03

 鴨太郎が故郷を去ってから、三年が経った。
 その間、彼は一度も帰ってこなかった。はじめは続いていた文のやり取りも、いつの間にか疎らになり、今では途絶えてしまっている。
 それでも、花子が鴨太郎のことを忘れることはなかった。竹刀を握っている者を見ると、自然と彼の姿が重なったし、団子を食べると、彼の笑顔を思い出した。


 峠で、花子は仰向けに寝転がっていた。よく晴れていて、穏やかな風がどこからか、桜の花弁を運んでくる。
 花子はそっと目を伏せた。寝不足のせいで、白い肌は目の周囲だけ薄黒くなっている。
 最近、よく眠れなかった。理由は花子にはよくわかっている。夢だ。鴨太郎の夢を見るのだ。
 夢の中の鴨太郎は、まだ三年前の姿のままだった。花子も三年前の姿のままだ。夢はいつも同じで、鴨太郎が他の子供たちに囲まれているところから始まる。その中には、兄と弟もいる。彼らは、寄って集って鴨太郎を攻撃した。鴨太郎は抵抗せず、身を守るだけで、花子は彼らを止められない。もう止めてほしいと、必死に叫ぶのだが、兄にも弟にも、鴨太郎にさえ花子の声は届かないのだ。
   いつの間にか、子供たちはどこかに行って、鴨太郎と花子だけがその場に残る。鴨太郎は、三年分の成長をしていて(花子は今の鴨太郎に会ったことがないのだから、恐らく鷹久の姿が重なっているのだ)、花子も少し大人になっている。ふたりの身長は、三年前と比べ随分差がついていた。ふたりは、向かい合って立っていた。花子、鴨太郎が花子を呼ぶ。なあにと聞き返したいのだが、向かい合っているというのに、花子の声は鴨太郎に届かない。鴨太郎の声も、花子には聞こえない。
 どうしたの、鴨太郎ちゃん。私はここにいるのよ。花子は、ずっと鴨太郎ちゃんの傍にいるのよ。
 叫んでみたところで、花子の声は鴨太郎に届かず、鴨太郎はこちらを見て、小さく口を動かすのだ。
 そばにいてくれ
 夢は、そこで終わる。


 以前に比べ、少しばかり痩せた花子を、鷹久は心配した。夢のことを知っている鷹久は、少しでも花子を元気付けようと、面白い本の話をしたり、優しい言葉をかけたりしてくれる。あの日以来、兄たちとの関係がぎくしゃくしてしまった花子にとって、本当に落ち着ける場所は、鷹久の傍だけだった。
 兄はあの日以降も、相変わらず世話を焼いてくれるし、弟は花子になついている。しかし花子は、その好意を素直に受けとることはできなかった。彼らのせいで、鴨太郎が出ていってしまったのだと思うと、やるせなかった。いや、実際は違う。鴨太郎はとても優秀であったし、たとえなんの問題がなかったとしても、いずれはこの里を出ていってしまっただろう。けれど、頭で理解するのと心が納得するのは、どうしても別物なのだ。


 花子はゆっくりと目を開けた。青い空が目に染みる。いつの日か、鴨太郎と共にこの峠を駆け回ったことが、遠い昔のように思えた。
 自分はあと、何回彼の夢を見ればいいのだろう。


2011/12/21



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