02 冬気に消える|絢人(+燈治)
まさか茶室の下にこんなものがあるとは思いもすまい。
冬の洞の寒さに震えながら絢人は白い息を吐き出した。
確かに外の世界も寒くはなってきたが、季節を表している洞の寒さとはまた質が違う。
悴む手を擦り合わせるも指先の冷たさは変わらない。
絢人は恨めしそうに前を進む男の背中を見た。

ダッフルコートに身を包み、いかにも暖かそうにしている男、七代千馗。
真冬の光景としては珍しいものではないが、その手にぶら下がっているのは弓道弓を花札で強化した天の鹿児弓だ。
狙撃の腕は仲間である御霧に劣るだろうが、それでも素人とは思えぬ腕をしている。
つくづく素質というものは恐ろしい―――絢人は遅れ過ぎないように千馗の後を追った。

「ここで休憩しようか」

が、やや早足になったところで突然千馗がくるりと振り向いた。
勢いがついていた絢人は僅かに爪先を地面に引っ掛けながら足を止め、頬に掛かった髪を小指で払い咳払いをする。
いつでもスマートでありたいと思ってはいるものの、千馗がマイペース過ぎて崩されることしきりだ。
そして絢人の思う「スマート」がいつだって裏目に出ていることを、絢人は知らない。

「先に進まないのかい?今日は受けている依頼を全部こなすと意気込んでたと思うけど」
「早く片付けて上に戻ろうぜ。寒くてかなわねェよ」

絢人とともに千馗から同行を依頼された燈治が絢人と同じく手を擦りながら肩を震わせた。
千馗と違い、燈治も防寒対策をしていない。
燈治でも寒いのだから、頭脳派の絢人ならば尚更だった。
痛む関節は決して寒さのせいだけではなかったが、ここで足を止めて無駄な時間を過ごすよりは早く地上に戻りたいというのが本音だ。

「でもそろそろ疲れる頃だろ、絢人」

心の中を読まれたような意外な言葉に絢人は目を瞠った。
探索の最中、最低一回は休憩を申し入れる絢人だったが、逆に提案されるとは思ってもみなかったのだ。

「ッたく…香ノ巣の体力のなさには呆れるぜ」
「燈治が体力馬鹿なだけだよ。文句言うなら燈治だけ先に行って来れば?」
「あのなあ…」

がりがり、と頭を掻いた燈治に、千馗がしてやったりと笑う。
何かと仲がいいこの二人は絢人が同行出来ないときも、同行するときも、常に一緒に探索をしていた。
燈治に憑いた札の能力が戦力として頼もしく、また気の置けない友人としてともにいたいのだろうということも想像に難くない。
だが、他校生である絢人には決して得られない絆がそこにあるというのは面白くない。
これは他人にも自分にもさほど執着する性質ではなかった絢人にしてみれば、制御しづらい感情の変化だった。

「仕方ねえなァ…お前ももっと体力つけろよ、香ノ巣」
「生憎僕は頭脳労働専門でね。体力仕事は君に任せるよ」

口から出る言葉も少しだけ棘を含んでいる。
燈治は気づいていないが、千馗はちらりと絢人を見て目を細めた。
そこに咎めるような色がないことに絢人は唇を緩ませる。

「千馗くんは僕たちを上手に使ってくれたまえ。僕たちを活かすも殺すも君次第だ」

そう、全ては千馗を中心に回っているのだ。
絢人がどれだけ手を伸ばしても恐らくは届かない、けれど決して失えない大事な人。

「俺にはそんな能力ないよ。執行者にだって間違ってなっちゃったようなものだし…」

白い吐息がふわりと空気に溶ける。

「でもなっちゃったものは仕方ないよな。出来る限りやらないと」

ふにゃりと気が抜けたような笑みを浮かべ、両手を上に伸ばして千馗は間の抜けた声を出しながら背中を伸ばした。
気負うでもなく、世界を救うと意気込むわけでもないその態度に絢人はそうだねと目を伏せて微笑んだ。
これが正義感溢れる東京BMのような暑苦しさで「この世界は俺が守る」とでも言われた日には絢人は手を引いていただろう。

千馗には千馗の道があり、絢人には絢人の道がある。
絢人には想像も出来ないような過酷な運命を千馗が背負っていても、絢人にはその半分も背負ってやることは出来ない。
それでも何かの手助けになればとこうして忙しい合間を縫って同行している。
寒さにも耐えて、時には泥だらけになりながらも怪我を厭うことなく隠人と戦いを続けている。
そんな自分らしからぬことをするのも全て、千馗がそこにいるからだ。

「お前がそんなだから放っておけないんだよ。なァ、香ノ巣?」

恐らく同じ思いを抱いているであろう燈治に、絢人は口の端を上げた。

「ああ…そうだね」
「うわ、そこ同意する?絢人も燈治も酷いなあ」

これもまた一種の才能だ。
千馗の周りに出来る人の輪。
それは望んで得られるものではない。
絢人にはなく、千馗にはあるもの。
柔らかな笑顔と暖かい空気、真っ直ぐな瞳、そして底知れぬ何かに惹かれずにはいられない。

「本当に…君は放っておけない人だよ、千馗くん」

複雑な思いを込めて呟いた言葉は洞に吸い込まれていく。
千馗の耳に届く頃にはこの洞の花札の情報の一つとなっているだろうか。
有り得ないことを思いながら腰を上げた絢人の目には、ダッフルコートに包まれた背中が映っている。


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