脅*1





転がる石は自力では止まれない。
咲く花を傷つけ、躓いて弾かれ、自分も何度も削られながら、それでも止まれないから。

暗い部屋、気候に反して冷たい空気、くたびれたファンタジー小説。
視界の端で佐野が身を起こしたのが見えて、視線を向ける。
彼はうたた寝していたようだった。

「ちょっと、寝たら起こしてって言っただろ」

「知ったことじゃないわね。起きなきゃいけない理由でもあったの?」

あたしが窓の下で本に再度目を落としながら突っぱねると、佐野はむくれた様子で立ち上がる。ふわあと欠伸が聞こえた。
そして「だってさ、」と続けながら洗面所に消える。声だけがあたしに届く。

「君がけしかけた奴がなんか騒ぎ起こしてるんでしょ?面白そうだから覗こうかと思ってた」

「この下種。騒ぎに乗じて女探すなんて、蘭堂がどう思うか」

第一けしかけたって何よ、とあたしは面倒くさいという態度を崩すことなくそう返す。
が、佐野は洗って濡れた顔だけを洗面所から覗かせ、穏やかな目で不思議そうに苦笑してみせて……あたしを戦慄させた。

「……ランドウ?誰?」

「……佐野、あんた……」

暗い部屋、凍える空気、無風の中で揺れるページ。
あたしはかちりと歯を鳴らした。佐野が使う水音だけが聞こえていた。石は転がり始めていた。







職員室ってのはいつ来ても楽しくないところだ。制服着てなきゃ尚更。が、そのためだけに着替えに行くのも面倒くさかったので。
面倒だったからつい、と御堂に言い訳したら、特に興味もなさそうに許してくれた。

「ああ、でもたまにあることなの。奥の森に入り込んで蝕から逃げようとして、でもそんなんじゃ逃げ切れないから……とかね。大体2,3週間前くらいからかなあ、来てないよ。蝕があれば生徒数わかるんだけどねー」

「……そうですか」

あたしは3組の担任の曖昧な、でも断定的な返答に頷いて、職員室を出る。
知りたいことはわかった。最悪な結果ではあるが。

「いや……」

まだ結果ではない。終わらせはしない。
とりあえず『焦らなくてはいけない』ことだけわかった。今までの間隔から見て、もって三週間だろう。それで限界だ。
見張ってさえいればもう少し延ばせるかもしれないが……。

「何にせよ、本格始動ってこと」

……その限界は、あたしの最大の好機でもあるのだから。
あたしはぎゅっと手を握り締め、歩き始めた。寮に戻り、佐野の部屋へ帰ろうと男子寮の廊下を進む。早く行かないと。見張ってないと。
その途中、ドアが開け放された部屋があることに気がついた。興味もなにもなかったのだが、その手前で知った声が響いて立ち止まる。

「おら、さっさと縛って……」

「なーにしてんのあんたら……」

「うおっ!?」

あたしが呆れた声を出すと、ロープを持つ日向の肩が跳ね上がった。
その足元には女の子が転がっている。

「あらァー……。
お楽しみ中だった?」

「おい待てその目!変な誤解すんなよお前……!袴田も六道も居るんだっつーの!!」

「……え?」

彼の言葉の中にあるはずの無い名前を聞いて、あたしは部屋の中を覗き込む。
と、そこには例の長身バージョンの黄葉が居た。

「あ、given nameちゃんだー」

「……何で」

「あー、……お前には言ってなかったんだけど、オレさぁザオリク使えるんだよね」

「だって遺体確認も済んで、外に運ばれてったのに……」

「おい無視か」

ライブラしかできないくせに嘘吐くんじゃないの。
聞けば、彼らも理由はわからないがなぜか生き返って戻ってきたらしい。……わけがわからない。と言っても本当に日向にも何がなんだかわからないらしい。
まあ、知らなくてもいいことは知らなくてもいいか……。あたしには直接関係はなさそうだし。

