06 誰がために|燈治+絢人
夜―――鴉乃杜、焼却炉前。
千馗から今日の探索の同行を依頼されていた燈治は、この学校には似つかわしくない制服を見つけて「よォ」と片手を上げた。
時間ギリギリにやってきた燈治と違って随分と前についていたのだろう。
校舎の壁に背を預けて手持ち無沙汰そうに腕を組んでいた男は、燈治の声に顔を上げると穏やかに「やあ」と返事をして微笑んだ。

「千馗は?」
「まだだよ。時間に遅れるなんて千馗くんらしくないけど、たまにはのんびり待つのも悪くないものさ」

カツ、と靴底が鳴る。
壁から背を浮かせた絢人が焼却炉に向かって足を進めていた。

「とはいえ、一応は寮生だからね。あまり遅くなるわけにもいかないけど」

ロープの先に広がる、広い洞。
この洞は秋の洞と呼ばれている。
美しい紅葉がどこからともなく舞い散り、金色の薄が風にさやさやと靡いているような、そんな場所だ。
それを見下ろして絢人はふふ、と笑う。

「デートのためだ、仕方がない」
「何がデートだ何がッ!!!」

あまりにも間の抜けたことを言う絢人に噛み付くと、絢人はからりと笑って「真面目だね、壇は」と的外れな感想を述べた。
燈治からしてみれば絢人の緊迫感がなさすぎるのだ。
洞へ足を踏み入れれば異形の生き物―――隠人がいる。
気を抜けばいつ命を落としてもおかしくはない。
千馗の力がどれだけ大きくても、その背を守るならばそれ相応の覚悟と力が必要だ。
デート、と軽口を叩く絢人の《覚悟》がどれほどのものか、燈治には理解出来なかった。

「そんなにへらへらしてて死んだらどうすんだよ」

燈治にも沸き立つものはある。
拳を振るう先を見つけたという安堵もあった。
だが、いつでもピリリと張り詰めたものを持って洞に入っている。
いつ何が起こっても、自分の身と千馗の身を守れるように。

しかし絢人を見ていると、いつどうなってもいい、そんな儚さを秘めている気がして心が落ち着かない。
他人に対しては元より、生きることに対して執着が薄いような気がするのだ。
真剣な顔を、見たことがない。
何かに対して必死になる姿など想像がつかなかった。

「死んだら…か。そうだね、別にどうにもならないかな」
「はァ…?」
「死んだらそれまでのことだろう?だからって惜しむようなことは特にないしね…ああ、美しい人にもっとぶって欲しいっていうのはあるけど」
「……へェ…」

やはり、絢人とは感性が全く違う。
燈治は聞くんじゃなかったと後悔を覚えつつ、がりがりと頭を掻いた。
いつもは千馗を挟んで会話をしているだけに二人きりだと間が持たない。
それきり黙り込んでしまった燈治と絢人の間に、息苦しい沈黙が続いた。

千馗なら、と燈治は絢人より緊迫感のない笑顔を思い浮かべる。
千馗なら絢人からもっと違う答えを引き出せたのだろうか。
不思議と人を惹きつけていつの間にか巻き込んでしまう才能の持ち主だ。
絢人の執着のなさにもきっと、あの才能は活かされるに違いない。

「…なァ香ノ巣、お前さ、」

遠くに小さな人影が見えた。
必死に走っているであろう千馗の姿を確認してから視線をそっと絢人へとスライドさせる。

「千馗のためなら、生きようって思えるだろ?」

絢人の唇に浮かんでいたのは、闇夜にもはっきりと分かる喜色。
自分の確信が間違っていないことに満足し、燈治は答えを聞かずに千馗の方へ歩き出した。
後ろからはカツカツと革靴の音が追い掛けてくる。
このくらいの嫌がらせは許されるだろう―――、燈治は走ってきた千馗の腕を捕らえ、わしわしと柔らかな頭を撫で回してやった。
突き刺さる視線に、ざまあみろと心の中で呟いて。


prev next

bkm
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -