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2月14日。
西暦269年、異教徒からの迫害により聖バレンタインが殉死した日。
または、古くから友人や恋人の間で贈り物をする習慣がある日。その習慣は、古代ローマのルペルカリアという豊饒祈願祭が元になっているという説がある。

バレンタインを辞書的に説明すると、こんなかんじだ。

では、わたしにとってのバレンタインデーを説明すると、それは1年に1度のチョコレートパーティを意味する。




「普通さ、人が死んだ日なんだから、もっとこう…聖バレンタインさんの死を悼むとか、黙祷を捧げるとか、そういう行事があってもいい気がするんだよね」

とか言いつつ、今年もしっかりと女子からの恩恵を被ったらしい御曹司は、高級そうな白いソファに身体を沈めた。
我が家とは違って広い部屋には、白を基調にした家具が整然と並んでいる。かといって生活感がないわけでもない。整理整頓が行き届いてる、というかんじ。几帳面なミクリらしい居心地のいい部屋だ。

毎年、チョコレートパーティはトクサネの我が家でこじんまりと開かれていたのだが、今年はいろいろお世話になっている人達(四天王やジムリの皆さん)を招待しよう!ということで、開催場所はミクリ宅となった。

(あー…、ゲンさんも呼んどけばよかった。あの人、甘いものは駄目だけど、チョコは例外で大好きだもんね…。さぞ喜んだだろうに。来年は呼んであげよう。)

みんなが此処に来る前に下準備を手伝おう、というわけでわたしとダイゴは集合時間より少し早くミクリ宅にやってきたのだが、早々やることがなくなってしまい、暇を持て余している。部屋はいつもピカピカだし物は片付いているし、ミクリ様…流石です。
そのミクリはというと、キッチンに篭ってなにやら準備中だ。お客さんが大勢来るので、彼も腕の奮い甲斐があるというものだろう。
今から楽しみだなあ。ミクリの手料理なんて、本当に久しぶり。


「こんな行事、間違ってると思うんだ」

なのに、今日のダイゴはなぜかちょっと不機嫌だ。いや、訂正。かなり不機嫌だ。

「そんなこと言って。チョコレートフォンデュ、楽しみにしてるくせに」
「チョコレートフォンデュはチョコレートフォンデュだろう?僕が言ってるのは、今日の収穫についてのことさ」

話したそうにしているので、仕方なく「どうして」と先を促すと、ダイゴはソファの下に投げ置いてあった大きな紙袋をわたしに指し示した。

「ぜーんぶ、チョコ」

流石と言うべきか……言うべきなんだろうな、これは。袋の中身は彼の言うとおり「ぜーんぶ、チョコ」らしかった。しかもその全てに可愛らしいラッピングが施されている。いかにも「本命!」ってかんじのもいくつかあって、やっぱりダイゴは凄いと感心した。
でも、これのどこが不満なのだろう。まさか去年より1個少ない!とかそんな理由じゃあるまいな。

「僕が欲しいのはたった一つだけなんだ。その一つが、その中に無い」


…。
……。
……と、いうことは……。


「ダイゴ!ついに本命ができたんだ?!」


すごい!これはすごいことだ!だって石とポケモンにしか興味ありませんみたいなこの男が、本命のあの子からチョコが欲しくてウダウダしてるなんて!


「ちょっとミクリお母さんにも知らせて来る!」
「え、まっ、待ってよ!カナエ!」
「うおっ」


ぐいん、と腕を引っ張られてソファに逆戻りだ。ぼふんと音をたてて白いソファに沈む。被さるようにわたしを押さえ付けるダイゴが重い。昔とは違って、君はもう大人の男なんだから、いい加減わたしとの筋力の差をわかってほしいものだ。レディーには優しく、ってミクリお母さんに教わったでしょ!


「ミクリには、秘密だから…!」
「何を?さっきの本命の子の話?」
「そう、」



ふうん。これは本気と書いてマジでその子にベタ惚れのようだ。ダイゴが恋とか……、あれ、笑えないな。


「そんなに好きなら、ダイゴから渡せばいいんじゃない?」
「え、」
「逆チョコ逆チョコ。今流行ってるらしいよ」
「…えー…。それはなんか嫌だ」


なんだこの御曹司。プライドばっかり高いといいことないぞ?


「違うよ、そういう意味じゃなくて、…僕からあげても、きっと気づいてくれないと思う。それか拒絶されるか、だよ」


その子から好きになってもらわないといけないんだ。

そう言ったダイゴの顔が、切なくて苦しそうだったので、わたしは何も言わずに頭を撫でてあげる事しかできなかった。ダイゴはしばらく、大きくて無害な草食動物みたいにそれを受け入れていたけれど、中途半端な体勢に疲れたのかわたしの肩に顔を埋めるみたいにして寄り掛かってきた。暖かい。


「それに…最近好きになったわけでもないし、」


肩の骨から伝わる顎の動きがくすぐったくて身じろぎするが、抜け出せない。


「ずっと好きなの?」
「ずっと…好きなんだ。ずっと…」
「そっか…」


恋かぁ…。叶うといいね。


わたしの夢は、ダイゴの夢。
ダイゴの望みは、わたしの望み。


そう誓ったのは10年も昔のことだけれど、わたしは今でもちゃんとそれを覚えているよ。だから、君の恋が叶うことを祈る。
でも、ダイゴがもしもその人と一緒になれたら、もうこんなふうにくっついて温もりを分かち合うこともできなくなってしまうんだろうな。それがちょっと寂しいかもしれない。
ああ…ミクリがナギさんのこと好きって言った時も、こんな気分だったっけ。わたしたちの関係は、とても儚いものだったって、今ならわかるよ。なによりも特別だけれど、離れていくのは一瞬だろうね。
10年前から変わらない体温を感じながら、わたしは目を閉じた。








(君の甘い欠片が欲しかった)































「おい、カナエ、ダイゴ、フォンデュの台を運ぶのを手伝って………なにしてるんだ、二人とも」


キッチンからリビングに戻ると、白い大きなソファの端で寄り添うように眠っている二人を見つけた。呆れる。二人とも私の手伝いをするといって此処に来たのではなかったか。仕方なく自室から毛布を持ってきてかけてやる。パーティが始まるまであと三十分ほど。それまでは寝させておいてやろう。
なんだかんだで二人とも疲れているのだろう。ダイゴは溜めていた会社の仕事を、今日のために信じられないようなスピードで片付けてきたのだろうし、カナエはシンオウから帰ってきたばかりだ。
さて、台をどうやって運ぼうか…ポケモン達に手伝ってもらうかな…。


「ミクリ、」


その場を立ち去ろうとした私の背に投げられた声は、ひどく掠れた男のそれだった。

「なんだ、ダイゴ。起きていたのか」
「ミクリ、昔僕が言ったこと覚えてるかい?」

ダイゴは、恐らくカナエを起こさないためだろう、控え目な声量で話した。彼の腕の中にすっぽり包まれた彼女の寝息が乱れることはない。それを確認してから私はダイゴに向き直る。

「昔、といっても色々あったからな」
「…あの、夜。ルネで花火を見た夜、ミクリに話したことだよ」
「お前がカナエを好きってことか」
「そう」

10年も片想いなんて笑えない、とダイゴは笑ってみせた。

まったく、この二人は奇妙な関係なのだ。奇妙で、複雑で、どんな言葉も当て嵌まらない。友情や恋愛などという、陳腐な表現では形容しきれない。お互いに執着しあっている……依存?それが一番近いかもしれない。

「あのお祭りの夜、僕は、好きにならなきゃよかったって言った。覚えてる?」
「ああ」


『…カナエなんて、好きになったのがいけないんだ。だって、僕たちは…』


「絶対に結ばれることなんてないんだから、だったか」

しかしそれは昔の話ではないのか。ダイゴが父親との関係を回復した今、それを阻む者なんていないだろうに。実はツワブキ社長だって、カナエのことをかなり気に入っているのも知っている。

「お前はカナエが好きで、カナエだってお前が好きなんだろう?」

そう言えば、ダイゴは困ったように抱きしめている彼女の顔を覗き込む。

「彼女の『すき』は、僕の『好き』とは違うよ」
「それだったら、そんな風に抱きしめたら怒られるだろ」

そんな、『恋人』みたいに抱き合って。二人でソファの上で眠るなんて。

「カナエは優しいから」

僕は、その優しさにつけ込んで甘えてるだけだ。
そう言って、寂しげな目をした青年は、これ以上ないくらい優しい手つきでカナエの髪を撫でた。

「…今でも、つらいのか」



『つらいんだよ、ミクリ。カナエといると、僕はどうにかなっちゃうのかもしれない』

あの星祭の夜、ダイゴは今と同じ目をして私にそう打ち明けた。ルネの海が打ち上げられた花火を反射して、キラキラと彼の揺れる瞳に映っていたのを覚えている。『つらい』。お前はそう言ったよな。だったらやめてしまえばいい。カナエへの気持ちなんて忘れてしまえ。私は、それに対する彼の答えを分かった上で、そう言ってやった。彼は、瞳から流星を思わせる涙を零すまいと上を見上げて言った。それはできない、と。



「今でもつらいのか、ダイゴ」
「つらい」

ダイゴは、眠り続けるカナエの肩に顔を埋めた。ん、と彼女が呻く。

「だったら、やめてしまえばいい。諦めればいいじゃないか」
「でも、」



『でも、ミクリ。どうしても、好きなんだ』


返ってきた言葉は十年前と同じもので、私は自分の口元が緩むのがわかった。

「じゃ、頑張れよ」
「うん、…ありがと」




彼と彼女の奇妙で複雑な関係は、もう少しだけ続きそうだ。それからは、……さあ、どうだろうか。私にはわからないな。


とりあえず、カナエから同じような相談を受けているということは、もうしばらく秘密にしておこう。まあ、あちらは無意識そうだったが。


「まったく、」

リビングからキッチンに戻って、自分以外の誰もいない空間に呟く。

「世話のかかる昔馴染みだな、君達は」













チョコレート・ワルツ

(三拍子の甘い舞踏曲)
2013/06/01


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