序*1






ぎぃぎぃと、足元から軋んだ金属音がして、電車が止まる。
その音は、泣き喚く幼児の声に何となく似ていて、彼女は少しだけ気味悪く思った。
反骨精神で染めた髪が、肩の辺りで揺れて、彼女は立ち上がる。
膝に置いていたスクールバッグに似た形状のバッグを肩に掛けて、利発そうな茶色の目でまっすぐに前を見つめて。
ホームへと降り立つと、周囲の喧騒に紛れながら……小さく溜息を吐き出した。

こんな気分、初めて味わう。新しい日々が、最初から苦行とわかっているだなんて。
少しだけ唇を噛んで、彼女は苛々とした様子だった。

周りの空気は、新生活がこれから始まるという時期独特のものなのだろう、特別沸き立っているように思える。
其れを心底羨ましいと思いながらも、彼女は足を止めない。止められない。
これから迎えるであろう未来に竦みながらそれでも、諦めることはできない。
既に戻れないところへ来ている。
少し伸びすぎた爪を手のひらに食い込ませながら、しかと前を向いた。
これは、「楽しい新生活」ではない。
だからあたしは、今一度覚悟せねばならない。
「選択した」のだから。自らの意思で以って、この先にあるかもしれない絶望に相対することを。
この数ヶ月間で企て、そして起こしたいくつかの事件と……それによって引き起こした災禍に思いを馳せつつ、彼女は駅を出た。

彼女の名前は、last namegiven name。
顔だけを見れば、まだ中学生にも見える。
が、染めた髪と揺れるピアス、そしてどことなく思いつめた表情と仄暗い双眸が、彼女を浮世離れさせていた。
それでも眼光は鋭く、引き結ばれた唇は決意を感じさせる。
悲観的、でもそれだけでは終わらない。
そんな、決意を。

交差点に立ったところで、彼女は自分と同じく奇妙な制服の少年を見つけた。
自分と背丈の程は変わらないだろうその子もまた、自分と同じ運命を選択したのだろうと考えると、少し気が楽になった。
この悲劇を負うのは自分だけではない。
仲間ではなくとも、地獄へ向かう葬列の同伴者。
その存在に、心細さは薄くなる。人間ってゲンキンよねえ、あたし含め。そう思って、彼女は早足で歩きながら忍び笑いを漏らした。

そんな風に考えながら、彼の背に意識を向ける。
と、横から歩いてきたサラリーマンが、彼を突き飛ばしてしまうのが見えた。
彼女がそれに気付き、手を伸ばそうかと一瞬思案した瞬間、自分の体の横を腕が伸び、彼の服を掴んだ。

「危ないっ」

可憐な少女らしいソプラノの声が響いた。
隣を見ると、ツインテールの少女が彼を引っ張りあげている。
それにほっとして、彼女はそのまま気付かない振りで通り過ぎようとするサラリーマンの腕を掴む。

「おっさんさぁ。
高校生道路に突き飛ばしといて、謝罪もないわけ?」

掴んだ腕に彼女がぐっ、と力を込めると、絡まれたとでも勘違いしたのか口早に「すいません」と言って去っていった。
まあ、自分だって逃げるかもしれないけど、と思う。
自分のせいで高校生を突き飛ばしたりしたら、むしろダッシュで逃げちゃうかもしれないけど。

「あー、でもいくらか取れたかもなぁ……。
大丈夫?」

振り返りつつ声をかけると、二人が目を丸くして見ていた。
女の子も自分とほぼ同じタイプの制服を着ており、同じ学校の新入生なのだと理解する。
やはりか。少年の胸元には校章。全員、運命共同体というわけだ。

「えっと、ありがとうございますっ」

「どういたしましてー……って、私別に何もしてないよ、そっちの子が助けてくれたんじゃんか。
ほら遅刻しちゃうよ、急ごう」

「え、あ、うん!」

三人はいつの間にか青になった信号を渡りながら少し話す。
男にしてはまだ身長の伸びきってない少年は2対1の男女比ながら何の違和感もなく溶け込んでいた。

「私は比良坂アイラって言うの。一年制だから、みんな同級生だよね?」

「うん、そうなるね。あたしはlast namegiven name。
……ところで少年、何をそんなにびくついているのだね?違うぞ、あたしは不良とかそんなんじゃないからね?」

「えええっびくついてなんていないよ!
えっと、僕は六道黄葉、よろしくね」

「よろしくー」

「がんばろーねっ!
一緒に、偉い人になろーねぇっ」

アイラのその何気ない一言に、一瞬given nameは凍りつく。
その発言は、彼女の心の琴線にそっと触れた。

「last name、さん?」

「え?あ……ごめんごめん、ぼーっとしてた!それより、あたしのことはgiven nameでいーよ、名字あんまり好きじゃないんだ」

偉い、人。
given nameは、彼女のその一言で、彼女は何も知らない人間なのだと知る。
……本当にいるのか、こういった人間も。そして、表情を見る限り、少年も同じなようだ。
顔の表面だけに笑みを形作りながら思考する。
これから、自分たちを襲うだろう悲劇を、知らずにここにいるのか。
教えてあげるべきか、それとも……。

「あ、じゃあ私もアイラでいいよ」

「これでちゃんとした友達ね。黄葉、アイラ、よろしくね」

「うん!」

「よろしくね!」

同年代の人間とこうも友好的に会話したのは何年ぶりだろうか。
純真そうな笑顔を装うのは思ったよりも難しく、顔が歪まないか必死。
自分の心の奥の汚い部分が明け透けに見えないか、とても心配。

『そこの三人!早く入りなさい、入学式に遅れるぞ!』

その声に彼女が顔を上げると、『楢鹿高等学校』の文字。
まるで神社の鳥居のような校門に、黄葉が生唾を飲み込んだ音が聞こえた。
メガホンを持ったスーツ姿の教員に、彼女は鞄から取り出した入学証明書を手渡す。
交換で資料を受け取ると、遠くからチャイムの音が聞こえてきた。

「急ごう、遅刻しちゃう!」

「あ、うん」

焦るアイラに手を引かれ、体育館を目指し、三人で走りだした。
思ったよりも早い速度に足をもたつかせながらも、彼女は一度だけ外の世界を振り返った。
この不可思議な校内に、足を踏み入れてしまったことを、やはり少しだけ後悔しながら。
それでも、立ち止まることなど、もう出来はしない。





失ってしまったから、取り戻したいの。
そのために総てをベットした。
その瞬間から、これは、あたしのゲーム。








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