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▽ 慣れないけど嬉しい(桜智×帯刀)


「どれでも好きなものを選びなさい。何なら全部でもかまわないけど」

そう言って小松さんが私の前に広げたのは、反物から簪に至るまで贅を尽くした品物の数々だった。
さてこれは一体どういう冗談だろうか―――と唇に指を這わせながら考えるも、そもそも小松さんが私に対して冗談を言う利点がひとつもない。
無駄な行動を嫌う人だから、この奇妙な出来事にも絶対に意味はある。
だが、それが一体何であるのかを私には想像することすら出来なかった。

「…あの、小松さん……一体、どういうことなんだい…?」

仕方なくそう尋ねれば、小松さんは右の肘を左手で受けるように支え、そして右手の人差し指を唇の前に立てた。
秘密だとでも言いたいのだろうか。
困惑する私に小松さんは楽しくて仕方ないという顔で笑った。

「どうもこうも、見ての通りだよ」
「見ての通り…とは、その……」
「少しは自分で考えなさい。説明するのも面倒だしね」
「えっ…あ、あの、つまり……これを全部私に…くれるというのかい?」
「全部でも構わないって、先程言ったでしょ。二度も言わせないで」

堆く積まれたそれらには私に似合わなさそうなもの(明らかに女性が喜ぶような)も含まれていて、もしかして私は何かを試されているのではないかとそんな考えが頭を過ぎった。
だとすれば、失望させないためにも小松さんの気に入る品物を選ばなければならない。
私に似合う、何かを。

目を皿のようにしてそれらを見れば、桜の柄が綺麗な反物や朱塗りの簪、金の刺繍がされた帯、陶器で出来た香炉、有名な薩摩切子の器、やはり高価なものだと知れるものばかりが並んでいる。
どれも私には似合いそうにもない、華美なものばかり。
どうしたものかと頭を悩ませていると、煌びやかなものの間にひっそりと埋まっていたものが目に付いた。

「……ええと、じゃあ…これを」

ひやりとするそれを手に取ると、小松さんが「ふうん」と声を漏らした。
恐らくは外国から輸入したものだろう、確かな重量感と施された装飾の細かさは目を見張るほどだ。

「まあそうなると思っていたけどね」

それほど残念な様子もなく、けれど満足しているといった表情でもない。
ただ、私が持っているモノ―――硯に目を落とし、ふっと口許だけで笑って見せた。

「精々仕事に勤しみなさい。文字を綴り記録として残していくことこそ、これからの君の仕事だよ」

部屋の外に声を掛け、小松さんは床に散らばる様々なものを運び出させた。
あれだけ色鮮やかだった部屋がいつも通りの殺風景な私の部屋に戻り、そして、体温を吸ってじわりとぬるくなった硯だけが私のところに残っている。

「ああ…分かっているよ。私に出来る精一杯で、後世に伝えていくつもりだから……この世界のことを、神子が為した奇跡を…」

そしてあなたのことも。
これだけ光に当たっていながらも影を選ぶ小松さんの生き方を、私はこの硯で墨を磨って残していこう。
自然と笑み零した私に、小松さんは目を瞬かせ―――そして少しだけ喜色を滲ませて目を伏せた。

「…それじゃあ私はそろそろ失礼するよ。用件は終わったし」

用件。
そこでふとこの贈り物の意味をまだ教えてもらっていないことに気づく。
私に仕事をしろと言いたいだけならばこんな手の込んだことをする必要はどこにもない。
わざわざ選ばせたその意味は。真意は、一体。

「あ、あの、小松さん。どうして…これを…?」

帰ろうと羽織を翻した小松さんの背中に問い掛ければ、肩越しに呆れた顔を覗かせる。

「君ね…そんなに気になるの?」
「……ああ、すごく、気になるよ」

私の顔を見たまま小松さんはじっと黙り込んだ。
言うか言うまいか迷っている、小松さんにしては珍しい状態だ。
言うのにためらう理由があるのだろうか。

聞いてくれるなと言いたげな無言の圧力にも視線を逸らさずに小松さんを見つめていると、はあ、と大仰に溜息をついた小松さんが根負けしたのか私の方に向き直った。
ゆっくりと唇が動く―――重たげに私の名をまず、形作って。

「ゆきくんの世界では、生まれた日を祝う習慣があると聞いたことがあってね。君、今日がその日でしょ」

そして語られた言葉に、私の息が詰まった。
まさか、そんなことで。そんな理由で。
小松さんが茶番とも呼べるこんなことをしてくれたというのか。

「でも、いつも花にしか贈り物をしないから、何か用意してと命じておいたらこうなってしまってね……とはいえ、相手が男だと言うのを忘れていた私に責任はある。だから急遽自分で用意したんだよ、それ」
「それって…硯のことかい?」
「そう。知り合いから安価に譲ってもらった品でね。そのうち使おうと思って仕舞っておいたのを思い出したというわけ」

龍が浮き彫りにされた、美しい硯。
小松さんが私のために用意してくれたもの。

「……あ、あの…っ、小松さん、ありがとう…」
「ありがたくないから礼なんて言わないで」
「そんなことはないよ、その…とても…嬉しい……」

気に入って購入したものを私に贈ってくれるというその気持ちが嬉しくて、私は顔を綻ばせる。
鬼である私が生まれたことを祝ってもらえるというだけでもすごいことだ。
祝われたことなど一度もない。
疎まれたことならば数え切れないほどあるけれど。

「…おめでとう、桜智」

呆れ声で告げられた言祝に、私は大きく頷いて自分の生を喜んだ。

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