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▽ 休日(桜智×帯刀)


たまにぽんと何もする必要のない休日が出来ると、さて何をしたものかと逆に考えてしまうのは、根っからの仕事人間だからなのだろう。
元の世界にいた頃はもう少し上手く切り替えが出来ていたように思うが、この世界では仕事とプライベートの境界線があやふやで、どうにも上手くいかない。
ゆっくり朝寝坊をと思ったところで目は勝手に覚めてしまうし、朝の散歩でもするかと窓を見れば生憎の雨だ。一日何もせずにいることは憚られるし、かといってすることは特にない。
こんなとき、一人暮らしの男ならば溜まりに溜まった洗濯物や洗い物、掃除なんかをして一日が終わっていくのかもしれないけれど、我が家は二人暮しであり、家事は殆どもう片方が負担している。
つまり、やることが本当にない状態だった。

「……どうしたものかな」

ぼんやりと呟くと、朝食の後片付けをしていた男がくるりと振り向いた。

「どうかしたのかい、小松さん」
「いや、どうもしていないから、困っているんだよ」
「困っている……?」

私の言葉に、急いだ様子で食器の泡を落とし、けれど丁寧に水切り籠に並べていく。
几帳面な性格には見えないが、案外拘るところは拘る、多少偏執的な部分が彼にはある。
その拘りの中に私や、かつての龍神の神子が入っていて、どうしてその中に私が入ったのかは未だに謎のままだった。

「私では……力になれないことかい……?」

手を拭いて、私をちらりと見てから次にコーヒーの準備を始める。
これも食後に行う一連の流れになっており、朝食が洋食のとき以外は大体同じ光景が繰り広げられていた。
私好みに調合されたコーヒー豆は桜智の手によってミルで挽かれ、機械を使わずに手でお湯を落とし、絶妙な加減のコーヒーとなって私の前に置かれる。
香り立つコーヒーに目を細めてカップを受け取ると、揃いのカップを手にした桜智は私の向かいの席に腰を下ろし、ふうっとコーヒーに息を吹き掛けた。
わりと猫舌らしいことも、この世界に来てから知ったことだ。

「仕事のことだろうか……。だとしたら、私では力になることが出来ないけれど……」

一口飲んでから、桜智はことんとカップをテーブルに戻した。
心配そうな蒼い目に苦く笑う。

「違うよ。久しぶりの休みだから、何をしようかと思ってね。先日買った本も読み終えてしまったし、外に出るといってもこの雨でしょ。日がな一日ぼんやりとしているのは性に合わないし……ね、困ったと思わない?」
「それは、困ること……なのかい…?」
「そうだね、私は困ることかな」

日がな一日ぼんやりと物思いに耽り過ごせそうな男は眉目を寄せてううんと難しそうに唸った。
憂いに満ちた容貌はその辺の娘が見れば騒ぎ立てそうなほどだというのに、桜智はただ私の「困ったこと」に対して悩んでいるだけだ。
これと決めた人に対して尽くすことに、一つも疑問を抱かない稀有な性格。
彼の中での優先順位は間違いなく私が一番だろう。
もう少し自分を大事にするようにしてもらいたいものだけれど、こればかりはどう諭しても上手くいかないに違いない。

「……それなら、その……私と、どこかに……行かないかい?」

ほわり、と白磁の肌を朱色にして、桜智が微笑んだ。

「濡れるのが嫌なら、私の鬼の力を使えばいい……どうだろう」
「……それは、デートのお誘い?」

くすくすと笑えば、桜智の顔はますます赤味を増していく。

「ふふ、桜智とデートも悪くないかな」
「こ、小松さん……」

冷え始めたコーヒーをぐいと飲み干し、目を細めてじっと桜智を見つめた。
あわあわとしてカップを上げたり下げたりする桜智は、自分が誘ってきたくせに羞恥と戸惑いにてんやわんやだ。
ともに住み、寝所も同じで、とうに身体だって繋げた間柄だというのに、今更どうしてこんなことで動揺するのだろう。
その様子がおかしくてふと思いついた悪戯を口にだせば、桜智は真っ赤になったままぶるぶると震え、そのまま彼の妄想の世界へと旅立ってしまった。
こうなるとしばらくは帰ってこない。

「……戻ってきたら、どちらか決めてくれる?それまで私は新聞でも読んでいるから」

飲み終えたカップをシンクに置いて、髪を弄りながらリビングへと向かう。
後ろでは「ああっ、小松さん…そんな、大胆だよ…!!」と意味の分からないことを捲くし立てる桜智の声が聞こえたが、あえて聞かないふりをした。

(それとも、私と一日ベッドで過ごす?)

どちらに天秤が傾くのか、それは後の楽しみに取っておくことにしよう。

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