禍*1








「あ、あなたたちどうしたの!!?」

案の定というかなんというか。
真っ赤な首と真っ赤な腕を抱えたコンビは、昼下がりの保健室に出没するには些か刺激的すぎたようである。
保健医の水島が悲鳴を上げるのを貧血気味の二人は激痛とともに遠い目で眺めた。

「たーぶん……喉が渇いてたんじゃないですかねえ……」

「あと意見の食い違いとかですかねえ」

「バッカお前それじゃ故意にやったことになっちゃうだろが。違いますほんと、偶然なんです偶然の怪我なんです」

「いや完全に狙い定めて俺の手ぇ刺したくせにってウワッ」

佐野が悲鳴を上げてgiven nameの首を指差す。
正直痛みというより凄まじい熱しか感じない彼女がそこに手をやると、じわっと高い体温が手に馴染むのを感じた。

「ああ、やだ血滲んできた……やっぱ首は血管がなー、太いからなー」

「やだもう目に痛いさっさと隠してソレ」

「あんたがやったんだよ!?」

ようやっと手当てしてもらいながらも、喧嘩し続ける二人に、水島はどうやら大した喧嘩というわけではなさそうだと胸を撫で下ろす。
おそらく、蝕に備えて訓練でもしていたか、文字を誤って暴走させてしまったのだろう。二人を椅子に座らせ、包帯を使って止血することにした。
傷口は既に塞がりかけていたため、固定して血を止め、しばらく休むように指示をする。血はすぐに止まって、30分後には二人は連れ立って部屋に戻っていった。









ところ変わって一組が誇ります策士と意味不明規格外不死少年の部屋では。

「つまり三十が勢いあまってテメーの勘定の中で勇み足したのが下策だった、と」

「いつもながら鮮やかな中立的批判には惚れ惚れするわね。あなたうちに欲しいくらいだわ」

お褒めに預かり光栄です、と美濃が恭しく姉に頭を下げるのを視界の端に捉えつつ、ぎぎぎと歯軋りでもしてみる。
六道が怪しさ満点なのは誰の目から見ても明らかだろうがヴォケ!おいそれと作戦会議に混ぜられるか!
と、内心の舌打ちと同時に部屋のドアが開き、比良坂が六道を連れ帰り、なんだかんだと丸く収まったのだけど。
姉が思い出したように、口を開いた。

「そうそう、ヤマのことももちろんなんだけど。
もう一つついでにお願いがあるのよ」

「まだあんのかよ」

「ええ。……白骨化死体」

「ハァッ?」

いくら楢鹿でもう二ヶ月程度生活を送っていると言ったって、あまり耳にしない言葉だったので、つい礼儀に欠けまくった返しをしてしまい、姉の眉根が寄せられる。
このままだとやばいと判断した日向は、むりやり続きを促すことにした。

「そそそそれで!?白骨化死体が、どうしたって!?」

「……『夢』の蝕のあとね、行方不明の遺体を見つけるために森を捜索したのよ。隔離型だと、戦闘の形跡があるところだけを探せばいいわけじゃないからね。もうすぐ夏になるし、腐るかもしれないと思って丁寧に。そのときに、森の奥で見つけたようなのよ」

少々不機嫌な様子の姉にびくつきながら、その先を想定する。つまり、森で白骨と化した死体を見つけたってことか?

「そんなら、相当前に死んだのを見逃してただけとかじゃねーの?」

「そうね、そうだったらこんなバカらしい話あんたにする必要がなくてとっても素敵ね。
……問題は、骨が肉眼で見ても新しく、体中から肉が削がれたような形跡が大量にあったこと」

本来なら、大抵の死体はいつ見つけたかなんて関係なく、ただひたすら遺体袋に放り込めば済む話。だが、幾千の死体を見てきた捜索隊が「これは奇妙だ」と判断した。だから、話が上がってきたのだ。

「こっちでもいろいろ、調べてみるけれど。人を派遣するより、中であんたが解決してくれるのが一番手っ取り早いからね。一応調べておいて頂戴。本当についででかまわないから」

以上よ。言うだけ言って姉はさっさと席を立つ。一切の指示ナシかよ、なんて内心で悪態を吐くが、相手は地獄耳である。通信を切るまでは安心できない。
そうして妙な緊張感の中、数秒置いて通信は切られ、日向ははあああとため息を吐き出した。

