字*1







軽食を取って、紅茶もしっかり飲んで、結構幸せな気分でキャリーケースを引きながら寮へ戻る廊下を歩いていたときだった。
反対側から、アイラが歩いてくるのが見えた。きょろきょろと、何かを探すように視線を動かしている。
彼女はgiven nameに気付くと、パッと顔を輝かせて走り寄ってきた。……朝長の死後、なんだか彼女からの態度がとんでもなく軟化している気がする。いや、もともと硬くはなかったけれども。

「given name!!」

「あー……ん、どした?」

へらりと笑うと、彼女もふっと綻ぶ笑顔で、「六道くん探してるんだ。見なかった?」と問うた。
黄葉と図書館で会ったことを思い出しながら、そのことを伝えると、また一段階表情を明るくした彼女は「ありがと!」と礼を言う。
そしてそのまま、彼女の視線はスライドし、一瞬後に「あ」と口を開けた。

「六道くん!」

「ん?あ、黄葉」

「アイラちゃん、それにgiven nameちゃんも」

後ろから丁度、黄葉が歩いてくるところだったのだ。
少年は少し戸惑いがちに、アイラに訊ねる。

「えっと……話はもう終わったの?」

「ううん、まだ途中なんだけどね……でも、私は六道くん外すの間違ってると思うの。
私は六道くんのこと信じてるから……!」

「アイラちゃん……」

アイラがまじめな顔で黄葉を見据え、黄葉はというと意中の相手に見つめられて頬を赤く染めている。
……おいおいおいおい、あたし挟むのやめろよ。恋愛が自身の鬼門だということが発覚したばかりのgiven nameはやさぐれながら両手を軽く上げて『オテアゲ』のポーズをした。

「お二人さん、あたしには事情が全く読めないわ」

「あ……」

アイラは一瞬だけ躊躇ったような顔をしたが、given nameに隠し事をしたくないという結論に至ったらしい。
黄葉を外して作戦会議を行っていた、とあっさり内情を話してくれた。株上げといてよかったーなんて考えてみたりしたのは秘密である。

「話してたのは、この学校についてと……それから、理事長について」

「……!」

きた。given nameは内心でだけ、ガッツポーズをした。この情報を待っていた。
先を急かしたい気持ちを抑えながら、「理事長って、ヤマって人のこと?」と口だけ大して興味もないような声を作る。
さあ、何が出てくる。政府のブラックボックス?ヤマもまた、敵の一人か?逸るgiven nameとは裏腹に、アイラは続きを少し言いよどみながらも続ける。

「なんかね……ここって、私が思ってたのと違ってて……」

ヤマ理事長はね、ここの支配者……なんだって。

「……ハイ?」

「支配者?」

予想だにしないフレーズに、given nameは面食らう。
支配者。そんな言葉、今時第三世界のニュースでしか耳にしないのではないか?それかフィクション……即ち虚構の中でようやっと、幅を利かせているような言葉ではないのか。

「理事長って、政府の人だと思ってたんだ。私。でも日向くんが言うにはね……ヤマって、神様……なんだって」

「……一応聞いておくけど、それはネトゲの話じゃないよね?」

「へ?ね、ねと……?」

「ああいやうんごめん続けて」

意味不明、理解不能、まるで唐人の寝言のような『神』という一言に面食らったのはその場にいたアイラたちも同じだったらしい。
が、そこで登場したのが過去のこの学校の資料。制服が違うほどに昔の記録。そこにあった、理事長の写真は、今と何一つ変わらない姿だったという。要するに、得体の知れない野郎だと。

「空島が見えるようになったのは、一世紀前くらいのことで。それで研究機関が立ち上がって、ちょうどここに研究所が立ったんだって。
すごくいろいろ調べたみたい。だけど結局……」

「何も、わからなかった?」

黄葉が読めた先を拾い、それにアイラが頷いた。
島が見える人間の特殊性も見つからず、また島のことも何も判明せず。
そしてある日突然、事件は起きた。

「研究所が忽然とね、消えちゃったんだって……中に居た人も全員。
そしたら今度は空から光が降ってきて、気がついたら」

楢鹿高校が、研究所のあったそこに現れていたのだという。

「ヤマが現れて要求したのが、ここの募集要項。その内容を、政府はあっさり飲んで……」

なんでも、石碑があったとかなんとかで。邪神ヤマとして、彼は政府に受容された。
政府にはデメリットがない。犠牲になるのは多くても年間200名。たかが200人くらい、どうとでもなる。代わりに手に入るのは、能力を有した人間だ。
200人の中学生、特に知力に秀でているわけでも国を背負える生まれでもないただの人間。政府が苦渋の末であろうと、「殺すことを是」とするのは理解できない話ではない。
ただ、怒りは覚えるけれど。

