07 大迷惑|義王
「お前、突然うちの学校に乗り込んでくるのやめろよな。先生たちがびっくりするだろ」

四角研究会の場所を借りて招かざる客を人目から隔離し、千馗はふうと溜息を漏らした。
犬か何かに懐かれたと思えばいいのか―――否、犬というのには少々過小評価しすぎだろう。
どう見ても狂犬、もしくはライオンクラスの猛獣だ。

「あァ?オレ様に指図するんじゃねーよ、千馗」
「指図じゃなくて、これは命令。用があるならメールすればいいだろ?」
「面倒臭ェ」
「あのなあ…」

どか、と蒐の指定席に腰掛けた問題児、鬼丸義王は不満そうにガタガタとその椅子を揺らしている。
態度は大きいがこれでも年下だという意識が多少甘い態度に出てしまっていることを、義王の本能は見逃していないらしい。
人をぐいぐいと引っ張っていくだけの力と、人に付け入る方法をしっかりと身につけてしまっている。
どうにも突き放せない相手に、千馗はやれやれと義王の前の机に尻を預けた。
後で蒐には謝っておこう。

「まあ…次からはメールしろよ。ちゃんと返事するから」
「面倒だって言ってんだろォ?メールなんざ御霧に牛丼買って来いって言うときだけで充分だぜ」
「……その使い方は絶対に間違ってると思う」
「間違ってねーよ」
「御霧の胃の具合が時々心配になるよ、俺は」
「昨日もカレー食ってたから平気だろ」

そういう問題でもない、と突っ込もうとして止める。
義王は人の話を全く聞かないという点に関しては群を抜いているのだ。
どれだけ言い聞かせたところで千馗の主張を受け入れてくれるはずもない。
やれやれと首筋を撫でたところで、義王がガタリと椅子を鳴らして立ち上がった。

義王は千馗より背が低い。
まだ成長途中なのだろう、体格のわりにはまだ伸びきっていない感がある。
机に寄りかかった千馗よりまだ少し低い義王は、それが気に入らなかったのかいきなり千馗の肩を掴んでぐっと体重をかけた。
当然力の流れにそって背中が机に押し付けられる。
真上には義王。
俗に言う押し倒されている格好だった。

「……義王?」

目を瞬かせて問い掛けると、義王がニヤリと獰猛な笑みを浮かべる。

「御霧の心配より、テメェの心配しろよ」
「は…?」
「オレ様とテメェ、この四角い部屋で二人きりなんだぜ?何されるかわかんねェだろ―――?」

机に押し付けられた肩の骨が痛む。
鋭い痛みに眉根を寄せると義王がますます愉しそうに口の端を上げた。

まずい、と思ったときにはふわりと顎に義王の赤い髪が触れていて、首筋に歯の当たる感触―――そして。

「ッ、ぎ、義王!!」

チクリとする、経験したことのない痛みと、ぬるりと滑る何か。
反射的に足を持ち上げて義王の腹を蹴りつけたときには義王の身体は千馗から離れまた椅子に戻っていた。
どくどくと脈を早める心臓のもっと上、詰襟で隠れるような部分。
そこに濡れた痕があった。

「はッはァ!油断大敵ってヤツだぜェ、千馗」
「お、お前、今何したんだよ…!」
「自分で確認すりゃあいいだろ。ま、一応目的は達成したしな。今日のところは大人しく帰ってやるぜ」

にい、と細めた目は千馗の首筋を眺めている。
しなやかな身体をよいしょと伸ばし、義王はガラリと四角研究会の窓を開けた。
まさか窓から出る気かと跳ね起きた千馗を尻目に義王はひらりと身体を外へと投げ出している。
ああ、と額を押さえると予想通り悲鳴にも似た声が外から聞こえ始めた。
その中にはきっと朝子の声も混じっているだろう。

「……目的ってなんだよ、あの馬鹿…」

濡れた肌を手の甲で拭い、千馗は義王が出て行った窓をからからと閉めた。
義王には振り回されてばかりだ───仲間になる前も、なった後も。

「ほんと、困るよな」

本当に困っているのはそれでも強く出られない自分だが。
振り回されるのもそう悪くないと思っているのだからきっとどうしようもないのだろう。

やれやれと溜息をもう一つ増やした千馗は、ふと硝子に映る自分の首の跡に気づいてうわあと盛大に声を上げた。


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