一輪花 | ナノ


  02


翌朝、瞬はすぐにリンドウの術の効果を実感していた。
ゆきの様子を窺うべく訪ねた部屋で、ゆきが嬉しそうに体調がいいことを瞬に伝えてきたからだ。
肌の色も昨日までに比べると格段に良くなっている。
淡く光を放ちながら咲く睡蓮の花を思い出すと不安が過ぎるが、ゆきの元気な姿には代えられない。
瞬は無理矢理それを飲み込んで、ゆきと連れ立って朝食を取るべく部屋を出た。

「おっ、今日は調子が良さそうじゃないか、ゆき」

途中、廊下で出会った都もすぐに気がついたらしい。嬉しそうにゆきの顔色を確かめ、心の底から安堵したようにゆきの頭をぽんと叩いた。

「うん、起きたときから何だか凄く身体が軽いの」
「瞬の言いつけを守って休んでた甲斐があったな、ゆき!あんなやつでもたまには役に立つってことか」
「もう、都!瞬兄のことはいつも頼りにしてるよ、私。でも瞬兄が看病してくれたから良くなったのかも。ありがとう、瞬兄」
「……いえ、それが俺の役目ですから」

はしゃぐ神子二人の前で、瞬の気分は反比例して落ちていく。
ゆきが良くなったことは素直に喜ぶべきことなのだが、どうにも腑に落ちない。
ここまで効果がある呪なら、ゆきの命に充てられたものが無事ではすまないということくらい、考えずとも分かることだ。

「何だ、瞬。顔が暗いぞ?って、いつものことか」
「都ったら……でも瞬兄、本当に何だか元気がないみたい。具合が悪いの?」
「俺の体調に問題はありません。そんなことより折角貴方の調子がいいんです、食事を終えたら残りの四凶を倒しに行きましょう」

残る四凶はあと二体。それを倒し、小栗の課題をクリアしなければならない。
この調子であればゆきの命の残量を気にすることなくまがつ神に挑めるだろう。

「あ、チナミくん、おはよう」
「おはよう、ゆき。今日は調子が良さそうだな、随分と顔色がいい」
「おはようございます、ゆき。本当に今日は具合が良さそうですね。頬が薔薇色ですよ、my princess」
「ふふ、おはようアーネスト」

集まってくる八葉にゆきの隣を譲り、瞬は一歩引いた場所でゆきの背中を眺めた。
二番目に大事なものとは、果たして何なのか。
自身の身体に異変はない。
あのリンドウでさえも分からないのだ、どれだけ考えたところで分かる由もないだろう。
考えることを止め、瞬はゆきの背中を追った。
次々と合流していく八葉は皆ゆきの体調の良さに表情を明るくしている。
道が定まったとしても、全員がゆきの体調には心を痛めていたのだから、これで良かったのだ―――瞬は自分に言い聞かせた。

「お、何だ何だ、今日は随分と賑やかじゃないか」

そこへ一足遅れた龍馬が朝食の場へ姿を現した。
場の空気が一層ぱっと明るくなり、ゆきがおっとりと笑いながら龍馬に朝の挨拶を告げる。

「龍馬さん、おはようございます」
「ああ、おはようさん、お嬢。今日は何だかいつもより元気じゃないか」
「はい、今日は凄く調子がいいんです」
「そりゃあ何よりだ。朝餉もしっかり食うんだぜ?」

瞬の隣に腰を下ろした龍馬は、颯爽と箸を取り、逆の手でリンドウの邸の女中が米をよそってくれた茶碗を受け取った。
炊きたての白米に目を細め、美味そうに掻き込む龍馬にゆきがふふっと笑う。
龍馬はやることも豪快だが、食べ方も豪快だ。
とても瞬には真似出来ないような食べ方に眉根を寄せ、瞬も茶碗を持ち上げた。

(―――…?)