「それで、ヤマはね。今ここで、ずっと私たちを見てるんだって」

「え……なんで」

「それがね……『暇つぶし』、だって」

一瞬だけ、given nameは目を見開いた。黄葉はそれどころではない、怒りにぶるぶる肩を震わせる。

「暇つぶし、なんて……。
それで、どれだけの人が死んでるんだよ……!!」

「……それでね、日向くんたちはヤマを潰すんだって話をしてて……私たちはそのお手伝いをするみたい」

カラカラとキャリーケースを引きずりながら、気がつけばそこは理事長室の前だった。扉を見上げながら黄葉が表情を曇らせる。
おそらく、怒りに任せてあたしたちを先導してここまで来てしまったはいいが、だからといってどうすればいいか思いつかないといったところだろう。黄葉はわかりやすい。
とそのとき、ギィと古い木が軋む独特な音がして、真横にあった扉が僅かに開かれる。

「あー……ヤマさんに何か用?」

「へ!?あっいや、たまたま通りかかっただけで……!」

「ふうん、そ」

顔にまだら模様を浮かべた不健康そうな少年が、中から扉にもたれてこちらを窺っていた。
特に用はないと伝えると、「じゃ早く消えて」と間延びした声で告げ、ドアはぴしゃりと再度閉められてしまう。
黄葉が、閉まったあとの扉をじっと見つめながら、えっと、ともう一度口を開く。

「具体的に、理事長をどうするって?」

「それはまだ……、丁度、日向くんのお姉さん待ちだったから」

「あー……」

黄葉の疑問にアイラが答えている途中に割り込む形で、ドアの内側から声が響いた。
先ほどと同様の間延びした声は徐々に迫力と緊張感を増し、またドアが僅かに開かれる。

「ヤマさんに何かしたら……喰い千切っちゃうからね」

……聞こえてたかー……。
渋い顔でそいつがドアを閉めるのを見送りながら、三人、顔を見合わせる。
と、とりあえずここ離れようか。given nameの提案にこくこくと頷く二人を連れて、given nameは少し早歩きで歩き出す。
寮の入り口までたどりついたところで、given nameはため息を吐きながらキャリーケースに軽く腰を掛けた。

「なーに、アレ。番犬?」

「どうなんだろう……やっぱり、日向くんに謝って、僕も入れてもらわなくちゃ……」

「あっ、あの、あのねgiven name!あのとき……助けに来てくれてありがとう」

「え?……ああ、あのときね」

彼女は朝長の件について話しているのだろう。わざわざ改まって礼を言われなくても、彼女がそれについて感謝してるだろうことはもうちゃんと感じられているから、別にいいんだけど。given nameは内心で微笑んだ。
黄葉は、アイラとgiven nameを交互に眺めながら、なんだかんだいつも助けに来てくれるんだよなあなんて考えてみたりする。そして、given nameは絶対に悪いやつなんかじゃない、自分たちと同じ側の人間だという思考にまた至った。心臓を盗られる直前にも同じことを考えていた、それを思い返しながら。

「ねえ、given nameちゃんも日向くんのとこ行こうよ」

「へ?」

「一緒に、ヤマと戦おう!given nameちゃんだって、謝ればきっと許してくれると思うんだ!僕と一緒に日向くんのところに行こうよ!」

「あー……」

given nameはキャリーケースから腰を上げると、申し訳ないけどという顔で、黄葉の申し出を断る声を出した。

「ちょっと、忙しいのよね。やらなきゃいけないことがあるの」

「?え、それって……」

「大変なことじゃないんだけど、時間が吸い取られる用事。ごめんね、健闘は祈ってる」

そう言って、ひらりと手を振る。からからとキャリーケースを引きながら、そのまま男子寮のとある部屋に向かう。後ろから二人が見つめているのを感じながら。
……ヤマの件は。気にかかる、大事な話だ。けれど、今は少し、そこに時間を裂けない。それに、『期待していた』道筋じゃない。何よ神って。神って。
神だろうとなんだろうとやることは変わらないけれど、政府と同一線上に立っているわけではない、そこが問題である。ヤマを脅すことがイコール政府を脅すことになるわけではない。ソレが何より、困る。

