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▽ わんわんお(りょましゅん)


「瞬!とりっくおあとりーと!」

夜更けに突然部屋を襲撃してきた男を見て、瞬は眉間に深く皺を刻み込んだ。
頭には何やら獣の耳を模したようなものがついており、更に腰のガンホルダーには布を細かく裂いて作った尻尾のようなものがぶら下がっている。
これが三十路の男がする行為だろうか。
全身をまじまじと見つめながら、瞬はこめかみに走る痛みに指を添えた。
恐らくは狼男なのであろう坂本龍馬を前に、出て行けと冷ややかな声で命じることが出来るのはきっと瞬か帯刀くらいである。


今日は朝から龍馬の姿を見ていなかった。
多忙な男だ、八葉の責務以外に優先すべきものがある―――ありすぎる男だから、それは珍しいことではない。
その時は前もって今日は同行出来ないと言伝は受けている。今日も例外ではなかった。
だが、ようやく戻ってきたかと思ったら突然のこれである。
大方ゆきが余計なことを吹き込んだのだろう、異国の文化に触れ、それを実践して目一杯楽しんでいるのが表情から窺えた。
しかしそれを披露される側からしてみればただの迷惑でしかない。
就寝間際に変な格好をした対にちょっかいを掛けられる身にもなって欲しいものだ。

「もしかして、俺の発音はおかしいか?お嬢に何度も教えてもらったんだがな…とりっくおあとりーと」
「……発音もおかしいが、お前の行為の方がその倍はおかしい。早く出て行け」
「でも意味は通じてるんだろう?だったら、悪戯か菓子か選んでもらわにゃならん」

ほれ、と手のひらを上にして龍馬の左手が伸びてくる。
だが生憎この日のために用意した菓子はゆきと都に全て取られてしまい、一つも残っていなかった。
そもそも瞬は菓子を持ち歩くような性格はしておらず、甘味を控え、その分食事をしっかりと取るべきだという考えの持ち主である。
ゆきの健康管理に役立てばと覚えた料理の腕は伊達ではない。

「…菓子はない」

仕方なくそう言えば、龍馬の目は一層輝きを増した。

「だったら悪戯だな。さぁて、何をしてやろうか」
「龍馬。確かに菓子はないが、俺にはお前の悪戯を受ける義理もない。ハロウィンはもうじき終わりだろう。さっさと寝て明日に備えろ」
「でも今はまだはろうぃんだろ?四半刻もありゃあ、充分悪戯出来るってもんだ。」
「…龍馬、いい加減に―――」

溜息とともに目を伏せたその瞬間、龍馬の手が瞬の頭を捉えた。
わし、と無造作に撫でられる。
けれど決して乱暴ではない。幼子にするようなそれと同じだった。

「何を、」
「悪戯に決まってる。犬に噛まれたと思ってりゃあ大したことでもないだろう?」

わしわし。
柔らかく細い髪が乱れ、視界をちらちらと過ぎっていく。
目を細めて龍馬を見上げれば、満足そうに片口を上げて笑っているのが見えた。
怒りのままに詰ろうかとも思ったが、頭に生えている不恰好な犬の耳を見ているとその気も失せてしまう。
ゆきの手作りなのか、それとも龍馬の手作りなのか。
あまりにも下手糞で出来の悪い耳だった。

「程度の低い悪戯だな…」

ふう、と息を吐く。
未だ龍馬の手は瞬の頭の上にあった。
グローブをつけていない龍馬の手は大きく、硬く、温かい。
それが龍馬の本質なのだろう。
手のひら一つから、そんなことまで伝わってくる。

「ん?程度の高い悪戯っちゅうと…こうか!」
「っわ、ぁ!」

突然頭から手が離れ、瞬の両脇に触れてくる。
明確な意図を持って動く指は的確に弱いポイントを暴き出した。
擽られて思わず声を上げてしまい、パッと頬が赤らんでしまう。
動揺したことが悔しく、恥ずかしい。
何事にも動じない強い精神を持っていようと常に自分を律しているだけに、こんな風に子供のような反応をしてしまったことが我慢ならなかった。
しかも、相手は龍馬だ。
悪戯を仕掛けてきたのがゆきではなかったことは幸いだったが、弱みを知られたくない相手であることには変わりない。

「やっ、め…、……っく、あ、は」

制止しようと声を出すも、擽られている最中では言葉にならない。
切れ切れに上がる声に龍馬の手もますます勢いづき、そしてついに瞬は畳へと倒れ込んだ。
なおも追ってくる龍馬の手は、脇から腰へと移動していて擽ることを止めようとはしない。
全身の力で身を捩って魔の手から逃げ出した頃には、額に薄っすらと汗が浮かんでいた。

「は…っ……」

涙すら滲んだ目でじろりと睨みつけると、瞬に覆い被さるようにして擽っていた龍馬が何やら居心地悪そうに視線を泳がせる。
その頬は瞬と同じく、朱色。
擽る方も体力を要するものだっただろうかと見当違いなことを思う瞬を他所に、龍馬はそそくさと身体を起こすとふわふわの髪に埋もれそうな耳を引き抜き、瞬の頭にちょんとおざなりに装着させた。

「いや、何だ…その。悪戯大成功ってな!じゃ、また明日!」
「…おい、龍馬」
「小言なら明日にしてくれや、今日はちっと都合が…そ、そう、これから帯刀にも悪戯を仕掛けてくる予定でな」
「この時間では、もうハロウィンも終わってる、だろう…それに相手が悪いと思うが…」
「とにかく!俺はここで…じゃあ、またな、瞬!」

ばっと身を翻して逃げていく龍馬の背中を眺め、熱を持った頬を拭うようにして触れた。
くだらない悪戯ではあったものの、こんなに笑い転げたのはいつぶりだろう―――否、こんなに笑ったのはきっと生まれて初めてだ。

「……たまにはこんな日も、悪くはない、か…」

消えるまでの戯れも、たまには。
そう呟いて犬の耳を引き抜いて瞬は笑う。
下手糞なそれはどうやら龍馬の手製らしく、どこで手に入れたのか茶色の皮が使われていた。
前々から計画していたのだろう、ゆきと龍馬の策にまんまと引っ掛かってしまったことになるが、それもまた悪くはない。


しかし、その計画にはなかった、イレギュラーな出来事が一つ。
前屈みで去っていた龍馬が、瞬を相手に新たな世界への扉を開こうとしていた。

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