ごめ……のど、痛い
「好きな人がいたの」
「へえ」
ずいぶんとさりげなく返せただろうか、自分の声が震えていることに無視を決め込む。
行き先のわからないバス停のベンチ。子供ひとりぶんくらい開けて、座る。
彼女の声は風鈴みたいに軽やかなのに、風鈴みたいに耳をすり抜けては行ってくれなかった。頭が痛い、気がする。
「でもね、もうその人はいないの」
横顔が少し寂しそうだった。艶のある黒髪が風に揺れた。
「あ、正確には生きてはいるんだけど、なんて言うか……私のなかにはもう居ないの」
「…、理由を聞いても?」
ためらいがちに質問、少し黙ってちらりと黒い瞳がこちらを向いた。やっぱり取り消そうと思って口を開くのと、彼女が答えたのが同時だった。
「婚約、したんだって」
「………」
「年上の従兄なの、彼。みっつ、かよっつくらい。ねぇ、みっつよっつで子供扱いってどう?」
俺にはいとこなどという親戚はいないのでよくわからない。黙って未だ手のひらであたたまり続けるラムネを見つめた。
たぶん、子供扱いするんじゃないかな。
一気に煽った炭酸が喉に染みた。