そこでふと違和感を覚え、隣の龍馬に目を向ける。
漬物を摘み上げる龍馬の仕草に妙なところはない。いつもの光景だった。

「この調子だと今日は四凶を倒しに行けそうだな」
「はい、今日は東の方を探索してみようと思うんです」
「東……東なあ。もう一つは西だったか」
「西は白虎の守護する土地だ。東だと、青龍。戦闘には俺とお前が出ることになるな」
「あー、そうだな。だったらお嬢、今日は西を探索せんか?あっちにゃ美味い団子屋があるんだ、ついでにそこに寄るってのはどうだ?」

こういうとき、真っ先にゆきを守り戦おうとするのが龍馬だというのに、困ったように笑って龍馬は箸を持ったままの右手を振った。

「龍馬さん、具合でも悪いんですか?だったら今日は小松さんと桜智さんにお願いして西の方から……」
「あー、いや、折角お嬢の具合がいいなら、美味いもんを食ってもっと元気になってほしいだけさ。それに、ひーろーは最後の最後にいいところを見せるもんだろう?」
「ああ、ゆきちゃん……私ならいつでもキミのために戦えるよ……」

たった今まで近くにいなかった桜智が突如目の前でゆきに微笑みかけている。
ゆきが名を呼べばどんな遠くからでも駆けつけるのだろう。
微笑む桜智に、ゆきは同じように微笑み返して今日の予定を東の探索から西の探索へと切り替える決断を下した。
どこから倒そうと、四凶を全て倒せるのならそれで構わない。瞬もその決断に異論はなかった。
だが、やはり何かが引っ掛かる。
龍馬が戦いを避けるのは、人と人との諍いが殆どだった。
人を傷つけることを好まない龍馬は、しかしそれを怨霊に向けることは余程の事情がない限りはない。
訝しげに龍馬を見れば、瞬の疑心など気にも留めずにどこ吹く風で焼き魚の身を解していた。

「龍馬、もう少し綺麗に食べなさい。いい年してみっともないよ」

向かいの席に座った帯刀が心底嫌そうな顔をして指摘する。言われた通り龍馬の食べ方はいつになく汚いもので、魚の身が皿のあちこちに散らばっていた。

「魚を食うのはちっと苦手なんだ。骨が上手く外せん」
「何を童みたいなことを……」
「お前こそ親父のようだぞ」
「…少なくとも君みたいな子を持った覚えはないよ」

年嵩の変わらぬ者同士の言い合いに呆れたのか、チナミがお止めくださいと制止に入った。
チナミの膳は既に全てを平らげてあり、龍馬の膳とは比べ物にならないほど綺麗になっている。

「歓談は構わないけど、早くしてくれない?いつまでも君たちを待っていられるほど僕も暇じゃないから」

最後はリンドウの厭味で締め括られ、八葉全員と神子たちの膳はからりと見事に完食となった。
腹ごなしにいっちょ行くかと笑う龍馬ほど気楽ではいられないが、四凶を討つべく瞬も他の八葉もリンドウ邸を後にする。
ゆきが決めた通り、行き先は西だ。

「戦列に加わるのは、私と桜智、それからチナミで構わないね、ゆきくん」

道すがら確認する帯刀に、ゆきはこくりと愛らしく頷いた。

「はい。よろしくお願いします、小松さん、桜智さん、チナミくん」
「キミのお願いを叶えないなんてことが、あるはずもない……この身を尽くして、キミを守り、戦うよ…ゆきちゃん……」
「ああ、任せておけ、ゆき」
「西の四凶は金属性だろうし、帯刀くんの判断は正しいね。チナミくんの火の力で戦いは多少楽になるんじゃないの」

リンドウの言う通り、四凶はそれぞれの方角を守護する四神と同じ属性だった。
ならば西に居座る四凶は金。瞬や龍馬が苦手とする相手となる。
前線に参加出来ずにゆきの身を傍で守れないのは星の一族として歯痒かったが、それは瞬に限らず龍馬も、他の八葉も同じ気持ちに違いない。
適材適所は心得ている。瞬の今日なすべきことは、後方支援に徹することだ。

「瞬と龍馬は周囲の警戒と、人がいた場合の避難誘導を頼むよ」
「ああ、分かった」
「高杉と総司、それから―――……」

帯刀の的確な指示を受け、八葉の顔つきが引き締まる。
既に二体倒しているとはいえ、いずれの四凶も強敵だった。
西の四凶とてそれは同じで、油断は死に直結するものだ。
それをこの幕末で生まれ育った者は痛いほど知っている。
いつもは調子のいい龍馬も心なしか厳しい目をして前を見据えていた。

「……近い、気をつけろ。強いのがいる」

瞬の後ろを歩く都の顔色が悪くなり始めた頃には、辺りをどろどろとした禍々しい気が覆っていた。

prev / next

[ back to top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -