大*1







蘭堂の部屋を出て、数分。
なんとなく男子寮に戻る気にもなれず、校舎をぶらぶらしていたgiven nameであったが。

「なんだったのかね、さっきのは」

実は数分前のこと、結構な騒音が聞こえていたのだ。この、理事長室に繋がる廊下から。
ふと、遠くで風を切るような音を感じた。……ノアが訓練してるとか?いや……こんなところで、有り得ないだろう。
となると……。

「きのせい?」

そう、given nameが首を傾げたそのときである。

「やあgiven nameちゃん!」

「っひぎゃあああああ!!?」

後ろからポン、と肩を叩く手があったのである。彼女はその冷たい手と、同時に掛けられた嫌な声に恐怖した。
どうしても、嫌な意味で聞き覚えのある声だったからだ。振り返ると、更に恐ろしいことに、奴……六道(大)は血まみれだったのである。挙句見たことの無い、大げさなサイズの儀式剣らしきものまで担いでいる。……どういうことだ?

「あ、あんた……」

「丁度良かった。理事長室ってどこ?よくわかんないんだよねここ」

「はあ?……理事長室なら、あっちのドア……ってちょっと!!」

指でそちらを指し示すと、六道(大)は一切の躊躇いなくその手を引っ掴み、そっち方面に向かって歩き出した。体を強い力で引かれたせいで首の傷がズキリと痛んだが、奴がそれを気にしてくれるはずもなく……っておいおいおいおい。

「な、ちょ、何、何すんのよ!」

「えー?だってよくわかんないんだもん」

「わかんないんだもん、じゃないわよ!すぐそこのドアだって言ってんじゃん!てか何なのその血!やめて引っ張らないであたしを引きずるなそして巻き込むなぁぁ!!」

ずりずりずりと引きずられ、すぐに理事長室の目の前へ。いやわかってんじゃん部屋の場所なにこれいじめ?あたしへの嫌がらせか!?
無遠慮な態度の六道(大)はさっさとドアを開くと、given nameを連れたまま中に突入する。
すぐそこには袴田がいて、正田エコも居て。彼らはgiven nameにも驚いたが、何より六道(大)の体を覆う多量の血により驚いていた。いや、正田エコはぐーすか寝ていたから、正確には驚いたのは袴田だけであるが。

「おい、どうなってんだよ……!また六道死んだんじゃねえだろうな!?おい!……おい、given name!?」

「あたしにもわけわかんないのよ……!放してってば、ちょっと!」

六道(大)が彼女のそんな要望にイマサラ応えてくれるはずもなく。
ドアを抜けると、布が垂れ下がった短い廊下。六道(大)は躊躇うことなくそれを手で払いながら、given nameの手を離すこともなくずんずんと歩いていく。
そして最後の布を、奴が思い切り横に払った、その先には。

「日向……?」

弓を握る日向と、ノアとアイラと美濃くん。日向が向ける鏃の先には、既に何発か打ちこまれた後の理事長。これは……まさか日向が?
そう思ったときだった。ぱっと、掴まれていた手が離された。そして。

「日向くん。君がやったんだね?」

一瞬も立たないうちに。目でも追えない速さの攻撃が、日向に向かって繰り出された。

「日向!!」

僅かに血が舞って、日向が壁に叩きつけられる。given nameは一瞬、体中の内臓が沸騰するような感覚を覚えた。
が、彼はすぐに動いて頭の血を押さえたので、どうやらかすり傷のようだ。場所が場所だけに、楽観はできないけれど、それでも大したことはなさそうである。given nameは無意識の内に、早鐘を打つ心臓を押さえた。

「ってめえ……、どういうことだよ六道、説明しろ……!」

「これ以上ヤマに手を出すな」

「……あぁ!?」

六道(大)が何を言っているのかわからない。だって彼は黄葉なのではなかったか。いや、別人だともう思い知っているけれど、それでも同じ方向を向いている誰かなんじゃないのか。黄葉が悲しむことをわかった上で、それでも日向に剣を向けるのか。
混乱する彼らをよそに、ヤマが逡巡しつつといった仕草で口を開く。

「ああ……思い出した……お前はクリシュナだな」

かつて私の、部下だった。
そう続けられる言葉に、場は更に混乱する。ヤマの関係者。さっきのアイラの話を統合するならば、神の身内なのだろうか。
なんとか自身の足で立った日向が、舌打ちとともに六道(大)――クリシュナを睨みつける。

「お前確か、『黄葉くん』が大事なんじゃなかったか?いつからそっちに鞍替えしたんだ?」

「それは違うよ。ヤマも黄葉くんも、どっちもオレにとっては掛け替えの無い存在なんだ。
だから何人たりとも、ヤマに手を出すことは許さない」

「……」

混乱している。日向が心配だし、相手はやっぱり黄葉だという躊躇いもある。たとえ自分なんかでも、殺してしまえばきっと黄葉が自分を責めることも知っている。つまり。敵対はするべきじゃない。
それでも冷たい声が、温度のない自分がそっと囁く。これはチャンスだと。いくつも重ねた仮定の一つ、先ほどアイラから得た情報で更に深まった考察が試せるのはきっともうここしかないのだと。
どくどくと脈打った心臓が自ずと、鼓動をのろくしていく。代わりに一音一音がはっきりと、全身に響いた。ああ、命をベットするこの瞬間……、反吐が出る。けれど、戦わないという選択肢は、やっぱりあたしには選べないから。

「じゃあこういうのはどうかしらね」

given nameは、心臓辺りで躊躇っていた左手を、右手で更に押さえた。朝長の体が全く調べられなかったとは思えない。ということは、どうせ日向姉くらいにはもうバレている。それなら、あたしの切り札は、早いうちに使ってしまった方がいい。使えなくなる前に。

「『契』」

唱えた言葉には色んな感情が混ざりすぎていた。不安と期待。憎悪と愛情。そして最後に渇望。given nameとヤマの目の前にどこからともなく杭が落ち、そして双方から鎖が伸びて中央でガシリと繋がった。
そう、繋がった。あたしとあいつは繋がった。契約のもと、魂は接続された。

「……given nameちゃん……?」

「……あたしをここに連れてきたのが間違いだったわね」

ゆっくりとこちらに視線を向ける六道(大)。
残念だけど、もうお前に手出しはさせないよ。

「『契』りによってあたしとこいつの命はもう繋がっている。あたしを殺せば、こいつも死んじゃうんじゃないの?カミサマだから死なないっつっても、人間を意味も無く殺して無傷なんていうカミサマがこの国に居るとは到底思えないね」

「ヤマを殺せるなら、死んでもいいと?」

「……」

一瞬の逡巡があった。けれどここで躊躇ってはいけない。

「そうよ。死んでもいいわ。こいつのせいで、あたしの大事なものは全部壊された。あたしの全部、こいつのせいで」

これは、賭けだ。
命をルーレットにベットさせて、勝ちを祈る。黒か赤かなんて関係ない。あたしの願いは、総取りのゼロ。何ひとつ、譲るわけにはいかない。もう命しか残っていないし、それにまだ『死ぬわけにはいかない』。
手の中に創り出されるのはリボルバー。それをそっと、頭に押し当てた。

「命をかけてでも、あたしはこいつを殺したい」

「馬鹿野郎!やめろlast name!!」

「外野は黙っててよね。……これはあたしの勝負なんだから」

日向が叫んで止めようとするが、あたしは一瞥をくれて撃鉄を起こす。手を伸ばした彼がそれを見て硬直した。それに少しばかり心が痛んだが仕方が無い。ごめんね日向。……ごめんね、日向。
ヤマに向き直ると、ヤマは嘲笑に近い表情を浮かべていた。

「お前……ああそうか、お前はあいつの妹だったな」

「……ふぅん、知ってるわけ。じゃああたしがなんでこんなことしてるかもわかってる?」

「敵討ちってところか?でも、あいつを殺したのは私じゃない」

「原因はアンタでしょう」

ぐっと、手に力がこもる。それを見てヤマは笑みを深めた。馬鹿な女とでも言いたげね。

「一つ忠告してやるよ。それは全く意味のない行為だ。それでもやりたいんならやれ、見世物としては下等だがな」

「何とでも言いなさいよ。……奏が死んだらあたしたちは御仕舞だった。奏が奪われたら、家族ごっこは無意味だった。
だから、あたしのこれは、奏だけの敵討ちじゃない。止まるわけにはいかない」

ガチ、と。こめかみに押し付けた銃口が冷たい。死ぬわけにはいかない。だからあたしはさっさと、引き金を引く。
そして聞きなれた乾いた音が、部屋中に響き渡った。








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