「ったく……適当だなー」

「どうする?三十郎。とりあえず六道くんが変身と赤亜の癖を身につけるまでは暇なんだし、そっち行ってみる?」

ノアが尋ねる。……確かに、六道はずっとぶつぶつ言いながらぬいぐるみを叩いたり飛ばしたりの練習をしている。このシュールな光景が必要なくなるまで、自分たちは仕事がない。
ならば、と日向は口を開いた。どうせ姉の勘違いか早とちり。さっさと結果を出して鼻を明かしてやればいい。

「……そうだな。まずは、行方不明の生徒が居ないか調べにいくか」

日向は椅子から立ち上がり、軽く伸びをした。適当に調べるつもりだった。適当に事実を解明してしまえば、それでいいと。ヤマの件の方が数倍大事だと。
まさかこのちょっとした出来事が……あんなにも酷い事件に繋がっているなんて、まだ……知らなかったから。だから、日向たちは大して考え込むこともなく、部屋を出たのだった。










今日のうちに片付けてしまいたかった。本当はもっと早く来るべきだったんだろうけど、と決心がつかなかった自分を責めてみたりする。朝長の死で吹っ切れたことには苦笑いでも送っておけばいいとして。
佐野は―考えたくないけれどおそらく先ほどの一件のおかげで―だいぶ落ち着いていたし、部屋に一人置いて外に出ることができた。そう長く放置はできないが、早く戻れば大丈夫だろう。

「ってことはいっそ、輸血パックでも用意すれば済む話だったりすんのかな……」

いや、それじゃ吸血鬼だろバカ。ツッコミが不在なので自給自足する。っていうか、血液だとかが生命の維持に必要というわけではないから。だから、そういう路線で考えるとどこに着地したって破綻している。
佐野の部屋のゴミ箱から見つけた鍵を取り出す。久々の女子寮、彼女の部屋の前。周囲に誰も居ないことを確認しつつドアを開け、物音を殺して中に入り込む。音を立ててはいけない、ここは無人の部屋である。『夢』で住人だった二組女子が死んでから、一切の物音がしていないはずなのだ。
だから、できる限り音を殺して、済ませる必要がある。
洗濯したばかりの制服を取り出す。血抜きは思ったより大変だったが、まあまあ綺麗になったので良しとしよう。
手袋を手の中に創りながら、机に近づく。なんだかデジャヴである。あたしは墓荒らしか、なんてため息を漏らしながらgiven nameは苦笑した。死者に鞭を打っても、それでも叶えたいことがあるから仕方がない。

「ごめんね、今は見逃してね」

あなたがあいつを本当に愛していたのかとかそういうの全然解らないから。だから、あなたの仇を取れるのか、いや、仇を取る行為に値するかわからないけど。
でも、今は面倒事は困るの。

消したいものはあまり見つからなかった。が、唯一の問題は携帯電話である。
ここではメールなんてできないけど、写真を撮る機械としては使えるから。開くと、本当に何枚も何枚も、笑顔が、写真が。
一瞬フォルダを全て削除しようかとも思った。でも写真を削除するだけじゃ安心できない。たとえばスケジュール機能だとかに証拠が残ってるかもしれない。メモ帳、ブックマーク、アプリにメールボックス。どこに記録を残すかなんてのは個人の采配で異なるものである。
だからgiven nameは一瞬の逡巡の結果、淡いピンクの携帯をそっとポケットにしまった。写真を削除すれば、もう永遠に見ることのできない彼女の笑顔を消してしまうし、かといって携帯を壊したら今度は彼女の幸せの記録を削除することになると思ったからだ。
彼女には一切の罪がない。朝長とはまた違う、完全な、ただの被害者なのだ。おそらく楢鹿のことなどろくに知らずにやってきて、誰かに危害を加えることもなく、わけのわからないままに死んでいった。……あたしの、せいで。全ては、あたしのせいなのだ。知っているしわかっている。だから、ブレーキは最初に断ち切った。

外の様子を窺いながらgiven nameは部屋を出る。閑散とした廊下に一人降り立って、さてどうしようか。彼女の暗い顔色には本人だって気付かない。佐野の部屋に戻る気には、しばらくなれそうになかった。






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