白*1



「んげ、ピーカン」

あたしは窓枠にもたれかかり、空を見上げた。
ここ数日蝕は来ていない。いつ来てもおかしくないとは言え、間が空けばそれだけ可能性は降り積もっていくわけだから、それは緊張感に直結する。
後ろで椅子を引く音がして、日向が隣に顔を出す。彼も浮かない顔をしていた。

「現在の生徒数が111名だから……イヤーな予感がするんだよな……」

「なるほど、3の倍数。そりゃ来るわ、もう確定だわ」

「ちょっgiven nameちゃん不吉なこと言わないで……、って、うわっ」

黄葉が私にそう言い返した瞬間だった。
空の島から光が弾ける。反射的に目を庇った。
そして暗転、あたしは意識が混濁してゆくのを感じた。


カシャッ
  カシャッ


「あぁ……やっぱりか」

暗い森の中での第一声はそれだった。
見覚えの無い場所。隔離型蝕だ。
立ち上がり、体を少し動かしてみる。首が多少痛むのと、けだるい程度。特に目に見えてわかる異変はナシ、と。
そして周囲を注意深く見回すと、すぐに奇妙な音を立てるそれに気がつく。あれは……タイマーか。
一見そうは見えないが、秒刻みで動いているので、タイマーか時計かだろう。
まあそんなんどっちでもいい。どうせ残り時間を図っているのだ。気にしている時間があるなら脱出に使った方がいい。
スカートについた土を払って歩き出す。
靴が乾いた地面を叩いて軽い音を立てる。一応用意、ということで、両手にレボルバーを創っておいた。
さて、残り二人は誰かしら。使える奴がいいわね。
そう思った時、茂みの奥で何かが動いた。

「!」

「あ……last nameさんじゃないか!」

反射的に銃を向ける。が、相手はそれに臆することなく、嬉しそうに近づいてくる。
最悪にも程がある相手だった。ぞわり、背筋が粟立つ。

「……佐野」

「良かった、俺の知ってる人が二人もいて。あ、こちら蘭堂さん。クラスメイトなんだ」

「えっと、佐野くん、この人知り合い……なの?」

後ろからメガネをかけた小柄な女が顔を出す。下の方で縛った髪は長く、腰に届きそうだった。
時間がないので、歩きながら紹介を受けることにする。本当なら、こんな近くにいるだけでおぞましい相手だが、背に腹は代えられない。

「ああ、last namegiven nameさん。中学が一緒だったんだよ。ね?」

「あぁ……そうだったわね」

「そうだったね、って覚えてなかったの!?ひどいなー」

ははは、と軽快な笑い声を上げるそいつ……佐野一政。
確かに同郷だ。ただ、同級生ということよりもまず、こいつとは嫌な関係性があったので失念していただけだ。

「あの、よろしくねlast nameさん……!私、この学校のことよく知らなくて……佐野くんが助けてくれなかったらどうなってたか」

「……それじゃあ、まだ数日のお付き合いなのね」

「へっ!?」

あたしの言葉に、蘭堂の声は裏返る。やっぱりか。
こういう、嫌な予感ばかり当たりやがる。

「last nameさんは鋭いなあー……!いつもそうだよね、君。そう、俺ら付き合ってんの今」

「佐野だからね。勘ですらないわ」

いっそ諦めの域よ、とは言わずにそこで言葉を切る。ちょうどよく今回の『試練』が見えてきたということもあって。
それはひとつの大きな門。白い白いその門扉には、龍が浮き彫りで描かれていた。

「あ……これ、向こう学校なのね」

「本当だ、ガラスの向こうに校庭が見えるよ」

二人は門の端の部分に張り付いて、外を見る。
なるほど、これが開けばいいわけだ。
錠はある。あとは鍵だ。
さて、どうしたもんかしら……。

「……え?それ、どういう……ええっ」

突然佐野が声を上げる。どうしたことかと目をやると、奴はしょぼくれた顔をしていた。

「どうしよう、俺が二人を殺さないと出られないとか言ってる」

「簡単に騙されるんじゃないわよ。
……隔離型は、基本3人一緒じゃないと出らんないのよ」

「ねえねえっ、待ってあれ……鍵じゃない?」

溜め息を吐くあたしに蘭堂が声を上げる。
彼女の文字は弱点の探査型らしい。便利だわね。
彼女から場所を聞き出し、あたしが文字で作ったナイフを突き刺すと、文字が腹から転がり出た。