「……ともかく、アンタが生きてて良かったわ。死なないでくれて……」

あたしはほっとして顔を手で覆う。思ったよりも安堵していることに自分でも驚くが、素直に喜んでおこう。
が、あたしが喜んだことが不可思議だと言わんばかりに彼らは顔を見合わせる。なんて失礼な。

「で?そいつらは何で縛るの?」

部屋に入ってきちんと見れば、地面に臥しているのは女子だけじゃなかった。プラス男子二人。
袴田がそのうち一人をぐるぐると縛り上げている。

「オレらを殺しに来た奴らなんだよ。だから逆に尋問したろうか、と」

「ふうん……」

可哀想にね。あたしがそう呟くと日向は少し顔をしかめた。意味は若干歪曲して伝わったかもしれないが、別にどうでもいいか。彼らの命日は今日になる可能性高し、とりあえず合掌。朝長は足を引っ張った奴を許さない。
っとと、こんなところで油を売ってる場合じゃなかった。

「それじゃ、あたしは行くわね。がんばって」

「おい、last name!」

立ち話を切り上げて歩き出したあたしを日向が呼び止める。
数メートル歩いたところで振り返ると、彼は数秒の逡巡の後、躊躇いながら口を開いた。

「こんなこと聞いていいものかアレなんだけどな。
あの、『水』の日に会った男。お前がやたら警戒してた奴。何で今、一緒に居るんだ?」

「……」

「それに、比良坂が居なくなったときも、迷わずあいつのところに行ったよな。あいつは何なんだ?お前は何を企んでる」

てっきり、放っておいてくれるものだと思ってた。そういう風に仕向けた部分もあるし。
だから一瞬、なんて答えたものかわからず沈黙する。でもスタンスは崩さない。崩せない、まだ。

「教えない。何も言わない」

「last name……!」

「でも約束する。誰かを傷つけるようなことはしない。特にアンタらには、関わりのないようにするから」

だから、関わらないで。
そう静かに呟いた言葉に、なぜか日向は傷ついた顔をしたような気がした。
……気のせい?うん、きっとそう。もしそうでなくても……構うべきじゃない。そう瞬時に判断し、彼の顔をそれ以上眺めるのは止した。そしてもう一度廊下を歩き出す。日向の視線をじっと背中に受けながら。

少しずつ、無理やりに思考をシフトさせる。さてはて、どうしようかな。目下大問題なのは朝長だ。……だが。
まだ捨てるには惜しいと思ってたけど、もう止めるのは無理だろう。軽い制止をした代わりに黄葉が殺られてしまった。それはなんか知らんが生き返ってるので恨みつらみはないにしろ、もう朝長を抑止することが難しいのは確かだ。
それに、日向たちについてもどうしたものか。見殺しってのはやっぱり夢見が悪くなるから好ましくないが、かといって我先にと朝長狩りに参加はちょっと、ねえ。

「どうしよっかな……」

やっぱ傍観かな。あんま関わりたくないんだよねえやっぱり。佐野の件があるし、朝長にかまけてらんない。ああでも、外界とのパイプラインはあるに越したことないから日向たちに恩を売っておくべきか……?日向の姉は、とんでもなく惜しい。
だがあの抜け目なさそうな女が、多少手柄を立てた程度であたしの頼みを聞き入れてくれるだろうか。ましてそう簡単なお願いでもない。
あたしはふっと息をつく。本当にどうしたものか……。
考え事をしていたからか、佐野の部屋の前を通り過ぎてしまう。
だめだなーと思いつつ部屋のドアに手を伸ばす。初めてのテストが近いからだろう、佐野は椅子に座って教科書を捲っていた。

「あ、おかえりー」

「いやあたしの部屋じゃないしここ」

「えっもう住んでるもんだと」

はは、と笑う佐野にいらつき。まあ確かにほぼ24時間体制で見張ってはいるんで、基本的にここで寝泊りしているけども。
それでも同居や同棲みたいなカテゴライズは全力で遠慮したい。死んでも嫌だ。
given nameはふう、と虚空にため息を吐き出した。







佐野君でオチ、が多すぎてごめんなさい
でも佐野君に愛はない 奏にもない


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