夏のサイケデリック | ナノ

すてきかく提出



じわじわと熱い。汗が滲めば眉間も寄った。アスファルトから昇る湯気に視界が歪んだ。

空を見上げても風は相変わらず吹かず、むしろ蒼すぎる眩暈に苛ついた。蒼と、白。写真では感嘆を漏らす程のコントラストなのに、実際に首を曲げて眺めると夏空に馬鹿にされているようだった。…余計に苛々してきた。



何故、こんなに暑い中で俺が外を歩いているかと言えば、それにはきちんと理由があるのだ。

三日前、家で飼っていた猫が突然姿を消した。
綺麗な艶のある毛並みの、黒猫。瞳は薄い碧の中に金色が入っている、珍しい色だった。とても小さくて、けれどいつも元気で。まだ若い猫。襤褸の毛布に包まっていた冬の日、それ以降は自分から外には出なかったはずなのに。

「何処に、行ったんだ」

庭も箪笥の下も屋根裏も探したのに居ないから、探しに来たのだ。けれどもう三日目、この異常気象で倒れてないか心配だ。動けないなら迎えに行ってやるべきだろう。そう思って外に出た。容赦の無い直射日光を浴びて彼此四時間だった。未だ猫は見当たらず、夏の長い日の所為で体力は限界に近付いている。

まだ沈む気配の無い太陽を睨みつけ、アスファルトを踏み、奥歯を噛んだ。思い通りに進まない時間に、自分に、吐き気と憤りを感じる。重い溜息をひとつ吐いて、足を更に進めていく。


 * * * * *


辺りを見舞わせば何時の間にか土手に来ていた。たちのぼる湯気も標識も住宅地も見えない場所。川沿いの土を踏みながらなるほどこんなところなら猫は居そうだな、と思った。
まだこんなに透き通った川があるのか。眺めながらもう帰ろうかまだ探そうか考えていた時。

肩を、叩かれた。

思わず勢いよく振り返る。気配は全く無かった。誰かと見れば其処には知らない少女が立って此方をじっ、と見ていた。

肩口できれいに揃ったおかっぱに、白い袖無しのワンピース。歳は十二か十三だろうか、大きな栗色の瞳がくりんと愛らしい。俺の知り合いにこんな子は居なかった、と記憶を確かめる。暫くお互いに黙っていた、先に口を開いたのは少女。

「            」

すべてを見透かすように覗き込む、何処の誰かも知らない少女。柔らかく頬笑むえくぼは林檎みたいだと思った。


かすかに聞こえた鈴の音。聞いたことが有るような懐かしい声。待って、と、問いかけようと、喉が張りついて声は出ない、手を伸ばして、

ざあっ、

風が吹いた。揺れる視界の中で確かに少女は笑っていた。風にねこじゃらしが舞う。有難うと聞こえた気がした。ふわりと柔らかな風か何かが目蓋に触れて消えた。伸ばし切れなかった中途半端な腕はだらんと落ちて、虚しさだけが其処に残された。



 * * * * *



気が付くとあのアスファルトに立っていた。しんとしていたあの土手はもう見えなかった。蝉の声に耳鳴りがする。足元には勿忘草がひからびて落ちていた。

「    」

猫の名前を呼んでみても返事はない。けれど、それでよかった。

帰ろうと踵を返した。







夏の幻にさようなら
((貴方の事は忘れない))



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