炎*3







そして、その翌日。
蝕は、真っ黒に染まる空とともに訪れた。どうしようもない現状だが、あたしには一つ予感があった。朝長が絶対に、何かをすると。

「うっわ……空一面埋まってるよ」

表情を変えないgiven nameの後ろで、美濃が至極嫌そうな声を出す。
いつもの面々そろい踏みで、焦慮と慄然に険しい表情をしていた。

「坂崎見つけたか!?」

「居なかった。
部屋に行ってみたけど……」

アイラがそう言って、駆け寄ってくる。部屋も見に行ったのか。
が、居なかったということは……。
あたしが視線を彷徨わせると、それはすぐに見つかった。……やはりか。
そこには数名の生徒と、坂崎。それに一人の……女生徒。

「あ……」

「シエちゃん!!」

坂崎だけじゃない、なんて。坂崎もその女生徒も、何かに腕を囚われてしまっている。あれじゃあ、坂崎だけじゃなく、彼女も……。
あたしが困惑する横で、アイラが駆け出す。が、途中、見えない何かに阻まれてしまう。境界線を作る文字持ちがいるのか。

「なに……これ……」

「おい、おたくら二人に何したんだ?」

「別に……何も……」

日向が険しい顔で彼らに尋ねると、涼しい顔で一人の女生徒……向井が答える。
彼女は少し苦手だった。盲信的なところ含め。いやむしろそれメインで、か。

「戦ってもらうだけ……」

「……なるほど、死にたくなければ戦うだろうって?」

「そんな……何でこんなことするんだよ!!」

黄葉が声を震わせ激昂する。だが、四組の生徒はさらに怒号を飛ばす。

「何で?何でだと……?
何寝ぼけたこと言ってやがる!あいつが戦わなかったせいでこの二日間、うちのクラスがどれだけ『無駄死に』したと思ってんだ!!」

「あぁ……!?」

その物言いに対し、日向が怒りを覚えたようで睨めつけたが、そんなことをしている暇はない。
あたしは空を見た。

「だめ、もう来るわ!」

空から、昨日までとは比べ物にならないほどの敵が『流れ込む』。
そいつらはそのまま、二人のまわりをぐるぐると回りだした。
向井の『囮』か……!

「嘘、私たちの方に来ない……!?」

「ああ、四組の奴がなんかしたな……!」

「どうしよう、二人は中だよ!」

どうにも出来ずに手を拱いていると、向井と目が合った。その双眸の奥には、静かな怒りが煌々と燃えていて、薄気味悪い。
この女も大概キレてしまっているのだ。朝長と一緒に狂った。狂わないように耐えたあたしには、一生行けないところにいる。
彼女を見ていたくなくて、ふっ、と顔を逸らしたとき、目の前が真っ赤に染まった。

ドオオオオォォオォォォォォオオオオォォオオオオオオオオオ

真っ赤な炎が天高く立ち上り、空を文字通り焼いていく。
それは膨れ上がってあたしたちまで包んだが、熱さはない。良かった、うまく行ったのだ。炎があるということは、坂崎も死んでいない。

「あれ……?
私たち、燃えて、ない……?」

「あ、ホントだ……」

驚いている黄葉とアイラをよそに、あたしはほっと胸をなでおろす。何もしなかった分、これで死なれたらやっぱ夢見超悪い。
火はすぐに収まり、ふと顔を上げると、一昨日、昨日、今日と続いた惨劇など露ほども感じさせないほど晴れやかに、空は青く澄み渡っている。
だがgiven nameが安心しきって視線を落とすと、そこには一つの悲劇があった。

「あや……あやぁ……!

倒したよ、あいつ……倒したからね……ね……?」

少女の上半身を抱きしめて泣きじゃくる坂崎。
すぐに意味は理解した。彼女だけが、死んだのだ。坂崎の友人らしい、彼女だけが。

(「……ミサ?ミサ?どこにいるの?何で電話に出ないの?ねえ、ねえ、お願いだから」)

未だ鳴らぬ電話。叩き壊してしまえば良かった?彼女は今も、一人どこかで。
いらいらする。……いらいらする。

「given name、もう………戻ろう?」

硬直して立ち尽くすgiven nameにアイラが声を掛けるが、今の彼女には聞こえない、届かない。
じっと目を見開いたまま、血塗れで胴体をかき抱くシエを凝視していた。

「(きぶん、わるい)」

光景総てがあたしに見えて、仕方が無いの。
あたしを助けようとした貴女が結局堕ちて死んでしまって、それであたしはここに来て、ずっとチャンスをうかがってる。
きっと実際は全然違うお話、でもその表情はおんなじでもう、どこから否定したら満足に息ができるのかわからない。

血の気が下がる。背筋が冷たい。世界が凍りついた気さえする。
あああ、あたしは……あたしは……。

「……い、おい?last name?おい、大丈夫かよ」

「……、へ?ああ……」

はっと我に返る。日向が覗き込んでいた。
その心配そうな顔に少し驚いた。それから、どくどくとした鼓動が遠くから聞こえてきて、自分がショックを受けていることを理解する。……少し、休みたい。

「ごめん、ちょっと……。
あたし、部屋戻るね」

これ以上この思考を進めては駄目だ。意図的に感情をシャットダウンすると、日向にそう笑って、あたしは帰寮を告げる。
たぶん少し貧血なのだ。ただそれだけ。大丈夫。大丈夫なはずだ。あたしはまだ、立っていられる。

「そっか、体調崩さないようにな。
俺の部屋であとで作戦会議すっから、来れそうなら来い」

「うん、わかった」

気持ち悪さをかき消すように、あたしは必死に微笑む。日向はまだ心配そうに眉根を寄せていた。
大丈夫だ。一人でもまっすぐに、歩かなくては。…大丈夫だ。

作戦会議とは、おそらく対4組のためだろう。今回の件で更に4組は孤立を際立たせた。
できるなら、あんまり関わりたくないのだけど。ああでも、放っておいたら全員殺されそうだ。それはさすがにいろいろと気が咎める。なけなしの良心とか。今さっき痛んだばかりの何か、とか。

とりあえずさっさと戻って少し仮眠をとって、起きても間に合うようだったら行こう。そう決めて自室に戻る。できるだけ無心のまま。真っ暗な世界は数倍の速さで過ぎ去り、気が付いたら部屋の前。
さっさと入ってそして鍵を閉めて靴を脱いで、ベッドに横になる。そしたら珍しいくらいすぐに眠気がやってきてくれて、あたしは一旦この世界から離脱できることに安心しながら、思考をシャットアウトしたのだった。






prev next

戻る


topへ
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -