盗*1






目を覚ましたら、まだ陽の堕ちる前だった。
短時間の睡眠でもいくぶん頭はすっきりしていて、寝不足もあったのだろうなと苦笑する。体はゲンキンだ。
さて、どうしようか。さすがにまだ終わってはいないだろうし。

「一応……行くだけ行ってみるか」

会話の内容は気になるし。こちらの動きと朝長の動きを把握してないと、動きづらいだろうし。
少し皺のついたスカートを軽く直して、部屋を出る。もちろん施錠は忘れずに。
入学してこういう危機管理は少しだけマシになったかな。少なくとも、彼女に怒られないくらいには。
あの子だって観念意識ゆるっゆるのくせに、よくもまああんなにあたしを怒れたもんだ。given nameは彼女を思い出してつい笑みを零した。
そしてすぐに表情を険しくする。思い返す度、覚悟は重く圧し掛かった。

男子寮に来るまで誰にも会わなかった。まあ近いしね。そう不思議なことではないんだけど。
日向の部屋の前まで来て、そっと耳を澄ます。と、複数人の話す声が少しだけ漏れ聞こえた。
まだやってるのか。なら来て良かった、と思いながらgiven nameは部屋をノックした。









「あの、最初に申し上げなきゃいけないことがあって」

座るや否や、尊川がそろそろと周囲を見回し、そう言った。何かを探すような目だった。
比良坂が「なあに?」と聞くと、尊川は少し表情を曇らせて、「1組の、ある人のことなんですけど」とそろそろと切り出す。

「1組の女の子が、朝長と……知り合いみたいで、一度だけ……。そう、『始』の日に、1組で話し込んでるのを……見たことが、あるんです」

「!」

驚くべき内容に俺の肩まで跳ねる。
まさか、1組にまで。意外と朝長には味方がいるってことか。それは少々まずい。早期にわかってよかったと思うべきか。

「親密なのかどうかまでは、わかりませんけど。なんだか待ち合わせをしていたみたいだったし、たぶん仲間……なんじゃないかと。
怖くて近寄れなくて、何を話してるのかまでは聞き取れませんでしたが」

「そうか……」

「そのあとも、ちょくちょく会ってはいたみたいです。辰巳くんが前、見かけたと話してくれました」

辰巳に頷いて確認を取る尊川に、六道が慌てた様子で「日向くん」と情けない声を出した。ったく、あっさり動揺しやがって。

「いや、そいつが今の段階でわかるのは収穫だ。
尊川、そいつ……名前まではわからなくていい、特徴はわかるか?20人強しかいねえから、簡単に絞り込める」

「あ、えっと……暗がりだったので、あんまり詳しくはわからなかったけど、確か……」

尊川がそこまで言った時、ノックの音が室内に響いた。
ドアのすぐ近くにいた美濃がドアを開けると、そこに居たのはlast nameで。
さっきよりはいくらか顔色のよくなった彼女に少し安堵して、俺が「狭いけど適当に座れ」と、言おうとしたときだった。
部屋の隅で小さく悲鳴が上がり、尊川は身じろぎ後ずさる。辰巳が尊川の前に出て彼女をかばおうとする。
おい、待てよおい、その行動は、まさか。

「あの人……ッあの人です!あの人が、朝長くんの……!」

その先の言葉は、聴かないでもわかってしまった。信じたくは、なかったが。






ああ、やっぱ来なきゃよかった。ちょっと欲を出して情報を得ようとした結果のドツボ。時既に遅し後悔先に立たず。どうせ長くはもたなかったっていうのは一応の慰めになるだろうか?

