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ダイゴとミクリは昔からの知り合いだけれど、幼なじみかと聞かれたら、違う。わたしにとっての幼なじみは、火山灰の降る小さな農村で一緒に育った、黒髪の男の子だ。


わたしはなにかと物ぐさな子供だった。祖父母の畑を手伝う以外は大抵家の中で本を読んでいたし、外に出て遊ぶことなど滅多になかった。ハジツゲに子供が少なかったこともあるが、同年代の友達もあまりいなかったように思う。

幼なじみの話に戻るが、彼はまるでわたしを鏡に映したように、なにもかもが正反対だった。近所の悪ガキで評判があったし、落ち着きもなく、常にニヤニヤ笑っていて、まあ言ってしまえば、柄の悪い子供だ。

そんな真逆のわたしたちの出会いは、ある雨の日…114番道路に繋がる、村の外れでのことだった。


………
……




雨は嫌いだ。
でも降らないと、困る。

ちゃぷんちゃぷんと、赤茶色の地面にできた水溜まりを踏み付けて帰り道を歩く。傘を叩く音が少し勢いを増したのに煽られて、私も早足になった。
もう靴の中もびちょびちょだ。庭の洗濯物、大丈夫かな。……ああ、めんどうくさい。
だから、雨は嫌いなんだ。
でも、降らないと畑が干からびて、地面ががちがちになってしまうのだ。(おじいちゃんもよく、「水がないと、生き物はいきていけないんだよ」って言ってる。)わたしだって水を飲む。今育ててる野菜だって、水を吸ってできる。生き物はみんな水でつながっているのだと、何かの本にも書いてあった。空と海と川をつなぐのもまた、水なのだそうだ。
だから、雨は降らないと困る。

でもなぁ、せめてわたしの頭の上だけ晴れてくれないかなぁ。天気を操るポケモンがいるって、これまた何かの本で読んだ気がする。その子がいれば、雨を嫌いにならずに済むのだけれど。

そんなことを考えていると、どこからかきゅうきゅうという音が聞こえてきた。別にわたしのお腹がなってるわけじゃないから辺りを見回すと、ちょうど村の入口の看板があるところに小さな段ボールの箱が置かれていて、どうも音はそこからでているようだった。
それを見てわたしは、ああまたか、って思った。

最近なんだか、ポケモンを捨てる人が多くなっているみたいだ。ハジツゲは田舎だから捨ててる所を目撃されにくいし、住んでいる人はみんな心がまあるくて優しいから、誰かが面倒を見てくれるだろう。そんな風な考えだと思う。くだらない。


今は夕方。午前中からずっと雨が降ってるから、体のちっちゃい子だったら危ない。ポケモンの赤ちゃんは、ちょっとした風邪でも命に関わる。
わたしが傘を傾けて、段ボールの方に駆け出した、その時。


「おっ、イイもん見ィーつけた!」


耳に入った声に、顔の筋肉が強張るのを感じる。
知ってる声。知ってる子供の声。この前マユミお姉ちゃんの育てたお花引っこ抜いて、ソライシさん家の窓割って、いっつも誰かに怒られてるやつの声。
最悪。
その二文字が頭の中に浮かんだ。

そいつは、わたしより先に段ボールを覗き込み、肩で傘をクルクル回しながら変な笑い声をたてた。

わたしはいよいよ駆け足になった。全力疾走だ。
あいつが、あんな悪ガキが、捨てられたポケモンを大切に扱うことなんてできるわけがないのだ!今までちょっと怖くて関わらないようにしてたけど、でも、わたしが今日こそは守るために戦わなくてはならない。


「ちょっと、なに、してるの!」

走ったせいで息が切れて、上手く言葉が出なかった。目の前の悪ガキは、わたしを不思議そうに一瞥した後、視線を段ボールの中に移した。


「なにってそんなの、見りゃわかるんじゃねーの?」

わたしもそれに倣って、段ボールを覗く。中には小さい灰色毛の塊が一つ、きゅうきゅうと鳴きながら震えていた。わたしは手を差し入れて、それを抱き上げた。


「ポチエナのこどもだ…」

少し濡れている。早く乾かしてあげなきゃ。でも困った…今日はポケモンセンター閉まってるんだ。ジョーイさんが出張かなにかで。でも家はちょっと遠いな…。
悪ガキはわたしの腕の中を覗き込むと、なんだか不思議そうな顔でいった。


「ソイツ生きてんの?死なない?」
「死なないに決まってるでしょ。…でも、早くあたたかくしてあげなきゃ…」
「わかった」


がしっ、と手首に何かが巻き付いて、それが悪ガキの指だと気がつく頃には走り出していた。衝撃で、肩で支えていた私の傘を落とした。あっと思う間もなく、ものすごい速さで走り出していた。わたしの全力疾走よりも、ずっと速い。


「えっ、なん、ちょっとどこ行くの!?」
「あっためればいいんだろ!ソイツ!」
「そう、だけど!」


足をもつれさせながら、私は腕に抱えたポチエナを落とさないように頑張って走った。走って走って、辿り着いたのは、草むらだった。


「…ねえ、なに?どこ?」
「オレ様の隠れ家!お前、誰にも教えんなよ」


そう言って、悪ガキは丈の長い草を掻き分けた。すると確かに、小さい入口があった。ヒミツだからな、と何度も念を押す彼に続いて、わたしも身を屈めて隠れ家に入る。
中は薄暗くて湿っぽい。
前にいた彼が蝋燭に小さな明かりを燈して、それでやっと様子がわかった。古いマットが床に敷いてあって、足の低いテーブルとちっちゃいクッションが置いてある。それだけ。


「ほら、オマエも靴脱いで上がれば?」


わたしの靴はどろどろのぐちゃぐちゃだったし、中身も言わずもがなだったから、マットの端に座った。あーあ、すごい勢いで走ったから上半身もずぶ濡れだ。腕に抱き込んでいたおかげで、ポチエナは無事だったのが不幸中の幸だ。
さっさと靴を脱いで濡れた頭をガシガシやってる悪ガキが、ポイッとタオルを2枚投げて寄越した。
ポチエナをタオルで包んで、濡れた毛を拭いてあげる。震えもだんだんおさまってきた。


「ねえ、もうちょっと大きいタオルないの?」
「贅沢言うな」
「でもこれじゃ、2枚使ってもポチエナを上手く包めないよ。大きいのがなければ、他の小さいやつでも、」
「…はァ!?オマエ、なんで自分で使わねぇの?バカ?」


なぜか逆ギレされてしまった。なぜ。


「いやだって、ポチエナ風邪引いちゃうよ…?」
「オマエも風邪引くだろ!バカだな!」


待ってろ!と吐き捨てて、悪ガキは蝋燭片手に部屋の奥に引っ込んでしまった。唯一の光源が遠くなって、また暗闇がやってくる。
ああ、なんだか寒い。小さな炎の暖かな光がなくて、ちょっと怖い。あと寂しい。
わたしはきゅっと目をつむると、ポチエナを抱きしめて、しばらくそうしていた。

ふわっと、肩に重みがかかる。びっくりして見上げると、タオルケットを掛けてくれた悪ガキがそっぽを向きながらなんとも言えない表情をしていた。


「ソイツと一緒にくるまってろ、バカ」


人からこんなにバカバカ言われるのは、今日が初めてかもしれない。でも、不思議と悪い気はしない。そんなことを考えていると、へっくしょいと斜め後ろからくしゃみが聞こえた。


「寒いの?」
「寒かねーよ」
「うそだ」
「うそじゃねーよ」
「一緒にくるまる?」


きゅうきゅう、とポチエナが鳴いた。


「ねえ、ポチエナが寒いって。一緒のほうがあったかいって」


仕方ねぇな、とかなんとか呟きながら、彼が隣に潜り込む。
あったかい。
それもそのはず。彼は蝋燭に灯る光と同じ名前を持っていたから。


「これだから、雨は嫌いなんだ」



レイニー・デュエット


(晴れたら虹を探しに行こうか)
2013/06/01


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