせる位置に。

「クリシュナ……お前、一体何を……」

「オレはよっぽど自分が制止されると思ってたよ……あんた、そんなに粗暴な神じゃなかっただろ?俺に命令したことすらない。
むしろ俺が命令することのほうが当たり前だったくらいだ。それなのに……」

「私の……命令に従えんというのか?一介の部下が私に楯突くな!
お前は言われた通りにこいつらを殺せばいいんだ!!」

ヤマがそう叫んだ瞬間だった。given nameは視線の先の、クリシュナの目にびくりと肩を震わせた。あのときの目だった。殺されると。本気で恐怖したあの瞬間の……。
お前はヤマじゃない。彼はそうつぶやき、クリシュナの剣先は思いっきりヤマを捉え。先ほどの、日向の射撃なんか比較にならない量の鮮血が舞い上がった。

「お……お前、どうして……!」

「はは、落ち着いてよく見てごらん?」

クリシュナが再度振り返ったときには、その目から剣呑な光は消えていて、朗らかに指差す先ではヤマの体が燃え始めていた。
えっ自動で燃えるの?最近の神さまは自動火葬装置でも付いてんのかクオリティ高えーなオイ、なんてアホなことを考えている間に、火は消えて小さな人型の何かが地面に落ちる。
なんだアレ。紙のように薄いが、もっと硬質なものにも見える。っていうか、え?あれ神?神っつーか、紙?

「ほらね、こいつは神どころか人間ですらない」

「……」

『……あーあ』

突然。日向の後ろに鎮座していた、それまで校内を順々に写しているだけだったスクリーンのうちの一つが、切り替わった。
そして、そこからは、言葉が聞こえてくる。知った声で。先ほどまで聞いていた、あの声で。

『何てひどいことをしてくれるんだ。私は神だぞ?』

「……あれ」

今、目の前で、切り裂かれたばかりの男が。
優しげな風貌だけそのままに、画面の向こうで微笑む。

『ああ、でも心配はいらない。人形は自動的に復元するから』

「復元まで自動なのね……そんなことはどうだっていいけれど、あんたが今居るその部屋……」

背景に目が向いたのは日向も同じだったらしい。あいつ、どこに……と、彼は周囲に視線をくまなく散らした。
その日向の後ろで、クリシュナが「やっぱり」とつぶやく。

「部屋に入ったときから妙だなとは思ったんだ。ここと同じ部屋なら一つしかない。……上だよ」

クリシュナが、長い人差し指を立てる。皆一様にさっと視線を上に向けた。そこには天井しかないが、ここに居る面々には、必ず共通する条件が一つあって。

空の、島……。

誰がそうつぶやいたかはわからなかった。全員同じことを考えていたからだ。
物心ついたときから、ずっと空を見つめ続けてきた。だから、上を差されればそれは島に直結する。

「お前が実物なんだね?本物のヤマはどこにいる」

と、表情をまるで変えないクリシュナがスクリーンの前に一歩踏み出し、語りかける。
けれど、その視線の先の男は何を答えるでもなく、ただ皮肉げに口角を上げてあざ笑う仕草を返すのみ。
それに怒りでも覚えたか、ただ単に埒があかないと判断したか、クリシュナは左手に握る剣を振り上げようとする。

「よせ!頼むからこれ以上事態をややこしくするんじゃねえ!」

「……」

日向が肩を掴んで止めなかったら、2秒でスクリーンは粉々にされていただろう。止める気のさらさらないgiven nameは二人を眺めつつ思う。
あのスクリーン、空の島の内部を移してるってことは、配線じゃつなげないからテレビと同じやり方で映像映してんのかなあ。でもそれだと国際社会のテレビ枠に『ヤマ』ってねじ込んでるってことにならないかなあ、と。
そんなどうでもいい思案をするgiven nameと全く関係の無い奏の間以外で流れる緊迫の空気のなか、日向は本物の偽ヤマという矛盾しか感じない呼称をゲットした画面の男に問いかける。

「……つまり、お前が真の偽物ってことか?」

『“真の理事長”……だよ?』

笑みを深めながら、その男は椅子に腰掛けて。
日向は血の流れる額を抑えつつ、項垂れた。

「ワケわかんねえ……」

だよね、あたしもあたしも。






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