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▽ ハロウィン(龍馬×瞬)*現代パロ


坂本龍馬という男は好奇心が旺盛だ。
知らないことは何でも知りたがり、興味を持てば進んでその中に身を投じていく。
幕末の世界にいた頃も、それよりずっと後の時代にいる今も、全く変わらない。

変わらないからこそ、周囲は振り回されるのだが。




「そういえば、桐生先生も料理されるのよねえ」

帰り際、そんな風に看護婦長に声を掛けられ、瞬は足を止めた。
見れば婦長の足下に大きな紙袋が置いてあり、そこから何やら緑のものが覗いている。

「ええ、まあ…一人暮らしですから、多少は」

研修医という立場上、瞬の生活は実に慎ましい。
外食ばかり出来るような金銭的余裕もなければ、アルバイトを認められていないため、出来る限り自炊をして生活を切り詰めなければならないのだ。
加えて、瞬にはエンゲル係数を大幅に上げている諸悪の根源というものがまるで妖怪か霊の如くとりついている。
自炊は最早必須であった。

「これねえ、私の夫が作ったんですよ。手前味噌だけど初めてのわりに上手に出来たんですよ。先生、よければ何個でもどうぞ」
「…すみません、ではお言葉に甘えていただいていきます」
「ええ、どうぞどうぞ!あ、そうだ先生、それからこれもね…」

賑やかに笑う婦長から手渡されたのは小ぶりな南瓜だった。
煮付けるにはちょうどいいサイズで、一つもらっていこうと瞬は婦長が取り出した南瓜を受け取るために手を伸ばした。
だが、瞬の思いを知ってか知らずか、増えに増えて瞬の手には五つの南瓜が乗せられている。
一人分と考えるとしばらくは見たくないほどの南瓜の煮付けが出来るだろう。
流石に違うメニューも考えなければと瞬は頭の中から自分のレパートリーを引っ張り出しながら帰路についた。

南瓜のポタージュ、南瓜のグラタン、南瓜のコロッケ、南瓜のサラダ。
小さな南瓜だから、中をくり貫いてグラタンにするとゆきならばきっと喜ぶだろう―――妹のような少女を思い出し、口許を綻ばせる。
近々一度蓮水家に顔を出してみようか。
ゆきのことを思う瞬の足取りは研修後とは思えないほど軽かった。

だが、ガチャンッと大きな音を立ててマンションのドアの鍵を外した途端、現実が顔を出す。
南瓜の入った袋を提げた瞬の視線の先には隣人でもある龍馬がドアを開けてにこやかに笑っていた。

「よ、瞬。お疲れさん」
「…お前の顔を見て疲労が倍増した」
「つれないこと言うなって!お、そりゃ南瓜か?今日の晩飯は南瓜の煮つけってとこか」

相変わらずにクロックスによれよれのジャージ姿で龍馬がぺたぺたと寄ってくる。
鍵の音一つで隣の部屋から飛んでくるのだから、龍馬も大概暇な男だとげんなりするが、そうしたところで龍馬の勢いは止まらない。
寧ろ勢いづいて瞬の手から南瓜の入った袋を奪うと、

「よし、んじゃあ煮炊き手伝ってやるぜ」

意気揚々と瞬の部屋へと上がり込んでしまっていた。
結局、毎日こうなのである。
瞬の留守中に勝手に部屋に入ってこないだけ、遠慮しているのだと自分に言い聞かせるしかない。

「龍馬、何度も言っているがお前のやっていることは不法侵入だぞ」
「俺と瞬の仲だろ、細かいことは気にしなさんなって」

どうせ言ったところで、糠に釘だ。
瞬の溜息すら龍馬の楽しそうな鼻歌に掻き消されてしまう。
突き放せないのも断りきれないのも瞬の甘さのせいだと思えば全てを龍馬のせいにするわけにもいかず、瞬は自分の部屋だというのに龍馬の背中を追ってキッチンへと入っていった。

「龍馬、俺がやるからお前は…」

着替えもままならないままシャツの袖を捲り上げた瞬に、龍馬がくるりと振り向いて「瞬、こりゃ何だ?」と手のひらを見せた。
正確には手の上に乗せたものを、だが、そこにはジャック・オ・ランタンの形をした飴が一つ転がっている。
南瓜と一緒に婦長が袋に入れたもので、もうじきハロウィーンだからと皆に配っていたのだ。
日本ではあまりメジャーな行事ではないが、名前は知れ渡っている上にこの時期になるとそういったグッズだけは店先にこぞって並べられている。
婦長も恐らくはそれを見て買ってきたのだろう。
気のいい婦長の顔を思い浮かべ、瞬は「十月と言えばハロウィーンだからな」とその飴を摘み上げた。

「はろ、うぃん?」
「ああ。子供たちが近所の家を訪ねてお菓子をもらうイベント…のようなものだ」
「へえ。そのいべんとではタダで菓子がもらえるのか。子供にゃいい日だなあ」
「菓子をくれなければ悪戯をしてもいい日らしい。日本ではあまり普及はしていないが、こういう菓子やグッズなんかはよく売っている」

飴を龍馬の手の上に戻してやると、龍馬はそれを手の上でころころと転がした。
目を輝かせながら瞬の話を聞いているところを見ると、どうやらハロウィーンに興味を持ってしまったらしい。
こうなっては何をどうしても止まらないことは嫌というほど知っている。
心行くまで龍馬の質問に答えていては時間が幾らあっても足りないが、料理に取り掛からねばいつまで経っても腹は膨れない。
南瓜を一つまな板の上に乗せ、瞬は煮物用にカットしようと包丁を握り締めた。

「で、何で南瓜の形なんだ?この飴は」
「南瓜の化け物が出てくる話がアイルランドかどこかにある。それを模したものだろう」
「その化け物とはろうぃんがどう関係してくるんだ?」
「…詳しくは知らない。ただ、南瓜をくり貫いて蝋燭を立ててランタンにするのが普通らしい」
「提灯みたいなもんか?なるほどな、向こうにゃ面白い文化があるもんだ」

そして龍馬の目がついっと南瓜に向けられる。
依然目は輝いたままだ。
五個の南瓜。
興味を持った行事、それを再現出来る材料、叶えるのに必要な知識を持った人材。
揃いも揃っていれば龍馬が言い出すのも時間の問題だろう。
瞬は諦めて包丁から手を離した。

「作ってみるか?ランタン」
「そうこなくっちゃな!俺と瞬のらんたん、一個ずつ作ろうぜ。中身は煮てくれるんだろ?」
「……食材を無駄にはしない。その代わり、消費は付き合え。俺一人では食いきれない」
「ははっ、任せとけって。そりゃ願ってもないお役目だぜ」

楽しそうに嬉しそうに弾んだ声に望んで押し流される。
瞬の部屋に二つのランタンが並ぶのはそれから一時間後のことだった。


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