ゴミ箱 | ナノ


▽ エアアンジェ空色新刊(りょましゅん)


「ッ―――!!」

ゴッ、と鈍い音が耳のすぐ傍で鳴った。
一拍遅れて痛みが波紋のように頬全体に広がる。
その痛みよりもなお、胸の軋むような痛みの方が強かった。

「どうして……!」

怒りに身を任せて殴ったにしては、今にも泣きそうな表情をしている。
こうして堪えることに慣れている素振りさえ見せるのに、それでも。
俺の前では感情を露にしてくれるのかと歪な喜びを覚えてしまう。

人目のない場所で、無理矢理抱き寄せて接吻した。
薄い唇は柔らかくて、冷たくて、味気なかった。
瞬らしい。
唇一つでも瞬は瞬だ。
何度触れたいと願ったことだろう。
甘く絡みつく濡れた舌を想像したことだろう。
愛しくて堪らなくて思わず舌先を伸ばすと、我に返ったのか唇の端に手加減なく噛みつかれ、そして。

渾身の力で頬を殴り飛ばされていた。

「そりゃあ今更だろ、瞬」

頬を押えながら立ち上がり、毛を逆立てた猫のような瞬に一歩ずつ近づいていく。
怒りにぶれる紫の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
無機質ないつもの瞬の目よりこっちの方が余程綺麗に見える。
冷たさに隠れ、ひっそりと秘められた感情。
その発露にぞくりと背中の産毛が逆立った。

「好き以外に理由があるなら、俺が教えて欲しいくらいだぜ」
「……龍馬ッ」
「ああ、そうだ。俺はお前のことが好きだ。大好きだ。無理矢理にでも俺のもんにしちまいてえくらいに。その相手がお嬢だとしても、瞬だけは譲れないくらいにゃ瞬に惚れちまってる」

手を伸ばし、頬に掛かる髪を梳き流す。
柔らかく細い銀の糸のような髪。
月を紡げばこんな美しい糸が出来るだろうか。

「瞬も俺のことが好きだろ?」
「反吐が出るほど嫌いだ」
「そりゃ結構。無関心よりはそっちがいい」

に、と笑う。
吊り上った唇の、瞬に噛まれた痕がジンと痛んだ。
瞬が俺の手を振り払い、きつく睨みつけてくる。
感情の現れ。
美しいその姿に、俺はますます瞬に惹きつけられてしまう。
そして恐らく瞬も。
そういう風に、俺と瞬は出来ている。

「嫌いなら、お前の心に俺がちゃあんといるっちゅうことだからな」


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