界*1









『行くとこねぇの?……ま、とりあえずこっち来いよ』

一人きりになって一瞬で自堕落に堕ちこんで、数週間。理解したのはあんなんでも家族としての機能は今まで果たされていたのだということ。
自分自身というものについて考えれば考えるほど、人生はどうでもよくなっていく。
そうして夜、人生で初めて読書にすら飽きて町を徘徊していた時だった。
奏での友人として一度会ったことのある、黒川に出会った。
今にして思えば、全てを喪ってからの、あれが最初のターニングポイントだったのだろう。













パチパチパチ、と火花が小さく舞っている。中庭は風が通らないため、炎はゆっくりと揺らめいていた。
こうしていると、黒川を思い出す。なぜだろう。
手元に、新聞紙と全く同じ材質の白紙の紙という矛盾を感じるものを大量に作り出しひたすら炎に放り込んでいく。
ええいちんたらしていると炎が弱まる。しかし我ながら便利な能力だ。火を作るにも、楢鹿では手に入る新聞紙なんて限られてるから、違う能力だったらまた別の方法を考えなきゃいけなかった。……燃やすだけならコピー用紙でもいいか別に。

「遺産と云ふものの尊(たっと)さを知るわねえ……軽いものは触らなくても数分はそのままだしホントもう、堕落するわあ」

最近はもう寝てるときの服は創作物だし、朝起きたら濡れタオル作ってベッドで顔拭くし、はさみやカッターが必要だったらすぐに手の中に創っちゃうし。
これが良い事か悪い事かで言えばわからない……いや全面的に悪いわな、不健全だ。ふう、とため息を吐く。と、背後に人の気配を感じた。

「お前何やってんだよ!?夏服解禁だぞわかってんの!?焚き火!!?」

「お焚き上げだよ邪魔すんな袴田ぁ」

袴田でした。

「オタキアゲ……?」

「最近のDQNはお焚き上げも知らないんですかあ?じゃあ何、家に呪いの日本人形があったらどうすんのよ?諦めて一人鬼ごっこでもすんの?」

「何でそんな全力で呪い殺される方向に話進めんだよ……ん?てことは、呪いのなんたらを燃やすつもりかよ!?そこのダンボールには何が!?」

丁度あたしの後ろの廊下を歩いていたらしい袴田は、窓から身を乗り出してあたしの足元のダンボールを指差す。
ああ、そっちに話広がっちゃうわけね。

「まあ……呪いのなんたら、それもあながち間違いじゃないねえ。家族の仇を討つため一人立ち上がったけれど志半ばで倒れ、哀れにも存在を無かったことにされたとある若者の遺品でござい」

「超曰くつきじゃねえかよ……!早く!早く燃やせ!!」

「言われずとも」

そう大きくは無いダンボールを持ち上げる。粉々に砕いたプラスチックの破片は、あれでいて結構重いのだ。
えい、と焚き火の上に落とす。火箸を作って真っ直ぐ火の上に置いた。

「何でかなあ、火を見てると黒川のことばっかり思い出すんだよねえ」

「え、あいつ燃すの好きな奴だったっけか」

「いや、多分ベランダで七輪出してサンマ焼いたりしてたから」

「はぁぁぁぁ!?」

「あたしが」

「お前かよ!!ヤクザの跡取り何してんだよと思ったわ!」

「途中からバーベキューに発展してねえ……大して広くも無いベランダで3人、ひたすら肉を焼いてたわ。黒川がヤクザじゃなかったらあれ通報されてたわね」

「んな理由でヤクザしょっ引いた日にゃ、生活安全課も職種を考え直すだろうよ……」

遠い目をして微笑むあたしに、袴田は呆れ返った声を出した。お前にそんな顔をされる謂れはないぞ。

「前も思ったけど袴田って黒川のこと結構知ってるわよね。袴田もあいつの一派だったわけ?溜まり場に居たの見たことないけど」

「俺は別に黒川の子分じゃねえ。ただ地元あの辺だから知ってただけだ」

「ふぅん……まあちょっと冷静になればヤクザの跡取りなんかと関わろうと思わないよね。どうしようあたし公安のリストに載せられてたら」

うう、と肩を震わせる。これからの人生展望なんてことはどうだっていいが、未だに迷惑を掛けている人が居るのかもと思うと肩身が狭いというか、なんというか。
袴田はそれにまたも呆れ、それ以前の話だろと苦笑した。

「あいつマジでお前のこと探してたしよ。ここ出たら公安だのよりそっちのが大変だろ」

「いや、無事が確認できれば追っては来ないでしょ。前にも言ったけど付き合ってたわけでもないし」

っていうか、男女の仲じゃない。……最近恋愛関係不穏だなあたし。不穏、というより不快?あたしに恋愛は鬼門なのかもしれない。

「だからそれは無理あるだろって、同棲しといて」

「居候だっつーの。
あいつはね、あたしの世話を焼きたかっただけなの」

「はあ?」

袴田は、ワケがわからないという声を出した。赤の他人の世話を焼きたがるなんて、確かに黒川のキャラではない。どちらかというと、赤の他人を理由もなく苦しめるのが好きなタイプだ。
でも、そうなり得る事情だけがあった。

「あいつにはあの時、『そうやって』世話を焼く相手が必要だった。そして、あたしには『そういう風に』世話を焼いてくれる人間が必要だった。そうやって利害が一致した」

その結果として、あたしたちが半年以上もの間していた事といえば『兄妹ごっこ』。
家族のように振舞って、一緒に生活をする。会話は少なく、それでも最初に思い出す相手として。
ばかげていた。それ自体は当時すでに自覚があった。こんなことは何にもならないと。くだらない茶番に過ぎないと。
結果から言えば、その見通しすら甘かった。もっと酷いことになった。人間性を取り戻し、暖かさに慣れきり、感情を得て……そしてそれは奪われた。おそらく分不相応だったのだろう。……そこに、思い至らなかった。

わかっている。わかっていた。たぶん死ぬほど理解していた、それでも。
空いた穴を埋めずに居ると、どこかで吐息を見失う。そのことも、経験上知っていたから。

















朝長の死体があっさりと片付けられ、事態は一応の収束を見せ、それからまた少し日が経って。
袴田がやかましく主張したとおり、夏服の季節となっていた。

「まあ、あたしには何の関係もないんだけど」

学校に行かないのに、制服を着るほど学校に縛られてはいない。昔から、町をうろつく女がこぞって制服を着ているのが不思議だった。自分の枷を晒すことに快感があるのだとしたら、それはただのマゾだろう。
中学の制服も、もうどこかに捨ててしまった。たしか。卒業式にも出なかった。

「図書館は一応学校の施設だから、制服の着用義務の範囲にあるんだけど?」

「最近の図書委員は風紀も兼ねてんのか。大変」

ふんと鼻を鳴らすと、潤目はカウンターに積まれた本の貸し出しカードに今日の日付をスタンプしながら「図書館がまるで校則違反を黙認してるように見えるのはなんともね……」と、片方の口角だけを上げて軽く笑った。
最近は日がな一日本ばかり読んでいるため、自動的にほぼ毎日図書館に通いづめることになっていて。と、これまた自動的に図書委員のこいつに出くわすようになっていた。

「っていうか、潤目は学校行かないの?普通図書館って休み時間しか空いてないもんだと思ってたけど」

「そっくりそのまま質問を返すよ?ってか開いてないって想定込みでなんで真っ昼間に図書館に来るかな」

「開いてないなら開けてしまえばいいじゃない?」

すちゃ、とピッキング用のピックを指の間に創ってみせると、「そういう知識どこで手に入れてくんの……?」と潤目は身を引いた。
ので、あたしは隣の返却カウンターに積んでおいた本の上から4冊目、『簡単ピッキング〜判りやすい図解で解説〜』を左手で指差す。

「ここで借りたの。不安なら鍵をタンブラーじゃなくてシリンダーかカードにすればいい」

「あれ、それ僕に教えちゃっていいの?」

「だって、潤目ここに居るんでしょ。ならこじ開ける必要ないし」

死ぬときは鍵あたしに頂戴ね、と笑うと、潤目は口元をひくつかせた。勝った、と上機嫌にあたしは笑う。
何事も、負けるよりは勝ったほうがいい。ってかさっさと貸し出し処理しなさいよ何たらたらしてんの。

「今僕のクラス、授業ほとんど成立してないんだよね。朝長が死んだせいで、逆に全員均衡が取れてない感じで」

「え、潤目四組だったの!?」

驚きを隠せずにそう聞き返すと、潤目は鷹揚と頷いた。
嘘つけ、あたしあんたを四組で見たことないぞ。

「僕は君が朝長に会いに来たの見たことあるけどね?」

「え、じゃあ結構普通に居たわけ?影薄いの、あんた?」

「……そのキッツい性格どうにかならない」

今のところどうにかする気もない、とあたしはにっこりと微笑む。ようやく処理を終えたらしい本を受け取り、創ったキャリーケースに放りこんだ。
そして潤目の空々しいため息を背中で聞きながら、やり込めてやったあたしは上機嫌で図書館を出ようと扉を開く。そこで、珍しい人間に出くわした。

「あ、given nameちゃん……」

「黄葉……あれ、一人?」

図書館に来たのはおそらく初めてだろう少年が、更に珍しいことに一人でそこに立っていた。いつもアイラやらなにやら、いっぱいくっつけて歩いているのだけど。
何かあった?と聞くとしょぼしょぼと眉を下げ、黄葉は「追い出されちゃった」と嘆いた。

「は?喧嘩でもした?」

「……そうか、僕の知らないところで僕と日向くんは喧嘩してたのか!」

「もしもし頭大丈夫……?ちょっと死んでる間に天然に拍車かかってない?まあいいけど」

そう言ってから、ああそうかと思い至る。
日向は『六道』を警戒しているのか。あの男。
それを思い出した瞬間、底冷えする目が足を掴む温度がそして朝長から引き摺り出された心臓までもが甦り、一瞬脳を揺らした。

「あー……」

「given nameちゃん?顔色悪いよ、大丈夫?」

「へーき……。
それより図書館に用があったんでしょ?ほら早く行きな、今なら優しい図書委員が応対してくれるから」

ひらり、と手を振って、踵を返す。日向が黄葉を避けるのもわかるなあ、なんて。あたしも今、彼を避けたわけで。
悲しみは薄められる。怒りも鎮められる。でも恐怖だけは、自力でなんとかするのは難しい。反射的に体を動かすものを捻じ曲げるには、少しの時間と周到な用意が必要だ。許せ、黄葉。
とりあえずそういったものは置いておいて、そろそろ食事を取ろうかと足を前に動かすことにする。
と、ヒールが少し、地面に食い込んだ。空は今日とて、むかつくくらいの快晴が広がっていた。






袴田くんがすきです
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