水*1







いただきます、と言って、目の前のものを適当に口に入れて紅茶で流し込む。完全に作業と化したその行為の中では、大好きなレディ・グレイさえも一介の歯車に過ぎなかった。
このところ、一日三食きっちり食べていて、もう胃が大忙しで体調は若干悪い。ここに来る前は一日二食で多いくらいだったので尚更。そのせいで味もよくわからない。
できるだけ胃に負担のなさそうなものを選んで食べてはいるのだが、それでも気持ち悪さがときどき襲う。日向たちと一緒に行動してるからこういうことになるわけだから、少し距離を置いた方がいいだろうか。とりあえず、朝は自主的に遅刻するようにしよう。
なんて、学生として問題のありそうなことを考えていると、正面でアイラが「そういえば」と口を開く。

「given name、本好きなんだねえ。午前中はずっと読んでたよね。授業中も」

「ああ、うん。習慣化してるからつい、ね」

いつ頃からか覚えていない読書という趣味は、本に長時間触れていないと落ち着かなくなるほどには中毒化している。
ということで、授業中だろうとあたしはそちらを優先させている。今のところ支障は無いので、辞める気も無い。

「図書委員はgiven nameの方が良かったんじゃないかなあ、私本ってあんまり読まないからよくわからないんだ」

えへへ、と笑う彼女に「でもあたしが図書委員だったら、たぶん一日中本読んでるだけになっちゃうわ」と笑い返す。
そんな視界の端にも、ひそひそとした声はちらつく。

「ねえ、なんか……」

その話題には一応触れないようにしていたのだが、黄葉が所在無く周りを見回すので、結局その話題への波及を許してしまう。
はいはい、聞いてあげますよ。
仕方ないという態度を隠すあたしをよそに、アイラが黄葉にきらきらとした目を向けた。

「しょうがないよ、六道くんすごかったもん!」

「うーん………」

黄葉は困ったように、それでも嬉しそうにする。アイラの賞賛が嬉しかったのだろう。黄葉のこの素直さは美点だ。あたしには無い。
あたしは背凭れに体重を預け、じっと遠くを見つめた。
黄葉の存在は、確かに奇妙だ。前にも食堂でまったく同じ話を本人にしたが、文字の力はあくまで他へのベクトルを持つものだ。自分の姿を変えるというのも、自己の精神から肉体へのベクトルはきちんと存在している。
それが、出発点であろう精神にまで影響を及ぼすというのは理解できない。明確なイメージが無いが故の混乱から生まれたというのも一つあり得そうな論だが、それにしては黄葉を救いすぎだし、この間見た男は、文字のバグにしては「まとも」すぎた。
黄葉を何度か救っているようでもあるし、決して悪いものではなさそうだ。となると、もう可能性は何も思いつかない。
ちらりと視線を横にやると、日向がじっと黄葉を見つめていた。穴でも開きそうだ。しかも眉根を寄せているので、睨んでいるとすら言えるかもしれない。
疑念を表に出したら疑われるわよ、と心の中で彼への苦笑を漏らしたとき、頭上で声がした。

「こんにちはっ!」

息を揃えて現れた三人は、明らかにクラスが違う。一人は知っている。
どんな繋がりかしらとgiven nameは思ったが、そちらを見もせず食事を続ける。

「初めまして、君六道くんでしょ?」

「ぼくルディ、よろしく!
君みたいに強そうな人が居てくれると心強いよ!!」

「う……うん……」

「あたしは青島ぱっち!話聞かせてほしいなーって」

「あっ、オレ朝長ね」

最後の一言に、given nameはわずかに反応を示す。それは一瞬だったため、誰にも気付かれはしなかったが。
……やっぱり、来るわよね。使えそうな気配はきちんと嗅ぎ分けているというわけだ。

「ねぇねぇ六道くんはさ、すごい能力持ってるみたいだけど……アレ誰なの?」

「あ、えと……」

「それあたしも聞きたかった!
すごいかっこいいよね!!」

「扉の中に敵みたいのが倒れてたの見えたけど……アレ何?
どうやって倒したの?」

「あ、あの……」

捲し立てられる質問に、黄葉は困ったように日向とあたしを交互に見る。
ああ、まったくもう。

「ねえ」

given nameは少し大きい声を上げた。
そろそろ煩わしい。

「黄葉、その辺よく分かってないの。その辺にしてあげてくれない?」

「え?何ソレ……」

「君の能力なんだろ?」

朝長は黄葉に言ってる癖に、じっとgiven nameを見ていた。あたしの言葉が真実かどうか見極めようとするかのように。
その視線もうっとうしい。ひらりと片手を振って、その意を示した。

「あ、あのね、六道くんまだ疲れてるから……」

「そっか……ごめんね」

見かねてアイラがそう乞うように言うと。彼らは一応の謝罪を言って踵を返す。
彼らは割合おとなしく引き下がったが、それでも朝長はまだこちらを見ていた。疑り深いなお前は。

「……」

にしても、やはりみんな考えることは一緒か。この高校はバトルロワイヤルではない。何人生き残るかは問題でなく、自分が生き残ればそれで良い訳だから、誰かを盾にして生き延びるべきなのだ。
可能ならあたしだってそうするから、なんとも言えない。それはどうしようもあるまい。

『………以上、スポーツニュースでした。
次はお天気です………』

「あっ、天気予報始まった!」

「ちょっ、静かにしろって!」

「くっだんね……」

天気予報の開始と同時に一気にざわめく食堂。その中で誰かの声が響く。

「天気、天気ってバッカじゃない?」

「行こうぜ」

そう言って立ち上がったのは四組の集団だった。あたしは背凭れから身を起こしその後姿を眺める。
朝長はもう居なくなっている。昨日偶然会って話したときは、お互いに進展なしという話をした。が、四組の実権は握ったらしいから、あの暗さは独裁下だから起こるものか。
まあ、あたしには関係ないか……。given nameは軽く肩をすくめると、カップに残った紅茶を一気に飲み干したのだった。







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