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▽ 明けない夜(龍馬×瞬)


夜明けが近い。
薄っすらと光が滲み始めた空を見上げ、遣る瀬無い息を吐いた。
もうすぐ天海を討ち、直に日本の夜も明けるだろう。
明けない夜などないのだ。
それは何であろうと変わらない。

だが―――。

つい、と視線を動かした先に、背を丸めて眠る男の姿がある。
らしくなく肌蹴させて肌を見せているのは、俺が散々抱き潰して寝かせたからだ。
瞬の夜は明けない。いつまでも夜のまま、閉ざされたところにいる。
俺がどれだけ手を伸ばそうと決して掴むことも触れることもない。
ただ、暗い夜の底で諦めとともに座っているだけだ。

瞬が抱えているものを、俺は知らない。
暴こうとしても噛みつかんばかりの勢いで拒まれる。
そうして、ひとりそれを大切に抱き込んで諦める。
期待などひとつもしていない、死んだような目で。

俺はこれまでに死地に向かう男たちの目をいくつもいくつも見てきた。
志のために、国のために、戦線へと向かい帰らなかった男たちの目を。
だがそのどれにも瞬は当てはまらない。
死ぬことを前提とした目。
諦めることに慣れた目。
静謐で、それでいて強く、なのにけぶるような。
そんな目をどうして放っておけるだろう。

日光に近づくにつれて少しずつ疲弊しているような素振りを見て見ぬふりが出来ずに部屋に誘った。
逃げられないようにお嬢にも声を掛けて部屋に上げてしまえば、保護者である瞬が来ないはずもない。
渋々といった顔で俺とお嬢の話に付き合う瞬は、やはり死んだような目をしている。
時折眩しそうにお嬢を見るのは、瞬がお嬢のことを異性として愛しいと思っているからなんだろう。
なのに絶対に思いを伝えようとも叶えようともせずに諦めている。
決して脈がないわけでもないだろうに。

他愛もない話に花を咲かせ、帯刀に頼んで取り寄せた菓子を食べ、そうして半刻ほど過ごしてから頃合を見計らってお嬢だけを部屋に帰した。
この先のことで話がある、そう言って部屋を出ようとした瞬を引き止める。
当然いい顔をしない瞬の手首を掴み、俺は目を丸くした。

「ちっと痩せたか?」
「……痩せてなどいない。いいから離せ」
「いーや、痩せたっちゅうかやつれたか。瞬、最近ちゃんと寝てないんだろ」
「健康管理は出来ている。お前に言われるまでもない」

腕を振り解いた瞬は、そのまま手首を庇うように左手で覆った。
時は夜、風呂を済ませた瞬も俺も着流しを着ているだけでいつもは隠れている手も手首も丸見えだ。
俺よりも細身ではあるものの剣を扱う者として必要なだけの筋肉はついているのだろうが、それにしても記憶の中にある瞬の腕より細くなっている気がした。

目の下に薄く見える隈、細くなった手、そこまで思い詰めている何かがあるのなら、力になってやりたい。
何が瞬を苦しめているのか、それは俺の手ではどうにもしてやれんことなのか、教えて欲しいのに質問する隙すら与えてくれない。

「俺に係う暇があるなら、銃の手入れでもしたらどうだ?…明日も早い、俺は部屋に戻る」
「おっと、そう露骨に逃げんでくれや、瞬」
「っ…逃げてなど、」
「逃げてるだろ、俺から」

もう一度手首を掴み、そのまま壁に貼り付けるようにして縫い止める。
睨みながら手を振り解こうとするも、生憎俺の利き手は左で瞬の利き手は右だから、力の差では負けていない。
左手までとはいかないが、二丁拳銃を操る身としては右手もそこそこ使えるわけで、そうして両手を封じてしまえばこちらのものだ。
流石の瞬も足までは出してこなかった。

「瞬、逃がさんぜ」

気付いているくせに、気付かないふりをして。

「そんな辛気臭え顔は止めて、酒でも飲んでちっと暴れりゃ気分だってましになるってもんだ。付き合ってくれや、飲んでぱーっと騒ごうぜ」
「断る。離せ、龍馬」
 
感情を押し殺した顔で俺を見る。
暴くな、触れるな、近づくな。
拒絶の言葉を冷たい目に乗せて、饒舌に詰る。
口にしない言葉を、瞬は今までどれだけ飲み込んできたのだろう。

「離さん。絶対に。俺はな、瞬」

その言葉の欠片でいい、俺が汲み取ってやれたなら。
どれだけ瞬は楽になれるだろう、つらく思うだろう。
諸刃だと知っていても触れた唇の温度が俺にじわじわと滲んでいく。
離れた唇は微かに震えていた。
どうしてと言葉にならない声で問う菫の瞳に、俺は苦く笑う。

「…お前のことが好きだ。心配くらい、させてくれや」

その瞬間の瞬の表情は、これ以上はないほど絶望に彩られていた。





夜明けが近い。
―――明けない夜はない。
けれど瞬の夜はまだ明けていない。

頑なに閉ざされた瞬の夜明けはいつしかやってくるのだろうか。
今の俺には細い背中をじっと見つめることしか出来やしない。

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