Scene 05
 花子の年齢に関し、ドフラミンゴだけがロシナンテと同じ誤解をしていた。幹部はみな一様に未成年だと思ってはいたものの、明らかに子どもだと勘違いしていたのは、いささか育ち過ぎた兄弟だけだった。

「べへへへへっ。背が高いから余計ちっこく見えるのよねー」
「フッフッフ、本人の色気のなさも問題だろうが」

 とはいえ、誰も花子の年齢など気にも留めない。肩を落とすロシナンテに、セニョールが声をかける。

「さすがのおまえも、レディを蹴り上げたとなれば心が痛むか」

 ロシナンテは、じっとりとセニョールを睨みつけた。

《知ってたなら おしえろ》

 ロシナンテの恨み言に、セニョールは俳優さながらの仕草で肩を竦めてみせた。この男だけが唯一、花子の年齢を正確に当てた。だからこそ、折檻とも言うべき見定めに参加しなかったのだ。いわく、女に挙げる手は持っていないらしい。

「女の年齢を言うだなんて、そいつは非常識だろうよ」

 ロシナンテは鼻を鳴らしてプイと顔を背けた。その様子をすかさずドフラミンゴがからかう。

「なんだ、ロシ―。ああいうのが好みか」
《ちがう》

 即座に否定だけを突っ返し、ロシナンテは乱暴に扉を蹴り開け部屋を出た。あのまま留まったところで、さらに揶揄われるのは目に見えている。





▲▽▲






 石の床に革靴の音が反響する。廊下を歩きながら、ロシナンテは頭を掻きむしった。
 子どもに手を上げられて女に上げられないというのも可笑しな話だが、少なくともあらかじめ花子が成人女性と知っていたなら、ここまでのことはしなかっただろうとロシナンテは考えている。大人の方が身体は丈夫であるが、何の訓練も受けていない女性の脆さをロシナンテは海兵時代に思い知っていた。回復力だって、タフさだって違う。そもそもあの三人の子どもたちは海賊として生きているが、花子は暴力とは無縁の世界で生きていたのだ。同列に扱えるわけがないのに。

 あの後、激怒したローの攻撃を、ロシナンテは甘んじて受け入れた。というより呆然としていて、それに気を払う余裕がなかった。いつもは殴られてもけろりとしているベビー5とバッファローの視線も、あれ以来なんだか冷たいように感じる。

 あれから一週間が経ったものの、ロシナンテは花子に会っていない。というのも今回の件でロシナンテを完全に敵と認識したローが会わせないようにしているのだ。食事でさえ、治療中だと突っぱねてわざわざ部屋に運び込んでいる。過保護かと言いたいところだが、まあ無理もないだろう。

 ロシナンテを殴りつけたローを、ドフラミンゴは折檻のために呼び出した。そこで少年が語ったのは、あの華奢な女性が、いかに大切な存在であるかということだった。フレバンスで過ごした、ありふれた尊い日々。すべてを失ったローの手を、逃げることもできたはずの花子は、決して離さなかった。訥々と語ったローに、ロシナンテは返す言葉もなかった。

(……人を殺してたってな)

 そんな風には見えなかった。けれども花子は海兵にローが殺されそうになった時、その頭を躊躇なく撃ち抜いたらしい。
 それを聞いてドフラミンゴは愉快そうに笑ったが、ロシナンテが感じたのは恐怖と嫌悪だった。まさか彼女も兄のような人間なのではないか。人を殺すことに何一つ躊躇いを持たないような、そんな化け物だったとしたら……いや、やめよう。ロシナンテは被りを振ってその考えを打ち消した。花子にはローがいる。ローが危険に曝されたからこそ形振り構わず武器を取っただけで、本来ならば人を殺すことを選択するような人間ではないだろう。そう思いたい。

 後ろ向きになる思考を振り払い、発見もあったではないかと、ロシナンテは自分を慰めた。ローは思いのほか、花子を大切にしている。世界中が敵であるかのように睥睨するあの子どもにそのような存在がいることは、純粋に喜ばしい。今回のことで、海賊団に彼女を置いておくことがどれだけ危険なことかを理解したローが、花子を連れて出ていく可能性だってないわけではないのだ。

(いや、まあ、それはねえか……)

 だがしかし。いやそれは。でも。
 頭を抱えながら目的もなく歩き回っていると、いつの間にか人気のないところにまで来ていたらしい。あまり使われていないここらの部屋は、武器が雑多に置かれていたり、略奪したものの行き場のないものが詰め込まれていたりと、ほぼ物置として使われている。訪れる者もいないはずだが、なんと間の悪いことだろう。すぐ近くの一室から、ロシナンテの悩みの種がひょっこりと顔を覗かせた。
 ロシナンテに気がついた花子は、その凪いだ表情を一瞬だけ崩れさせた。げんなりというかなんというか、そんな感じの表情にロシナンテの心がぐらつく。

『よりによってこいつかようわ最悪』

 すぐにその表情は、いつも通りの凪いだものに戻ったけれど。





▲▽▲






 脱走するときに使えそうなものがないか漁ってたらペド野郎に遭遇しましたしね。

 ロシナンテから暴行を受けて一週間が経った。花子の傷はまだ完治しておらず、その身体には至る所に内出血の痕があった。とはいえ、暴行を加えたのはロシナンテだけでなく、グラディウスがつけた刺し傷やトレーボルの粘液に焼かれた火傷などの怪我も含まれているのだが。

 花子はこのコラソンという男が、一等嫌いだった。子どもが嫌いだか何だか知らんが、いい年した大人がいたいけな子どもたちを殴りつけるなど、もはや異常性癖としか思えない。自分への暴力なら、納得はできないものの理解はできる。正直なところ、輪姦されないだけましというものだ。それなのにこの男は他の海賊連中とは違い、ファミリーの一員として働く子どもたちまでも殴りつける。もしや子どもを痛めつけて性的興奮を得る変態じゃないだろうかと疑った花子は、殴られた際にロシナンテの股間を凝視した。勃起はしていなかった。ちょっと安心した。
 とはいえ、花子にとって守るべき存在であるローが傷つけられるのを、黙って見過ごすという選択肢は存在しない。けれどもここは海賊団、花子が思う道理が道理としてまかり通るはずもなく、ローを守るには自身の身を削る他になかった。望むところじゃねえかと花子は思う。変態ペドフィリ野郎になんか負けないんだからねっ。

「ご機嫌いかがですか」

 内心で中指を突き立てながら、花子は表面上だけは丁寧に取り繕った。

≪悪くない≫

 差し出されたメモには一言。コミュ障かこいつ。
 長居は無用と言わんばかりに頷きを返し、立ち去ろうとした花子にもう一枚メモが突きつけられる。

≪けがは≫
「……お心遣い痛み入ります。けれどもコラソン様に気を遣っていただくことではありませんのでどうぞご安心を」

 いっそ慇懃無礼なほど丁寧な態度で、花子は腰を折った。会社で理不尽上司どもを相手に鍛えたこの鉄面皮、そう舐めないでいただきたい。海賊相手だろうが上司は上司。社会に出て数年、面倒な男をあしらう技術くらいなら心得ている。
 踵を返した花子の肩を、ロシナンテは慌てて掴んだ。思わず加減を忘れたその力に、花子が声を上げる。

「いたっ」

 ぱっと反射的に手を離すも、花子は肩を押さえて顔を顰めていた。痛みを耐えるように引き結ばれた唇に、ロシナンテの中で罪悪感が募る。

≪悪い≫
「……いえ。私に何か御用でも?」

 花子がロシナンテを見上げるその瞳は凪いでいる。まるでガラス玉のように、淡々と目の前の物を映すだけだ。ローといるときの様な光は、そこにない。ロシナンテは悲しくなった。本来であれば窓辺に座り繕い物でもしているのが似合うようなこの女は、身の丈に合わない海賊団に籍を置き、いわれのない暴力を受けているのだ。そして彼女に暴力をふるう最たる者として自分がいる。
 用がないわけではない。こんなところで何をしていたのか、彼女が使う聞きなれない言語や故郷への帰り道とはどういった意味なのか、ローをどうするつもりなのか、聞きたいことなら山ほどあった。けれどもロシナンテはそんなことも忘れ、ガザガサと夢中でポケットを漁る。

「あの?」

 目の前で慌ただしくポケットを漁る大男を、花子は訝しげに見やった。まったくもって意味が分からない。頭おかしいんじゃないかこの男。
 しびれを切らした花子がやはり立ち去ろうとした瞬間、目当ての物を見つけたらしいロシナンテが花子にぐっと手を突きだした。訳もわからずそれを見ていると、ロシナンテは花子の手を取ってその上に小さな飴玉を一つ乗せた。

≪やる≫
「……これはどうも、ご丁寧に」

 飴玉を渡し満足したのか、ロシナンテはすたすたと去っていった。その巨大な後姿を見送り、花子は手の上に転がる飴玉を見やる。
 え、こんなものでご機嫌取れるって? こちとら幼女じゃねえんだぞ舐められすぎクソワロタ。
 もちろん表情には億尾にも出さず心の中で罵倒して、花子は飴玉をポケットに突っ込んだ。ローにあげようかとも思ったがあの変態が渡してきたものだ、何が入っているかわかったものではない。捨てるのが無難だろう。

 今度こそ立ち去ろうとして、花子はふと廊下に何か落ちているのを見つけた。先ほどポケットを漁ったせいでロシナンテが落としたのだろう。
 どうやらクレジットカードのようだ。花子は拾い上げ、しげしげとそれを眺めた。クレジットカードというより社員証だなと考えを改める。

「どうしてここって話し言葉は英語なのに、文字は日本語と英語混ざってんのかねえ」

 ドンキホーテ・ロシナンテ。彼は海軍本部中佐らしい。


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