「ばれちゃったかー……。ま、当たり前よね。そう長くは続かないわ、こんな状態」

朝長が一発、「ようlast name」とでも言えばそれでアウトの状況だった。どうせばれるなら早い方が傷は少ないが、それはこいつらとの関係性の話。命に関わるとなればまったく別。情報を得れば、それだけであたしの鎧になったはずなのに。
でもまあ、隠そうとしてたわけでもないので。別にばれてもかまわないのだけど。

「last name、お前……朝長の、仲間なのか?」

空気がどろりと重くなる。絶望的な表情のアイラたちに、いっそ笑ってやりたくなった。
これで終わり。こいつらとは完全に終わり。……別にいいわ。そんなことで傷ついたりしないし、面白くないとさえ思わない。ただ、興味を失くす時共通の、物悲しさが少しあるだけ。
あたしもほんとばか。友達つくりに来たんじゃないのよ。図らずも裏切りを演出して敵をつくるなんてほんと最低。
ああ、いっそ関わらなきゃよかった。そしたら、あたしをこうも敵視はしなかったろう。せいぜい牽制されるくらいで済んだ。

「一応否定しておくけど、仲間じゃない。あいつがどうなろうと知ったことじゃないしね」

「でも知り合いなのは否定しないわけか」

「そりゃ、バレる嘘なんてわざわざつかないわよ。
でもここに来る前から知ってたってだけで、それはあたしを向こう側にカウントする理由になんの?」

あたしがそう聞くと、日向は視線を鋭くして「知り合いだって言わなかっただろ。4組に知り合いが居るって、言う機会はいくらでもあったはずだ」と低くうなった。
あー、まあそりゃそうなんだけど。

「じゃあ言い方を変えようか。朝長はかなりやばい奴だから、あたしは関わりたくない。
そしてアンタらがあいつと敵対しようと思っているのなら、アンタらにも関わりたくない。どちらにもつきたくない」

「given name……!」

「あたしは、あいつに殺されない場所に立つだけ。あいつの有利に進めようともアンタらを助けようともしない。……そう考えれば丁度よかったわ。早めに抜けないと、知り合いな分最初に殺されるから、あたし。
それじゃがんばってね。あいつの天下はめんどくさそうだし、一応勝利は願っててあげる」

絶句するアイラを一瞥し、あたしはひらと手を振って踵を返し部屋を出る。靴を脱ぐこともなく帰ることになるなんて、何しに来たんだか。
後ろには沈黙が満ちていた。

「(悪いこと、しちゃったかしら)」

でもそういう現実。
……あたしにとっては、もしかして最良の結果か。朝長は放って置いたら、いつ友好関係不可侵条約を崩しにくるかわからない。あたしからこれ以上の情報を引き出そうとするかもしれないし、そうなったらおそらく手段は選ぶまい。
一方であたしから手を出せば、これ幸いと適当な生徒を使ってあたしを殺しにくるだろう。どっちも最悪。それならあたしには関係ないところで、殺しあってくれるのが一番いい。どんな場所であれ、頭は低くしておくに越したことはない。

「(だけど……)」

ぎゅっと目を瞑る。あたしが動かなくて、それで彼らが死ぬのは、それは、それはなんだか、少し……、

「待ってよ!!」

後ろから響いた大きな声に驚いて振り返る。そこにいたのは、黄葉で。
大きな目を必死に吊り上げて、こっちを見ていた。

「given nameちゃんは、朝長のしてること、なんとも思わないの?
自分さえ良ければそれでいいの!?」

「あー……。ズレてんなあ、もう。
そういうことじゃないのよ」

「じゃあどういうことだっていうの!!あんなひどいことをしてる奴を、どうも思わないの!?」

あたしと体格の変わらない、いやいっそあたしより小さい彼は、ふるふる震えながら懸命に吠えた。
彼なりの、精一杯の糾弾。
あたしにとってそれは……端的に言えば超、うざい。
図星を突かれてるからだわ、なんて冷静に理解する自分は更にうざい、ので。

「思わない。……思っても、実行に移そうとは思わない。そんなにあたし、暇じゃないの。
だってあたし、アンタとは違うのよ。何も考えずに生きてるんじゃない。何も知らずに、地獄に来たんじゃないのよ」

そこまで言えば、黄葉は黙った。はっとしたように。ようやく気づいたらしい。
あたしが朝長と同じく、何か理由を抱いてここに堕ちてきたのだということに。
それを黙視して、あたしは彼に背を向ける。歩き出す。

「じゃあgiven nameちゃんは、何を考えてるの……」

アンタの1mmも知らない、あたしの過去のことよ。
それは口には出せず、そしてもう振り返ることもなかった。





It's all up to you.

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