「それじゃあ、どうしたらいいのかな……」

だめだ、完全に想定外だ。そうなってくると、政府に話を通せる人間が必要だ。……日向。だけど、日向がそこまで自分のために動いてくれるだろうか?……いや、有り得ないな。
手の中の鍵を鍵穴に突き刺し、回す。当然のようにがちゃりと回ったそれに何の感慨を抱くこともなく扉を開いた。そしてそこに居るはずの男が、網膜の更に裏側で想定されていた。のだが。

「……佐野?……ちょっと、どこ……?」

カーテンが閉め切られているのはいつものことだ。この部屋の暗さもいつものこと。でもこの、圧倒的に『人の気配がしない』のはどういうことだ。
……居ない?そんなばかな。鍵が掛かっていたのだから、まさか外に出たはずは。居ない、なんてことは。有り得ないはずなのに。
からからに乾いた喉がぱきりと割れるように痛み、砂漠の砂のようにざらついた。背筋を凍らせつつ少しずつ足を進める。
キッチンにも居ない。となるとバスルーム?けれど水音どころか、やはり恒温動物の温度を一切感じられない。……落ち着け、落ち着かなくては。とりあえずキッチンシンクの横で逆さまになっていたコップに水を注ぎ、唇に当てて水を飲むことにする。そうした、その瞬間であった。

「ッ!!!!」

「あ、あ、あ、あ、あ」

凄まじい力で、腕がgiven nameの体にしがみつく。コップはシンクに叩きつけられて、高い音と共に二つ割れた。そして、現状を把握するより早く、首筋に激痛が走った。
右手らしきものが顔を掴んで、左手が腹部から胸までを押さえつけているのがわかる。そして首筋に断続的な、わけのわからない熱い痛みが与えられ続けているのは、おそらく歯。噛み付かれているのだ。このままでは肉を喰い千切られる、それを察知したgiven nameはようやく我にかえると、左手に創ったなにか刃状のもので、自分を押さえつける左手を切りつけた。

「あ゛あ゛ぁぁぁああッ!!」

「っは、は、はぁ、はふ……、
あんた…………」

左腕を押さえて、血まみれになりながら床を転げまわる其れは佐野だった。よく知る男だった。まだ目には、正気が戻っていない。獣の目をしていた。
given nameはとりあえず自分の首も大量の布で止血をして、それからため息と共に佐野に圧し掛かり押さえつける。

「あたしに任せな、今は」

拘束具……というとサディスティックかエロティックなものを感じる人も居るかもしれないが、今回はそういった要素は一切ナシだ。今回は、というか、佐野とgiven nameには、といったほうが正しいか。
鉄板を無理矢理曲げたような構造の拘束具で彼を押さえつけながら、given nameはため息を吐く。考えたくは無かったけれど、佐野にも……『限界』があるのだろうか。理想的な終末を抱いてみるのは、誤りなんだろうか?
佐野が少しずつ落ち着くのを待って、自身はそのまま作った包帯で止血用の布を固定していく。血さえ止まれば、なんとでもなろう。

佐野の目から獣の色が失われ、人間性を取り戻すのに、たっぷり20分はかかった。
それに気付き、given nameは恐る恐る拘束具から退く。拘束具を外して傍らに置くと、佐野はゆるゆると起き上がった。

「last nameさん……生きてる?」

「見てわかんない?」

「道連れにされたかもしれないじゃない」

「そうね、あたしなら確実に道連れにするわ」

苦笑する顔はもう完全に普段の佐野だ。だからgiven nameは困ってしまうのだ。佐野という人間を否定すればいいなんてそんなに簡単な話ではないから。

「腕、出しなさい。止血するから」

バスルームからタオルを持ってきたgiven nameは、佐野の腕をそれで縛り上げる。決して深くはないはずだが、血はかなり出ていた。床は二人分の血で赤く染まっていた。
着替えるほどの余裕も感じられなかった二人は、応急処置くらいはしてもらえるはずだと保健室へ行くことにした。怪我の説明どうしよう、なんて話を無愛想に交わしながら、二人は部屋を出たのであった。







変なとこで切れちゃった


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