「さあ、出られるわよ」

「わー俺何の役にも立ってねー」

「ど、どんまい佐野くん!」

後ろでぴーぴー言う二人を置いて、さっさと外に出る。数分ぶりなだけなのに、日光がやたらと眩しかった。
どうやら、まだ2組程度しか出てきていないようだ。

「last nameさん!」

「……」

振り返ると佐野がにこやかにこっちを見ていた。
嫌な笑みだった。ああ、反吐が出る。

「またね、last nameさん」

「……ええ」

振り払うように、あたしはさっさと踵を返す。
早歩きで奴から離れると、生垣に苛立ち混じりに腰をかけた。
悪夢だ。これは悪夢だ。吐き気がする。
会いたい会いたくないの次元じゃない。生きるか死ぬか。殺すか殺されるか。
同じ場所で息をする以上邂逅を避けることができないことくらいわかっていたが、それにしても。

「殺してやりたい……」

ぼそりと呟いたそれは明確な色を持たずに空気に溶けた。
聞こえる距離に人間が居なかったのは幸運と思わなければならないだろう。
ああ、それすら悔しい。
……もう次の女まで決まっているのだから、許せない。
女がいなければ許せたのかどうかなんてのは議論にもならないけれど、吐き気は明らかに増した。
動機、眩暈。字面を見ればなんだか薬のCMに出てくるキャッチフレーズみたいだ。なんてバカなことを考える。
ああ、悔しいなあ……悔しい……悔しい……。

ぐるぐると回るそれらを断ち切ったのは、一つの声だった。

「うわっlast nameに負けた……!早いなーお前」

「……日向」

「どした?随分暗いな、誰か死んだのか?」

それは最近親しくなった彼で。
とりあえず思考回路は一回クリアになる。暴れまわっていたどろどろとしたものはなりを潜めた。

「いや、全部、無事」

「そうか、それはなにより」

あら、苦しくない。眩暈がもうしない。気持ち悪くもない。
とりあえずあの男から完全に離れられたようで、正体不明の息苦しさからは解放されたようだった。

「あっ三十郎が女の子と喋ってる!」

「本当だ珍しい!」

「お前ら元気だな……」

後ろから、髪の長い女子と帽子をかぶった少年が現れた。
どうやら日向の知り合いらしい。……日向って三十郎って名前なんだ。どこからとったんだろ。

「初めまして、私は篠原ノア。こいつは美濃ね」

「ノア?かっこいい名前。
あたしはlast namegiven name。given nameでいいよ」

「三十郎と一緒ってことは一組かー」

そう言いながら隣に彼らが腰を下ろす。
どうやって龍倒したんだ?と日向が聞いてくるので、文字を使った、と答えながらちらと遠くを見やる。
と、アイラが疲れた表情でこちらへ歩いてくるのが見えた。

「アイラだ」

「あ、given name……それにノアちゃんも日向くんも、早いねみんな」

「アイラちゃん疲れてる?大丈夫?」

はは、と乾いた笑いを零すアイラ。
なんでノアとアイラが知り合いなのかと思ったら、二人は同室らしい。
さて、知り合いで後顔を見ていないのは黄葉だけだ。
アイラもそれが気になったらしく、尋ねてくる。

「ねえ、六道くんは?」

「まだ見てない。これからみたいね」

「……もうあんまし時間ねえし、早いとこ出てくりゃいいんだけどな」

日向がじっと島を見上げ、私もつられて空を見る。
陽が落ち始めた真っ赤な空の中、島に光が当たらなくなるのも時間の問題だった。





prev next

戻る


topへ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -